明治大学理工学部物理学科の佐藤寿紀専任講師、京都大学理学研究科の松永海(博士後期課程2年)、内田裕之助教等の研究グループは、X線分光撮像衛星(クリズム;X-Ray Imaging and Spectroscopy Mission)による超新星残骸カシオペア座Aの精密X線分光観測によって、巨大な恒星の内部で塩素やカリウムが大量に合成されていたことを明らかにしました。この成果は、恒星の内部活動が、宇宙における生命必須元素の供給源として重要な役割を果たしていることを示唆しています。明治大学がこれまで開発に携わった高分解能分光装置「Resolve(リゾルブ)」による観測成果です。
本研究成果は、科学雑誌『Nature Astronomy』オンライン版(12月4日付)に掲載されました。
1.ポイント
・XRISMの優れた分光能力により、超新星爆発の残骸「カシオペア座A」の起源となった巨大な星の内部で、大量の塩素・カリウムが合成されていた証拠を得た。
・ これらの元素は、地球環境や生命を維持するために必須にもかかわらず、宇宙での存在量は理論予測より一桁も多く、その合成過程は未解決問題だった。
・観測結果から、恒星の自転・連星相互作用・核燃焼層の合体などの激しい内部運動が、これらの元素生成を促進したと考えられる。
・宇宙起源が不明だった身近な元素が、爆発前の巨大星内部で作られ、超新星爆発を通じて宇宙へ放出されていることを明らかにした。
2.概要
我々の身体や身の回りの物質を構成する元素は、宇宙の恒星や超新星爆発などで起こる核融合反応で作られると考えられていますが、起源がよくわかっていない元素も多くあります。塩素やカリウムはとても身近で欠かせない元素ですが、それらの宇宙での存在量は理論予測より一桁も多く、どこで作られてきたのかわかっていませんでした。今回、XRISM衛星の精密X線分光観測によって、超新星爆発の残骸「カシオペア座A」の起源となった、太陽の10倍以上の質量を持つ巨大な星の内部で、大量の塩素・カリウムが合成されていた証拠を掴みました。またこの大量生成は、爆発前の恒星内部が、恒星自身の自転や連星相互作用などの影響で激しく掻き乱されていたことで説明可能なことも明らかにしました。宇宙の始まりには水素やヘリウムなどの元素しか存在しませんでしたが、地球環境や生命を維持するために必須な塩素やカリウムは、太陽よりはるかに大きな恒星の内部活動によって大量に宇宙へ供給されていることを示しました。
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図1:XRISM 衛星による超新星残骸「カシオペア座A」の観測。画像はXRISM/Xtend によって得られたX線画像(青色)とジェームス・ウェッブ宇宙望遠鏡によって得られた画像(赤・緑色)を混合したもの。黄色のX線スペクトルが XRISM/Resolve の観測結果。(C)明治大学/京都大学/JAXA
3.内容
宇宙が誕生してから我々が住む現在の宇宙になるまでに、どのようにしてこの宇宙の中で物質は進化してきたのでしょうか?宇宙が誕生した直後には、水素とヘリウムというごく軽い元素しか存在していませんでした。私たちの身体を形づくる酸素や炭素、そして生命活動に欠かせない塩素やカリウムといった元素は、星々の内部で核融合によって生み出され、星の爆発(超新星爆発)によって宇宙空間に撒き散らされることで、次の世代の星や惑星、生命の材料となります。 しかし、これらのうち「塩素」や「カリウム」のような “奇数番元素” が、どのようにして作られたのかは長年の謎でした。理論計算によると、これらの元素は星の内部でほとんど作られないはずであり、観測される量と比べておよそ10分の1程度しか生成されないと予測されていたのです。そのため、「生命維持に不可欠なこれらの元素が、なぜ宇宙で不足していないのか」という問いは天文学における未解決問題のひとつでした。
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図2:XRISM に搭載された軟 X 線分光装置 (Resolve) で取得されたカシオペア座Aのスペクトル (青色)。高いエネルギー分解能によって、これまでのX線検出器のX線スペクトル (灰色: チャンドラ衛星のX線CCDのスペクトル例) では観測できなかった元素「塩素・カリウム」を発見した。上部パネルは、カリウムの輝線周辺を拡大したもので、赤色の実線はカリウムを含む放射モデル、オレンジ色の点線はカリウムを含まない放射モデルを示す。(C)JAXA
