千葉大学大学院理学研究院の竹内望教授、山梨大学総合分析実験センターの瀬川高弘講師、東京科学大学生命理工学院の村上匠助教らの研究グループは、グリーンランド氷床(図1)表面に存在する小さな水たまり(クリオコナイトホール(注1)(図2))を調査し、その物理的な形態(特に深さ)が、内部に生息する微生物の群集構造と炭素の蓄積量という生態学的特性を支配していることを明らかにしました。クリオコナイトホールは、太陽光を吸収して氷床の融解を加速させる「クリオコナイト(注2)」という暗い沈殿物を形成する、氷床上の生命活動のホットスポットです。本研究は、氷床ダイナミクス(クレバス(注3)の形成など)と表面の微生物生態系が密接に結びついていることを示し、将来の氷床融解速度や、極域の炭素循環の予測モデルを構築する上で不可欠な知見を提供します。
本研究成果は、2025年12月1日に、Communications Earth & Environmentよりオンライン公開されました。
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図1: 調査を行ったグリーンランド氷床の中西部(a)衛星写真(Sentinel-2, Copernicus Sentinel Data, 2017)(b)クレバスの発達した氷河の辺縁部(c)クレバスのない平らな氷河中央部
■研究の背景
北半球最大の氷河であるグリーンランド氷床は、現在地球温暖化の進行に伴って融解が加速し、海面上昇の主要因の一つとなっています。氷床表面には「クリオコナイトホール」と呼ばれる小さな水たまりが無数に存在します。これは、太陽光を吸収する暗い物質(クリオコナイト)が集積してできたもので、氷を溶かす「生命のホットスポット」として機能しています。このホール内部には寒冷環境で繁殖する特殊な微生物(シアノバクテリア(注4)や雪氷藻類(注5)など)が生息し、大気中の二酸化炭素を取り込む「炭素循環(注6)」にも深く関わっています。しかし、氷床の地形変化やダイナミクスが、これらの微生物生態系と炭素循環にどのように影響を与えるかは、これまで不明でした。
■研究の成果
グリーンランド氷床の中西部から流れ出す氷河(溢流氷河、いつりゅうひょうが)の一つであるイサングアータ氷河(図1)で、氷河の辺縁部(図1黄色点線部)から内陸部へ向かう測線調査を実施し、ホールの形態と内部の微生物群集構造を詳細に分析しました。その結果、ホールの深さや安定性が、内部の主要な微生物群集を決定づける要因となっていることが判明しました。ホールの形態は、次の2つのタイプに大きく分類することができました。
「浅い不安定型」のホール: 氷床のクレバス(ひび割れ)が発達した地形の粗いエリアに多く見られ、深さは5~15 cm程度で、融解水の流入・流出による物理的攪乱を頻繁に受けます(図2 a, b)。この環境では、攪乱に強く、強い光に耐性を持つ雪氷藻類が優占していました(図3 a, c)。
「深い安定型」のホール: 氷床の比較的平坦で安定したエリアに多く見られ、深さ20~30cmのホールで、長期的に穴の形が維持されています(図2 c, d)。このタイプのホールでは、光合成を行う糸状性のシアノバクテリアが群集の大部分を占めていました(図3 d, e)。
[画像2: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/15177/1081/15177-1081-0a80676e51e0aaeb90de98f7d0abde9c-406x359.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図2:グリーンランド氷床上のクリオコナイトホール(a)(b) クレバス帯のホール、深さ約10 cm(c)(d)平坦帯のホール。深さは約30 cm
[画像3: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/15177/1081/15177-1081-82d888c63ec3a9fd60c0104412d30200-489x327.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図3:クリオコナイトホール内に生息する雪氷藻類(a, b, c)とシアノバクテリア(d,e)。bとdはどのホールにも広く分布するが、浅いホールでは雪氷藻類(a,c)が優占し、深いホールではシアノバクテリア(e)が優占する。
