おたくま経済新聞

ネットでの話題を中心に、商品レビューや独自コラム、取材記事など幅広く配信中!

【宙にあこがれて】第42回 宇宙だけじゃないJAXA。JAXA調布航空宇宙センター公開

update:

かつてのMH2000A「科学技術週間」に合わせて4月20日、JAXA調布航空宇宙センター(東京都調布市)が一般公開されました。JAXAといえば「宇宙」を想像することが多いのですが、あまり知られていない航空部門(航空本部)の様子を知る貴重な機会です。

調布航空宇宙センターの前身は、1955(昭和30)年に設立された科学技術庁所管の航空宇宙技術研究所(NAL)。JAXA発足後は航空部門の中心となり、現在はJAXAの本社機能と研究開発本部・航空本部が置かれています。日本最大級の規模を誇る、風洞をはじめとした試験設備が揃う航空技術研究の重要施設です。

  • 【関連:第40回 航空機じゃない!? 知られざる無人機の世界】

    調布航空宇宙センター公開

    NAL時代に開発協力したYS-11のコクピット部もあり、来場した子供に大人気。年配の方も懐かしさから見学していましたね。これは国土交通省航空局の飛行点検機だったJA8720(製造番号2047)の頭部。航空局内では「にーまる」という愛称で親しまれた機体です。

    YS-11コクピット公開

    ここのウリは、やはり多種多様な風洞群。様々な速度域、温度域や大きさの風洞が揃っており、様々な航空機開発に利用されています。

    風洞群の紹介 JAXAの開発・運用への寄与

    中でも6.5m×5.5m低速風洞は日本最大の規模。驚くなかれ、建物のように見える外観が全て風洞なんです。

    低速風洞外観

    計測部はビルのような大きさ。とにかく巨大さに圧倒されます。ここで様々な試験が行われてきましたが、中には海上自衛隊で使用されている救難飛行艇US-2を消防飛行艇に改修し、上空から放水した場合どのように水が散布されるか、という試験も。実際に放水を重ねながら開発するのは大変ですから、まずこのような風洞で試験を重ねる訳です。

    低速風洞
    低速風洞内部 風洞放水試験パネル

    他にも超音速風洞では、荷重センサを使って「指定された圧力を上手に試験モデルに加える」ゲームを実施。力加減が微妙で、なかなかピッタリにはできないものです。

    荷重センサを使ったゲーム

    ところで、風洞試験モデルに触れるのはこれが唯一。ゲームだからみんなペタペタ触っていますが、実は最低でも車1台分、高いものでは数千万円もする高価なもの。縮小モデルの為、わずかな誤差が実機の大きさになるとものすごい影響を及ぼすので高い加工精度が要求され、1点ものということもあり、どうしても高くついてしまうんですね。

    各種風洞試験モデル

    風洞試験モデルの製作が高価な為、現在ではスーパーコンピュータを使った数値シミュレーションも多く使われています。ここである程度詳細な形を決めておき、モデル製作の点数を減らしつつ、実際の風洞試験で実証していく作業も増えているのですが、両者を融合したシステムがデジタル/アナログ・ハイブリッド風洞(DAHWIN)。今回初公開のシステムです。しかも試験データはコンピュータ上で一括管理しており、アクセス権を持つ人であれば、どこからでもデータを取得することができます。試験のたびに技術者が出張する必要が無くなり、時間が有効活用されるという効果も。

    デジタル/アナログ・ハイブリッド風洞

    NAL設立当初の1960(昭和35)年に完成した遷音速風洞は、非常に多くの航空機開発に使用されてきました。一般公開の時は、現在試作1号機が最終組み立て段階に入っている国産旅客機、三菱MRJの試験モデルが入っていたのですが、企業秘密なので撮影は禁止。

    遷音速風洞

    この他、現在国際宇宙ステーションへの無人補給機として使用している「こうのとり(HTV)」に帰還カプセルを付けたHTV-Rの研究開発が進められており、マッハ10の気流を作る極超音速風洞や、マッハ4までの気流を作る超音速風洞では、帰還カプセルの試験モデルがさりげなく展示されていました。また、数千度もの高温の気流を作り出し、大気圏再突入時の状況を再現するアーク加熱風洞・誘導プラズマ加熱風洞も、HTV-Rに使用する断熱(耐熱)素材の開発などに使われています。