今回の研究の鍵となったのは、明治大学も開発に携わり2023年9月に打ち上げられたJAXAのX線分光撮像衛星「XRISM(クリズム)」に搭載された、高分解能分光装置「Resolve(リゾルブ)」です。Resolveは「マイクロカロリメータ」という技術によって、従来の検出器よりも一桁優れたエネルギー分解能でX線を観測できます。塩素やカリウムのような奇数番元素は、偶数番元素に比べて存在量が少なく従来の検出器では検出が困難でしたが、Resolveによって史上初めて可能となったのです。研究チームは、太陽の10倍以上の質量をもつ星が爆発した痕跡である超新星残骸「カシオペア座A」をこのResolveで観測したところ、これまでのX線観測では見えなかった塩素(Cl)とカリウム(K)の放射線を明確に検出することに成功しました (図2)。特にカリウムは有意度6σを超える高い確度で確認され、X線天文学史上初の確実な検出となりました。そして、その量は通常の理論計算よりも遥かに多いことを発見しました (図3)。さらに詳しい解析の結果、これらの元素の分布が星の「酸素の多い領域」に集中していることが分かりました。これは、塩素やカリウムが超新星爆発時ではなく、星がまだ生きていた段階、つまり超新星爆発の前に形成されていた可能性が高いことを意味します。 では、なぜ通常の理論では説明できないほど大量の塩素やカリウムが作られたのでしょうか。研究チームは、星の内部の複雑な活動に注目しました。
[画像3: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/119558/290/119558-290-b09a31b831ac7576f86e5ca32430f0d4-567x376.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図3:XRISMによるカシオペア座Aの元素量の測定結果 (赤データ点) と理論モデル (灰色領域) との比較。通常の超新星モデルではカシオペア座Aの元素量、中でも塩素とカリウムの量を説明できないことを発見。(C)明治大学/京都大学
星は一見静かに輝いているように見えますが、内部では「核燃焼層」と呼ばれる核融合領域がいくつも重なり合い、それぞれが激しい対流を生み出しています。今回の観測結果を理論モデルと比較したところ、自転の速い星や連星として別の星と相互作用していた星、あるいは異なる核燃焼層が混ざり合う「シェルマージャー」という現象を起こしていた星のモデルが、観測値とよく一致しました。 これらの現象は、星の内部を激しくかき乱し、元素を通常より効率的に作り出すことが理論的に示唆されてきましたが、本研究によって初めてその観測的な証拠を掴みました。つまり、塩素やカリウムといった生命の材料は、こうした「活動的な星たち」によって生み出され、宇宙にばら撒かれてきた可能性が高いのです。今回の成果は、宇宙における「生命元素」の起源を解く重要な手がかりです。塩素は生命活動に欠かせない電解質の一つであり、カリウムは神経や筋肉の働きに不可欠な元素です。これらが豊富に存在する地球環境がどのように形成されたのかを理解するためには、その源である星の中で何が起きていたのかを明らかにする必要があります。 XRISMの観測によって、初めて「星がどのようにして生命や地球に必要な元素を宇宙に送り出したか」を具体的に示すことができました (図4)。
研究チームは今後、XRISMのさらなる観測や、後継のX線観測衛星を通じて、他の超新星残骸でも同様の元素分布を調べる予定です。これにより、今回のような生命の材料のみならず、宇宙の様々な元素がどのようにして宇宙に供給されているかを調べ、「宇宙のレシピ」を解明することを目指します。
[画像4: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/119558/290/119558-290-2e5a10eecf4af2452e8a03a411094789-1299x919.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図4:XRISM衛星による元素の発見の意義。生命維持や惑星形成にも重要な元素が、恒星内部活動に由来していることを解明した。(C)JAXA
4.謝辞
本研究はJSPS科研費「精密X線観測で迫る超新星内部でのニュートリノ相互作用」(課題番号 23K13128)の助成を受けたものです。
5.論文情報
雑誌名:Nature Astronomy
論文タイトル:Chlorine and Potassium Enrichment in the Cassiopeia A Supernova Remnant
著者:XRISM Collaboration (責任著者:佐藤寿紀、松永海、内田裕之)
DOI番号:10.1038/s41550-025-02714-4
公表日:日本時間2025年12月4日(木)午後7時























