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【宙にあこがれて】第22回 打ち上げ成功!「しずく」がみつめるもの

【宙にあこがれて】第22回 打ち上げ成功!「しずく」がみつめるもの5月18日の午前1時39分、種子島宇宙センターからH-IIAロケット21号機(H-IIA 202)が打ち上げられました。このロケットの主たるペイロードは、第一期水循環変動観測衛星(GCOM-W1)「しずく」です。


  • この他、小型の相乗り(ピギーバック)衛星として、小型実証試験衛星4型(SDS-4)と九州工業大学の高電圧技術試験衛星「鳳龍弐号」(学生が主体となって開発され、人工衛星の発電電圧世界一となる300V発電を目指す)が、そして打ち上げを取り仕切る三菱重工が韓国航空宇宙研究院(KARI)から打ち上げを委託された、KOMPSAT-3「アリラン3号」が搭載されています。

    先端にKOMPSAT-3、その下に「しずく」と周囲にSDS-4と鳳龍弐号という搭載レイアウトでした。KOMPSAT-3が先端に搭載されているのは「しずく」よりも低い軌道(高度685km)に投入する為、先に切り離す必要があるからですね。

    H-IIA21号機に書き込まれていた「しずく」ロゴ

    さて、ここでは「しずく」についてご紹介していこうと思います。これは第一期水循環変動観測衛星(GCOM-W1)という名前がついていますが、地球環境の変化を継続的に宇宙から観測していこうというGCOM(Global Change Observation Misson)計画に基づく衛星シリーズのうち、水(Water)の循環を観測する第1弾という位置づけです。GCOM計画は10年~15年にわたる長期のミッションで、途中衛星を交換しながら観測を続けます。衛星1機あたり、5年の設計寿命で観測することになっていますので、計画では最大3期(機)予定されています。GCOM計画の衛星にはこの他、気候変動(Climate)を観測するGCOM-Cシリーズがあり、こちらはGCOM-C1が現在開発中です。

    2011年の施設公開で展示された「しずく」縮小模型

    「しずく」は4.9m×5.1m×17.7m(太陽電池パドル展開時)というサイズで重量1991kg。高度700kmから地球のほぼ全域をくまなく観測し、得られた水の循環に関するデータを研究機関をはじめとする、様々な方面に提供していくことになっています。

    この「水の循環に関するデータ」をどうやって観測するのか……という点ですが、それを担当するのが高性能マイクロ波放射計「AMSR2(Advanced Microwave Scanning Radiometer 2=アムサー・ツー)」です。

    「しずく」に搭載されるAMSR2模型

    地表面からは、絶えず微弱なマイクロ波が放射されています。それを受信することで、水などの資源の状態を知ることができるのです。物質には固有の周波数があるので、AMSR2は水の周波数(7~99GHzのうち、6つの周波数帯)にしぼって受信することになります。このマイクロ波放射計は、日本が得意にしているもので、2002年12月打ち上げの環境観測技術衛星「みどりII(ADEOSーII)」にAMSRが、そして改良型のAMSR-E(Advanced Microwave Scanning Radiometer for EOS)が2002年5月に打ち上げられたアメリカの地球観測衛星「Aqua」(搭載観測機器はアメリカ・日本・ブラジルが分担して設計)に搭載されて、観測をしてきました。

    AMSR2は、直径2mに及ぶ大きなアンテナが1分間に40回転し、1450kmの幅で走査を繰り返します。2日間で、地球上のほぼ全ての地域を昼夜1回ずつ観測できる計算です。計測されるのは雲の状態(積算水蒸気量・積算雲水量)や降水・積雪の状況、そして地表近くにある水の量(土壌水分)に海の状況(表面海水温・海氷密接度・海上風速)など。これらのデータを利用協定を締結した、アメリカ海洋大気庁(NOAA)や気象庁、漁業情報サービスセンター、農林水産省、海上保安庁をはじめとした各機関、そしてインターネットを通じて世界中の研究者に提供することで、様々な研究・解析に利用される予定です。

    例えば、海水温度や海上風速が判れば、魚(好みの水温帯に集まりやすい)の分布状況が推測できるので、無駄なく出漁することができますし、獲り過ぎを防いで漁業資源の管理もしやすくなります。また、海氷密接度の変動が判れば、アジアとヨーロッパを結ぶ船便で、距離が短く経済的な北極海航路(日本ではこのデータ提供をウェザーニューズが行っています)の航路設定がしやすくなります。今年は「タイタニック」遭難100年ですが、タイタニック沈没の原因となった氷山の動きも判りやすくなり、航海の危険が減少することが期待されています。