    極超音速風洞用HTV-Rモデル HTV-Rの超音速風洞用モデル
    750kWアーク加熱風洞 アブレータ供試体

    次世代航空機の開発も進められています。機体に垂直上昇用のファン(リフトファン)を内蔵した垂直離着陸機(VTOL)「ホルニッセ(HORNISSE)」の開発に使われる小型の試験機が2種類(60cm級・2m級)展示され、実際に動かしてみることができました。

    リフトファン式VTOL60cm級試験機 リフトファン式VTOL2m級試験機

    60cm級で胴体後部に搭載された推進用ファンの位置が、2m級で翼端に移動したのは、ホバリング時に於ける水平左右方向(ヨー)の制御能力がヘリコプターの10分の1だった為、より回転しやすいよう改良した結果だとか。結果的に、ファンの後ろに機体の左右方向の傾き(ロール)を制御する補助翼を設置することができ、通常なら反応が悪くなる低速でも良好な操縦性が実現できたそうですよ。リフトファン式VTOLは垂直離着陸用と水平飛行用の推力が分離しているので、推力の向きを変更する他の方式と違って、垂直飛行から水平飛行に移る際の不安定な状態が存在しないのが大きなメリット。2025年からは人が乗るタイプの機体を開発する予定だそうです。

    リフトファン式VTOL試験機想像図

    また、これも初公開となったのが、直径15cmほど、全長60cmほどという世界最小級のターボファンジェットエンジン「NE-2013」。デンマーク製の模型用ジェットエンジン、SimJet3000を改造し、圧縮機の前にファンを設置、そして1段だったタービンを2段にして、1軸式から2軸式にしたというもの。推力も増強されています。3Dプリンタで出力した構造モデルも一緒に展示されていました。

    NE-2013エンジン NE-2013構造モデル

    こんなに小さなエンジンを作る理由は、安定したデータを得る為に使用する、高高度や速い速度での環境を再現する設備は大きさに限界があるので、それなりに小さなエンジンを用意する必要があるから。基礎研究として、様々な形状・材質のファンを試験するのにも、小さい方がコストがかからないという理由もあります。

    マッハ5を超える極超音速旅客機の研究も進められており、その動力となる水素を燃料とした極超音速ジェットエンジンの試験機も展示。2013年には、マッハ4の速度で推進力を得る実験にも成功しています。

    極超音速ジェットエンジン

    調布飛行場に隣接する飛行場分室では、実験用航空機と素材研究の展示。一見目立たなくて来場者が気付かず、開発に携わった研究者が残念がっていたのが、日本原子力開発機構(JAEA)と共同開発した、無人放射線モニタリング無人機システム(UARMS)。福島第一原発事故の放射線調査にも力を発揮するものとして期待されている無人機で、2014年1月には福島県浪江町で本格的飛行試験を実施しました。これも今回が一般初公開。最大20時間連続して空中からの放射線モニタリングが可能で、搭載した検出器は飛行機の飛行高度(最大250m)から観測しても地上1mの観測データが得られるというもの。

    放射線モニタリング無人機システム 無人機搭載用放射線検出器

    大きなものでは、飛行試験に用いられる実験機ドルニエDo-228「MuPAL-α」。公開が予定されていた次世代航空機運航システム「DREAMS」の技術実証機(ビーチクラフト・ボナンザ)は、宮崎での定期点検が終了せず、残念ながらありませんでした。他にもここには、初の純国産ヘリコプターである三菱MH2000Aの唯一の現役機があったのですが、残念ながら2013年に退役してしまい、ちょっと格納庫は寂しい風景に。

    実験用航空機Do228 かつてのMH2000A

    素材研究では、カーボンナノチューブ(CNT)を用いた複合材料が初公開。通常の炭素繊維複合材に較べて、剛性が大幅にアップしているそうです。まだ引っぱり強度が弱く、それを克服するのが課題とか。

