令和7年、西暦2025年、そして今年迎えた「昭和100年」を見据えて、『還暦維新(登録商標)』は去年よりスタートしました。
昭和40年に生まれた男女が、還暦(60歳)を迎えた年は、昭和100年でした。偶然ながら説得力を得て、還暦が変わる、還暦を変える「維新」するのだとメッセージを発出してまいりました。
また、戦後80年となる節目の年であることから、昭和40年生まれ以降の男女は意識を新たに、「語り継ぐ戦争の時代」の担い手になっていくべきだともメッセージしました。
今年の『還暦維新』は、『昭和200年に向けたカルチャー創造宣言 昭和100年祭 (以下、昭和100年祭・登録商標)』と伴奏してきました。
来年は周年としての100年に入り『昭和100周年祭』へとバトンを渡します。「昭和200年に向けた~」との宣言どおり、以降『昭和102年祭』『昭和103年祭』『昭和110年祭』と続けていきます。
この動きに合わせ『還暦維新』も独自性を鮮明にして、還暦にまつわる情報を収集して精査、発信するコンテンツメーカーとして活動を推進してまいります。
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『還暦維新』3つのスピリット=コンテンツコンセプト
1.ふた回りめの人生を夢と元気で生き抜く
いくつになっても人は夢を持ち続ける。元気の源泉です。
そのベースは、心技体の充実と向上と考えます。
日々の努力を課していくことをコンテンツとして、還暦への意識が強まる55歳以上に打ち込みます。
2.よりよき明日へと向けて貢献していくこと
還暦世代は、広い視野と経験を社会へと還元していくべきです。
よりよき明日へと向けて、社会貢献していくことも共有します。
3.情緒ある社会のビルダーを目指す
「昭和100年」というメモリアルイヤーを機に、『還暦維新』を立ち上げたことに意味を持たせます。
昭和には、太古より受け継いできた情緒があふれています。
享受して生きてきた私たちは、その恩恵を社会へと還元すべきだと提言します。
次の世代、その次の世代へと向けて、情緒ある社会のビルダーを目指すことを喚起します。
上記3つのスピリットにご賛同いただき、パートナーとして協業いただける企業・団体・店舗・自治体を募ります。商品化やサービス展開など、お気軽にご応募ください。
また、還暦者に寄り添うサイトを目指し、還暦以上に向けたサービス一覧を公式サイト内に設けます。広く情報を募りますので、こちらのご応募もお願いします。掲載費はいただきません。
→ info@showa100fes.jp
12月5日は『還暦花火の日(TM)』。日本全国で赤い花火が上がる
[画像2: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/159813/9/159813-9-ed7adc9781416bbceb0d690907a955f0-1600x900.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]昭和100年の今年スタートする『還暦花火の日(TM)(実行委員長 株式会社若松屋 代表取締役 佐野明正)』と『還暦維新』はこの度、提携関係を締結しました。
『還暦花火の日(TM)』は、12支が5回めぐることで還暦を迎えることにちなんで、12月5日を“人生の再出発を祝う日”として記念日に制定しました。この12月5日の『還暦花火の日(TM)』に、全国一斉同時刻に還暦を祝う赤い花火を打ちあげるイベントを開催予定です。
現時点で北は北海道、南は沖縄まで39ヶ所での打ち上げが予定されていて、直前までエントリーは増える模様です。
活動のスリットとして、以下、公式サイトより抜粋します。
日本には、60歳の節目を「還暦」として祝う風習があります。
生まれたときの干支に戻る還暦は、単なる長寿の祝いではありません。
人生100年時代を迎えた今、それは“第二の人生の幕開け”ともいえる、新たなスタートの合図なのです。