    そんな中でも、我々の生活により密着した分野でのメリットが期待されているものがあります。気象予報、それも台風の予報です。

    現在、気象衛星(正式には運輸多目的衛星=MTSAT)「ひまわり」が天気予報に用いられていますが、これは可視光や赤外光で雲の画像を撮影しています。雲の量や形、動きによって気圧配置や上空の風の状況などは判るのですが、どこで雨が降っているかは残念ながら判りません。皆さんも、曇っていても雨は降らない……ということが、経験としてお判りになっていることと思います。雲があっても、必ずしもそこで雨が降っているとは限らない訳ですね。

    それを補完するのが「しずく」に搭載されているAMSR2です。こちらでは降水の状況が判るので、雲の中で「雨・雪が降っている場所」そして降水量(雨・雪の強さ)が見えます。

    雨や雪の強さを計測する……という点では、同じマイクロ波を使う気象レーダーと同じ。しかし陸地など固定された場所にしか設置できず、遠方の測定精度が落ちてしまう(手前で強い雨が降っていると、その先の降水状況が判りにくい)気象レーダーに対し、宇宙からまんべんなく見ることのできる「しずく」は、より広範囲で観測できます。しかも海上の降水も観測できるので、ほとんど海上を進んでくる台風に対し、大きな力を発揮するのです。

    現在、台風の中心や暴風域などは、船や航空機、観測ブイなどによる実際の観測データや衛星による雲の画像を基にして推定しています。しかし発達途中などでは、台風の目(中心)が明確に衛星画像として確認できず、雲があっても観測データの得られない場所では、どれだけ雨が降っているかが判りません。AMSR2の降水量データが追加されると、台風のどこで強く雨が降っているか(勢力の強い場所はどこか)、その中心はどこか……ということが判ります。……これまで以上に暴風域の範囲や中心の位置が精密に判るようになるのです。これに海水温データなどが加われば、進路予測の精度も上がります。

    2011年10月に「Aqua」に搭載されたAMSR-Eが機能を停止(設計寿命の3年を超え、9年間運用された)して、現在マイクロ波による降水量データを得られない状況にあるので、気象関係者は「しずく」に大きな期待を寄せています。初期機能チェックを終え、本格運用が開始される頃は、ちょうど台風シーズン。データが役立ってほしいものです。

    また、この「しずく」はNASA、フランス国立宇宙研究センター(CNES)と共同で進める「A-train(The Afternoon Constellation)」にも参加しています。これは様々な機能を持つ複数の地球観測衛星を同一軌道に並べ、隊列(Train)を組むことで、同じ場所、同じタイミングで様々な観測を行おう……というプロジェクト。測定環境を共通化させることで、データの補正が容易になり、研究を進めやすくする効果があります。

    「A-Train」の仕組み(画像:NASA)

    ただこれ、隊列を組むということで、通常より軌道投入が難しくなってしまうんですね。17.5秒~5分という短い間隔で、OCO-2(NASA・2014年12月打ち上げ予定)、「しずく」、Aqua(NASA)、CloudSat(NASA)、CALIPSO(CNESとNASAの共同開発)、PARASOL(CNES)、Aura(NASA)……と、7機の衛星が次々と通過する体制です。この他、CALIPSOとPARASOLの間にNASAの気候変動観測衛星「Glory」が入る予定でしたが、2011年3月に打ち上げたものの、ロケットの衛星フェアリングの不調で軌道投入に失敗してしまいました。感覚としてはブルーインパルスの編隊飛行のような密集度で、長縄跳びのように「お入んなさい」のタイミングでちゃんと軌道に入れないと、他の衛星とぶつかってしまうのです。打ち上げから軌道投入まででも、結構高度なチャレンジです。

    5月18日、筑波宇宙センター(その他、秋葉原の海洋堂ワンフェスカフェと、福岡市大名のギルドカフェ・コスタ、事前申請式で九州工業大学戸畑キャンパス)で行われた打ち上げパブリックビューイングは、午前0時40分開場、終了予定午前2時15分というオールナイト上映会並みのスケジュール、しかも雷雨などが心配される天候(終了直後、つくば市は激しい雷雨に見舞われた)にも関わらず、10代から70代までの熱心なファン(男女比はほぼ半々)が60人ほど詰めかけ、個体ロケットブースター(SRB-A)や第1段ロケット、衛星分離の各フェーズ(局面)に拍手がわき上がっていました。自作の「しずく」うちわを持ってきた人もいましたね。

    筑波宇宙センターで行われたパブリックビューイング

    トラブルなく設計寿命を全うし、貴重なデータを提供し続けて欲しいものです。

    (文・写真:咲村珠樹)

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