この微生物群集の違いは、ホール内の炭素の蓄積量にも決定的な影響を与えていました。深い安定型ホール(シアノバクテリア優占)は、安定した環境下で高い光合成活性が維持され、有機炭素が効率的に生産・蓄積されるため、極めて高い炭素含有量を示しました。これは、微生物自身が自身の生息場所であるホールを「自己調節」し、安定した生態系を築いていることを示唆しています。それに対して、浅い不安定型ホール(雪氷藻類優占)は、頻繁な水流出により有機物が流されやすく、炭素の蓄積が妨げられるため、低く変動しやすい炭素含有量を示しました。以上のことから、クリオコナイトホールが単純な生態系ではなく、氷床の地形環境に応じて「高炭素・安定」と「低炭素・不安定」という2つの異なる平衡状態(注7)を維持していることが明らかになりました。
この発見は、地球温暖化が氷床に与える影響を予測する上で重要な意味を持ちます。温暖化により氷床の融解が進むと、クレバスが発達するエリアが拡大し、氷床の地形はより粗く、不安定になります。この地形変化は、クリオコナイトホールの平衡状態を「深い安定型」から「浅い不安定型」へと大規模にシフトさせる可能性を秘めています。もしこのシフトが広範囲で起こった場合、氷床表面の微生物による炭素生産と有機物蓄積のパターンが根本的に変化します。これにより、氷床の表面アルベド(注8)(反射率)の変化を通じた融解速度への影響や、極域における炭素循環の予測精度にも大きな不確実性をもたらします。
■今後の展望
本研究は、氷床の物理的なダイナミクスと、その上に存在する微小な生態系が密接に連動し、地球規模の環境変動に寄与していることを示す重要な成果です。今後、この知見を気候モデルに組み込むことで、より正確な氷床の将来予測が可能になると期待されます。さらに、このような氷と生命の関係の解明は、スノーボールアース(全球凍結)のような過去の地球の寒冷期の生命の理解や、地球外の氷天体の生命探査への応用も期待されます。
■用語解説
注1)クリオコナイトホール:氷床表面にできる数cmから数十cm程度の水たまり。底部に堆積した暗色の沈殿物(クリオコナイト)が太陽光を吸収して氷を融かし、形成される。
注2)クリオコナイト:鉱物粒子や有機物、微生物などからなる暗色の物質。ホールの底部だけでなく、氷河表面に広がると氷河の融解を促進する。
注3)クレバス:氷河や氷床の表面にできる深い割れ目(ひび割れ)。氷の流れや地形の変化によって形成され、不安定なエリアを示す指標となる。
注4)シアノバクテリア:ラン藻とも呼ばれる光合成を行う細菌(原核生物)の一種。細胞が連なった糸状のシアノバクテリアは、クリオコナイトを粒状にして安定化する。
注5)雪氷藻類:氷や雪の上で生育する藻類(真核生物)。強い光や低温に耐性があり、氷床上で広範囲に分布し、氷床を暗く着色させる要因の一つ。
注6)炭素循環:地球上の炭素(二酸化炭素、有機物など)が、大気、海、土壌、生物の間を循環するプロセス。氷床上の微生物もこの循環の一端を担う。
注7)平衡状態:ある環境において、システム(ここでは微生物群集とホールの深さ)が外部からの大きな攪乱がない限り、安定して維持される状態のこと。
注8)アルベド:太陽放射に対する物体の反射率。アルベドが低い(暗い)ほど、より多くの熱を吸収し、雪氷の融解が加速する。クリオコナイトは氷河のアルベドを低下させる。
■研究プロジェクトについて
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(26247078, 19H01143, 24H00260, 25K22868)、北極域研究加速プロジェクト(ArCS II:Arctic Challenge for Sustainability II)、総合地球環境学研究所の同位体環境学共同研究事業の助成を受けて行いました。
■論文情報
タイトル:Morphology shapes microbial ecosystems and carbon cycling within cryoconite holes on a Greenland outlet glacier.
著者:Nozomu Takeuchi, Takumi Murakami, Koki Ishiwatari, Akane Watanabe, Takahiro Segawa
雑誌名:Communications Earth & Environment
DOI:10.1038/s43247-025-03045-y






