    カーボンナノチューブ複合材料

    飛行場分室で人気だったのは、フライトシミュレータ。飛行機用のフライトシミュレータは、航空会社の乗務員訓練に使われているのと同じもの。ただし、通常のシミュレータは操縦訓練に使われますが、こちらの場合は実験用航空機を使用した各種実験の前に、機体がどのような動きをするのか事前に確かめる為に使用しています。飛行特性の実験などをする為に、通常の飛行機とは違う状態で飛ばしたりするので、墜落しない為にも事前の試験が必要だということですね。ヘリコプター用のシミュレータは、会場周辺や新宿のビル街を飛行する映像が見られました。

    操縦シミュレータ ヘリコプターシミュレータ

    航空機開発のディープな世界を覗ける上、第一線の研究者達と直接交流できる貴重な機会。来年はぜひ、訪れてみてはいかがでしょう。

    (文・写真:咲村珠樹)

    あわせて読みたい関連記事
  • 華の会メール・バナー
    PR

    オトナ世代の恋愛マッチング

  • 華の会メール・バナー
    PR

    趣味でつながる30代からの恋愛マッチング \華の会メール/

  • 画像提供:木林きききさん(@hageourzee)
    社会, 経済

    宇宙に飛ばして撮影 ブラックモンブランのパッケージには様々な想いが!

  • 「地球の歩き方」と漫画「宇宙兄弟」がコラボ!物語の舞台をめぐりながら地球や宇宙をトラベル
    商品・物販, 経済

    「地球の歩き方」と漫画「宇宙兄弟」がコラボ!物語の舞台をめぐりながら地球や宇宙を…

  • 2700円であなたも月の土地オーナーに?分譲中の月の土地を1エーカー買ってみた
    宇宙・航空

    2700円であなたも月の土地オーナーに?分譲中の月の土地を1エーカー買ってみた

  • 窓の外に地球が見える!宇宙旅行気分が味わえる丸窓液晶ディスプレイに注目
    インターネット, びっくり・驚き

    窓の外に地球が見える!宇宙旅行気分が味わえる丸窓液晶ディスプレイに注目

  • 変形型月面ロボット「SORA-Q」
    商品・物販, 経済

    変形型月面ロボット「SORA-Q」を玩具で再現 「宇宙兄弟」モデルも

  • 新しい月面用宇宙服「AxEMU」(画像:アクシオム・スペース)
    宇宙・航空

    NASAの新しい月面用宇宙服お披露目 民間企業が開発

  • JAXA山川理事長らが出席した記者会見の様子(JAXA公式YouTubeチャンネルよりスクリーンショット)
    宇宙・航空

    H3ロケット試験機1号機の「指令破壊」何があった?