そして、日本のもうひとつの誇り、それが「花火」。
儚くも力強く夜空に咲く花火は、時代を超えて人々の心を動かし、祝いや願いを託す“希望の象徴”として受け継がれてきました。
この2つの日本文化――「還暦」と「花火」をかけ合わせることで、私たちは、“人生の節目を社会全体でたたえ合う”という新たな意義と価値を生み出します。
これまで家族やごく親しい人たちの間で静かに祝われてきた還暦という節目に、 花火という「みんなで空を見上げる」祝福のかたちを重ねることで、その人のこれからの人生を、地域や世代を超えて共に応援するあたたかな文化を育んでいきます。
さらに、12月5日の夜、全国各地で一斉に赤い花火が打ち上がるその瞬間、私たちは、離れた場所にいても同じ空を見上げながら、つながり合い、想いを分かち合うことができます。
それは、物理的な距離をえて、心と心がひとつになる特別な体験です。
「還暦花火の日(TM)」は、一人ひとりの新しい人生の出発を、社会全体で喜び、見守り、祝う――そんなあたらしい日本の風習のはじまりです。
『還暦維新』プロデューサー宣誓
昭和40年に生まれた。
ミラクルジャパンは戦後復興をとうに終え、経済大国へと力強く歩んでいた。
戦争を体験した親世代や、焼け野原に生まれた先輩世代は、自分たちのような思いをさせたくないと、明るい日本のために懸命に働き次々にミラクルを起こした。
加えて、我々世代に向けてたくさんの愛を注いでくれたのだ。
比べてみると、自分たちが社会へと与えたエネルギーは減少しているではないか。40歳になった頃、やっと気がついた。ここに生きる意味を見出した。
44歳にして立ち上げた年齢限定雑誌「昭和40年男」では、我々こそが社会の中間管理職者なのだとして、親世代や先輩世代以上の活躍を促すメッセージを出し続けた。
「明日への元気と夢を満載!」をスローガンにして、自分たちの成長期にあった勢いや込められた熱と愛を再確認することを主眼にして、発行を続けた。
この考えをより高い次元で整理して、59歳時に書籍「俺たちの昭和後期」を上梓した。
ここでも同様に、大人たちの愛ある仕事から受けた恩恵を、社会に還元するのだと訴えた。
『昭和40年男』で標榜した元気と夢に加えて、情緒の伝承を訴えた。
そもそも日本人は太古より四季を愛でてきた。
季節の移ろいから、やさしさだけでなく厳しさも受け入れながら、慎ましやかに生きてきた情緒豊かな精神がある。
現代人にも標準装備されている、DNAレベルの心だとした。
昨今、分断社会が進む渦中にある。
これに対しては、情緒こそが特効薬なのだとして昭和を愛する者たちに呼びかけたのだ。
情緒の伝承者になるべきだと。
先人たちに比べたら、社会への貢献よりも恩恵の享受が断然大きい。
このままでは食い散らかし世代なのだとして、これからの奮闘で返していきたい。
雑誌『昭和40年男』、拙著「俺たちの昭和後期」に続けて、スピリットを実現させる総仕上げが『還暦維新』である。
生涯現役で、このスピリットブランドを育てていくことを、ここに宣誓させていただく。
プロデューサー 北村明広/プロフィール
昭和40年7月/東京都荒川区
下町の電気屋に育つ。ミュージシャン、広告代理店勤務を経て、1991年に会社設立。92年より事業を開始して、94年にバイク雑誌の創刊に関わり、98年に編集長就任。
編集長&プロデューサーとして、経営会社よりバイク雑誌を多数創刊。2006年に音楽雑誌『音に生きる』を同様の立場で創刊。2009年10月に同立場で「世にも世にも珍しい年齢限定男性誌」のふれ込みで『昭和40年男』を立ち上げ、その後も昭和カルチャー誌の創刊を続けた。
2024年にジャム株式会社を設立。『昭和100年祭』『還暦維新』『昭和びと秘密基地』を商標登録して、主宰者として情緒ある日本を目指して活動中。
2025年4月ワニブックスより「俺たちの昭和後期」を上梓。発売2週間で重版が決定した。
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