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新型磁性体「交替磁性体」の磁気構造の新たな測定法を発見!~未来型電子材料で、高速・省エネメモリーの実現へ!~

update:
国立大学法人千葉大学


 千葉大学大学院工学研究院のピーター クリューガー教授は、近年発見された磁性体「交替磁性体(注1)」の磁気構造を、原子レベルで測定できる新しい方法を発見しました。本研究では、光がらせん状に進む特殊な光(円偏光)を用いた「共鳴光電子回折(RPED)(注2)」という手法を応用することによって、交替磁性体の磁気構造を直接検出することに成功しました。
 本研究成果により、表面や薄膜など、従来の手法では評価が難しかった3次元構造以外の物質でも、交替磁性体であるかどうかの測定が可能となります。今後、未来型電子材料「交換磁性体」を用いた省エネ型情報デバイス等の実現に向けた材料開発への応用が期待されます。
 本研究成果は、2025年11月6日に学術誌Physical Review Lettersで公開され、掲載論文の中でも特に注目度が高く、幅広い科学コミュニティに影響を与える研究と判断された論文を紹介する特集枠“Featured in Physics”にて紹介されました。

■研究の背景
 磁石の内部では原子の磁気双極子が平行に並んでいます。このような「強磁性体」は、一般的に磁気メモリーデバイスなどで利用されています。また、原子双極子が反平行に並んでいる「反強磁性体」が存在することも知られていますが、さらに近年、磁気双極子が反平行に並んでいるが通常の反強磁性体と異なる物性をもつ「交替磁性体」が発見されました。この「交替磁性体」は、より簡単に磁気メモリーデバイスを作ることができると期待されるため、スピントロニクス分野で非常に注目されています。
 これまでの研究によると、多くの物質は低温で交替磁性体となると考えられていましたが、実際に確認できている交替磁性体の物質の種類は非常に少ない状況です。その理由の一つとして、交替磁性体のスピン構造(各原子のスピン方向)を測定することが困難であることが挙げられます。
 強磁性体の場合、X線吸収と光電子回折(PED)(注3)を合わせた実験であるRPEDを用いた実験で「共鳴光電子回折における磁気円二色性(注4)(MCD-RPED)」という現象が先行研究で発見されており(参考文献1)、本研究者も、理論的に解析しました(参考文献2)。

[画像1: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/15177/1084/15177-1084-1db61b44d9a685861fe658c8292905c9-723x540.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図1: (a) MnTeの結晶構造(赤・青:Mn, 黄:Te)及び交替磁性体の状態におけるスピン構造(矢印)。 (b) 上図:XMCD効果のため、左円偏光の場合には上向き原子(A)は下向きスピン原子(B)より共鳴光電子放射が強く、黄色矢印の方向に強いPEDピークが生じる。 下図:右円偏光の場合には逆で、B原子の放射のほうが強く、PEDピーク方向が180度で回転された。その結果、CD(右・左の差)は有限である。


■研究の成果
 本研究では、強磁性体だけではなく、交替磁性体でもMCD-RPED現象が生じることを発見しました。RPEDでは、試料の表面にX線を照射し、光電荷で放射される電子の方向を測定します。ここでは特に、円二色性(CD)と呼ばれる光の回転方向による吸収の違い(右円偏光と左円偏向のRPED強度の差)に注目しました。交替磁性体としてよく知られている「テルル化マンガン化合物(MnTe)」を対象に、RPEDの実験を考え出し、理論的に解析しました。その結果、MnTeでMCD-RPED信号が存在し、MCD-RPED法で交替磁性体の磁気構造を測定できることが証明されました。
 磁性体でX線吸収を行うと、光の回転方向によって、吸収量が異なる強い局所的な磁気円二色性(XMCD)が生じます。例えば、吸収が最も強いエネルギーでは、上向きスピン原子(図1赤矢印A)は左円偏光の吸収が強く、逆に下向きスピン原子(図1青矢印B)は右円偏光の吸収が大きくなっています。
 しかし、反強磁性体および交替磁性体の場合、上向きスピン原子と下向きスピン原子は数が同じなので、XMCD信号はゼロとなるため、通常の測定では区別が困難です。ところが、交替磁性体の場合、上向きスピン原子と下向きスピン原子の局所構造は互いに回転対称の関係にあります(図1a)。そのため、共鳴光電子回折の角度分布(RPEDパターン)を解析すると、上向きスピンと下向きスピン原子のXMCD信号を区別でき、結果として局所的な磁気双極子を測定することが可能になります(図1b)。
[画像2: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/15177/1084/15177-1084-c698bfa18761720c7c4bef846ce9cf9f-750x533.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図2:(a)MnTeの最隣接構造。(b)A,Bからの主なPEDピーク。(c) 計算結果:RPED-MCDパターン