  • 記者会見で笑顔を見せる米田あゆさん(YouTubeライブ配信映像より)
    宇宙・航空

    記者からのプライベートな質問を断った宇宙飛行士候補の米田あゆさん その優れた資質…

  • 「事実」の正しい使い方。「H3ロケット打ち上げ延期」を描いたイラストに共感。
    インターネット, 社会・物議

    「事実」の正しい使い方 「H3ロケット打ち上げ延期」を描いたイラストが伝える「真…

  • 画像は2022年12月7日に公開されたトレイラームービーのスクリーンショットです
    ゲーム, ニュース・話題

    宇宙ステーション建設シム「IXION」が配信開始 日本語インターフェースとテキス…

  • おたくま編集部Editor

    記事一覧

    おたくま経済新聞・編集部による監修or執筆

    ▼こちらのライターの最新記事▼

  • ガンホー、元幹部の不正行為を公表 被害約3億4600万円、刑事告訴準備
    ゲーム, ニュース・話題

    ガンホー、元幹部の不正行為を公表 被害約3億4600万円、刑事告訴準備

  • 「オラと博士の夏休み」初のスマホ版がでたゾ!でも日本は対象外……
    ゲーム, ニュース・話題

    「オラと博士の夏休み」初のスマホ版がでたゾ!でも日本は対象外……

  • ソフトバンク、コミケ106で電波対策強化 Starlink衛星Wi-Fiも投入
    企業・サービス, 経済

    ソフトバンク、コミケ106で電波対策強化 Starlink衛星Wi-Fiも投入

  • 一平ちゃん、“大人な味”の焼きそば発売 30周年第2弾は“スパイス30種”入り
    商品・物販, 経済

    一平ちゃん、“大人な味”の焼きそば発売 30周年第2弾は“スパイス30種”入り

  • KDDI調査 登山者9割がスマホ必須と回答も、3割は圏外リスクに無自覚
    企業・サービス, 経済

    KDDI調査 ゆる登山者9割がスマホ必須と回答も、3割は圏外リスクに無自覚

  • じゃじゃ丸たちが帰ってきた!「にこにこ・ぷん NEO」で令和に復活
    TV・ドラマ, エンタメ

    じゃじゃ丸たちが帰ってきた!「にこにこ・ぷん NEO」で令和に復活

  • トピックス

    1. ガンホー、元幹部の不正行為を公表 被害約3億4600万円、刑事告訴準備

      ガンホー、元幹部の不正行為を公表 被害約3億4600万円、刑事告訴準備

      ガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社(東証プライム:3765)は8月14日、同社の元幹部…
    2. 湖池屋「ストロング 爽快本わさび」実食 刺激と旨みの絶妙ハーモニー

      湖池屋「ストロング 爽快本わさび」実食 刺激と旨みの絶妙ハーモニー

      湖池屋のポテトチップス「湖池屋ストロング」ブランドより、「ストロング 爽快本わさび」が、8月4日に全…
    3. カプセルトイ「ミニチュアリングライト」レビュー 小物撮影のお供を試してみた

      カプセルトイ「ミニチュアリングライト」レビュー 小物撮影のお供を試してみた

      8月初旬より全国のカプセルトイ売場に登場している「ミニチュアリングライト」。その名の通り、手のひらサ…

    編集部おすすめ

    1. マクドナルドのポケカ騒動 期間中の店舗を訪れた記者が感じた“異様な雰囲気”

      マクドナルドのポケカ騒動 期間中の店舗で感じた“異様な雰囲気”

      マクドナルドは8月11日、ハッピーセット「ポケモン」のポケモンカードキャンペーンを巡る混乱について公式サイトで謝罪しました。期間限定カードを…
    2. 「珍しい苗字」より盛り上がる? 地域特有の苗字をまとめた地図が話題

      「珍しい苗字」より盛り上がる? 地域特有の苗字をまとめた地図が話題

      大学進学や就職で交友関係が広がると、今までの人生で見たことがない苗字を持つ人と知り合いになることがよくあります。見慣れない苗字に遭遇したとき…
    3. 「オラと博士の夏休み」初のスマホ版がでたゾ!でも日本は対象外……

      「オラと博士の夏休み」初のスマホ版がでたゾ!でも日本は対象外……

      累計販売90万本を超える人気作「クレヨンしんちゃん『オラと博士の夏休み』~おわらない七日間の旅~」が、初めてスマートフォンで遊べるようになり…
    4. ソフトバンク、コミケ106で電波対策強化 Starlink衛星Wi-Fiも投入

      ソフトバンク、コミケ106で電波対策強化 Starlink衛星Wi-Fiも投入

      ソフトバンクは、2025年8月16日と17日に東京ビッグサイトで開催される「コミックマーケット106」で、来場者が快適に通信サービスを利用で…
    5. 誤使用で窒息やケガのおそれ ピジョン、「電動鼻吸い器SHUPOT」改良部品を無償配布

      誤使用で窒息やケガのおそれ ピジョン、「電動鼻吸い器SHUPOT」改良部品を無償配布

      育児用品メーカーのピジョン株式会社は8月6日、同社が2023年6月より販売している管理医療機器「電動鼻吸い器 SHUPOT(シュポット)」に…
    Xバナー facebookバナー ネット詐欺特集バナー

    提携メディア

    Yahoo!JAPAN ミクシィ エキサイトニュース ニフティニュース infoseekニュース ライブドア LINEニュース ニコニコニュース Googleニュース スマートニュース グノシー ニュースパス dメニューニュース Apple ポッドキャスト Amazon アレクサ Amazon Music spotify・ポッドキャスト