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脳の中枢神経系細胞「アストロサイト」異常活性化の”黒幕”を発見!~アルツハイマー病などの神経変性疾患治療への応用に期待~

update:
国立大学法人千葉大学


 千葉大学医学薬学府博士後期課程2年の門脇 凌 氏、同大大学院薬学研究院の中村 浩之 教授らの研究グループは、脳内に存在する中枢神経系の細胞の一つ「アストロサイト」の異常活性化が、スフィンゴミエリンと呼ばれる脂質によって促進されることを明らかにしました。アルツハイマー病やパーキンソン病に代表される神経変性疾患(注1)では、アストロサイトの異常活性化が認められるため、今後はアストロサイトにおける脂質代謝を治療標的とした神経変性疾患の治療への応用が期待されます。
 本研究成果は、2025年11月3日に国際雑誌Journal of Lipid Researchに公開されました。

■研究の背景
 私たちの脳内には神経細胞の他にアストロサイトと呼ばれる細胞が存在しており、神経栄養因子 (神経細胞の成長に必要な栄養成分) を放出することで神経細胞の活動をサポートしています。一方で、神経変性疾患においてアストロサイトは、インターロイキン1α (IL-1α) や腫瘍壊死因子 (TNF-α) などのタンパク質により異常に活性化し、炎症性サイトカイン(注2)の放出を行い、神経細胞を破壊することで病態の増悪を引き起こすことが知られています(参考文献1)。アストロサイトの異常活性化は、多くの神経変性疾患で共通して見られることから神経変性疾患に対する新たな治療標的として注目されています(図1)。

[画像1: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/15177/1080/15177-1080-e745d74a5275090f9df545d3376d54bf-852x435.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図1. 脳内におけるアストロサイトのはたらき

 2019年にスフィンゴ脂質(注3)の1つであるラクトシルセラミドがアストロサイトの異常活性化を促進することが報告されたことから(参考文献2)、アストロサイトの異常活性化を制御する分子として、スフィンゴ脂質が注目されるようになりました。
 本研究では哺乳細胞の中で最も豊富に存在するスフィンゴ脂質であるスフィンゴミエリンに着目し、アストロサイト内のスフィンゴミエリンを変化させた際のアストロサイトの活性化の変化を解析しました。

■研究の成果
 本研究では以下のことが明らかとなりました。
1. スフィンゴミエリンが増加することでIL-1α/TNF-αによるアストロサイトの異常活性化が促進する
2. 細胞内におけるスフィンゴミエリンの産生を阻害することでIL-1α/TNF-αによるアストロサイトの   異常活性化が抑制される
3. IL-1α/TNF-αにより炎症反応を活性化するシグナル伝達経路「NF-κB経路」を介してアストロサイトが異常活性化する
4. 細胞内におけるスフィンゴミエリンの産生を阻害することで、遺伝子発現の制御を担うHDAC1およびHDAC3のタンパク質発現量が増加する
5. HDAC1およびHDAC3のタンパク質発現量が増加することで、NF-κB経路を伝達するタンパク質であるp65のアセチル化が抑えられる。それに伴いNF-κB経路の活性化も抑えられ、最終的にアストロサイトの異常活性化が抑制される

 これらの結果から、スフィンゴミエリンの産生を阻害することでHDAC1およびHDAC3 の発現量が増加し、その結果 p65のアセチル化とNF-κB経路の活性化が抑えられ、アストロサイトの異常活性化が抑制されるという、スフィンゴ脂質を介したアストロサイトの新たな活性化制御機構が解明されました(図2)。

[画像2: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/15177/1080/15177-1080-db4849566b8e35d8139827873d233a5e-853x714.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図2. 研究成果の概要

 アルツハイマー病患者の脳では、スフィンゴミエリンレベルが上昇していることが報告されています。本知見は、スフィンゴミエリンの蓄積がアストロサイトの異常活性化を介して神経変性疾患の病態に関与している可能性を示唆しており、疾患の新たな治療戦略を開発するための基礎的な理解を深めるものとなります。

■今後の展望
 アストロサイトの異常活性化は、多くの神経変性疾患で共通して認められる所見です。今後は神経変性疾患のモデル動物を用いて、脳内のスフィンゴミエリンを減少させた際に治療効果があるかを検討していきます。また、本研究によりスフィンゴ脂質によるアストロサイトの活性化制御が見出されたため、スフィンゴミエリン以外の他のスフィンゴ脂質に関しても同様にアストロサイトの異常活性化に関与するかを解析していきます。
 本研究成果をもとに更に検討、解析を進めることで、アストロサイトにおける脂質代謝を治療標的とした、神経変性疾患の治療への一助となることを願っています。

■用語解説
注1) 神経変性疾患:脳や脊髄などの神経細胞が死滅し、神経が脱落する病気。
注2) 炎症性サイトカイン:炎症反応を促進するはたらきのあるタンパク質の総称。
注3) スフィンゴ脂質:スフィンゴイド塩基と呼ばれる構造を持つ脂質群の総称。

■研究プロジェクトについて
 本研究は、武田科学振興財団 特定研究助成(2024081885)、喫煙科学研究財団 研究助成 (2024G018) およびJST SPRING (JPMJSP2109) の支援を受けて実施されました。

■論文情報
タイトル:Sphingomyelin regulates astrocyte activity by regulating NF-κB signaling via HDAC1/3 expression
著者:Ryo Kadowaki, Hana Hirose, Gai Takimoto, Takafumi Kohama, Hiroyuki Nakamura
雑誌名:Journal of Lipid Research
DOI:10.1016/j.jlr.2025.100933

■参考文献1
タイトル:Neurotoxic reactive astrocytes are induced by activated microglia
雑誌名:Nature
DOI:10.1038/nature21029.

■参考文献2
タイトル:Metabolic control of astrocyte pathogenic activity via cPLA2-MAVS
雑誌名:Cell
DOI:10.1016/j.cell.2019.11.016.

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