 MnTe物質の場合、磁気双極子を持つMn原子の周囲にTe原子が6個あり、上向きスピンのMn (Aサイト)と下向きスピンのMn (Bサイト)は互いに180度回転した構造となっています(図2a)。その結果、双方とも電子の飛び出し角度分布(PEDパターン)も同じく180度で回転した関係になります(図2b)。
 通常のPED実験では、A原子とB原子が同じ強度でエネルギーを放射するので、Aサイト・Bサイトまたは上・下向きスピンを区別することができません。一方、RPEDの場合には、局所的なXMCD効果が加わることで、スピン方向(上・下)と円偏光(右・左)によって、RPED強度が変わり、Aサイト・Bサイトまたは上・下向きスピンを区別することができます。
 本研究ではこのRPED理論と数値計算方法を開発し、交替磁性体であるMnTe化合物のMCD-RPEDパターンを計算しました(図2c)。その結果、交替磁性体にMCD効果が存在し、強度が大きいことが分かりました。また、MCD信号の角度分布はA・BサイトのPEDの差と一致し、強度は局所的なXMCD信号とほぼ比例することが証明されました。このMCD-RPED実験法を用いることで、交替磁性体かどうかを測定できます。

■今後の展望
 本研究により発見した手法は、どんな交替磁性体でも測定が可能であるため、今後は、多くの交替磁性体の候補物質について磁気構造を調べていきたいと考えています。また国内だけでなく、チェコやフランスを始めとした、様々な研究者と共同研究を行い、世界中の候補物質を本手法にて測定する予定です。

■用語解説
注1)交替磁性体(オルターマグネット):実空間でも波数空間でも磁気の符号が交替している新規の磁性体の種類。スピンの向きが規則的に交互になる新しい磁性体で、電気抵抗や磁場への反応が特殊。スピントロニクス技術への応用が期待される未来型電子材料。
注2)共鳴光電子回折(RPED):物質の異常散乱因子を活用して、価電子の空間秩序構造を観測する手法。特に軟X線領域では、3d遷移金属元素のL吸収端を観測でき、強相関電子系や磁性体の物性を解明するための重要な実験手法となっている。
注3)光電子回折(PED):光電荷で放射される電子の数の角度依存性を用いる表面構造測定法。
注4)磁気円二色性(MCD):磁性体に円偏光を入射したとき、左回りまたは右回りの違いによって吸収強度が異なる現象。X線吸収における磁気円二色性をXMCDと呼ぶ。

■論文情報
タイトル:Circular dichroism in resonant photoelectron diffraction as a direct probe of sublattice magnetization in altermagnets
著者:Peter Krüger
雑誌名:Physical Review Letters
DOI:10.1103/pl1p-v5rs

■参考文献1)
タイトル:Resonant photoelectron diffraction with circularly polarized light
雑誌名:Phys. Rev. B
DOI:10.1103/PhysRevB.84.140406

■参考文献2)
タイトル:Theory of circular dichroism in angle-resolved photoemission from magnetic surfaces
雑誌名:Phys. Rev. B
DOI:10.1103/PhysRevB.107.075407

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