
概要
愛知県医療療育総合センター 発達障害研究所(愛知県春日井市、所長 永田浩一)の乾幸二(客員研究員)、東海光学株式会社(本社:愛知県岡崎市、代表取締役社長 古澤宏和)の鈴木雅也(脳科学推進室 室長)、および、株式会社パイロットコーポレーション(本社:東京都中央区、代表取締役社長 藤崎文男)の土井菜摘子(玩具事業部企画グループ 部長代理)らの研究グループは、お人形(メルちゃん(R))の髪色変化に対する驚きの反応を脳波で評価する方法を開発し、子どもが驚きを感じる能力(無意識に変化に気づく能力)は生後92ヶ月にかけて急速に発達し、その後ほぼ一定になることを明らかにしました。本研究成果は、国際誌「BMC Neuroscience」に2025年8月11日に掲載されました。
研究背景
自分の周りの環境に発生した「変化に気づく」ことはヒトの生存にとって非常に基本的な能力です。環境に何らかの変化が発生した時、脳はそれを自動的に認識する機能を持っています。この機能は「防御反応」の一部で、発達に伴って確立していくと考えられますが、主観的な評価や外部からの観察では評価が困難であるため、今までどのようにこの「変化に気づく」能力が獲得されるのか明らかになっていませんでした。また、子どもの発達にとって「玩具」の果たしている役割は大きいと考えられますが、遊びの中で発生する予期しない出来事(驚き)についてもどのように子どもの発達に寄与しているか明らかになっていませんでした。変化に対する脳の自動応答を「変化関連脳活動」1)と言いますが、脳波2)や脳磁図3)を用いることで極めて明瞭に記録することができます。そこで、私たちのグループは、子ども(小児)の脳活動の計測に適した脳波測定装置と、髪色が変化する玩具(メルちゃん(R))の画像を用いて、6~10歳の学齢期の子どもを対象に、変化に気づく能力を調査しました。
研究内容
本研究は、健常な6~10歳のお子さん37名(男性19名、女性18名、平均 103.6ヶ月)を対象に行いました。図1のような茶色からピンク、または、ローズから黄色に髪色の変化するお人形(メルちゃん(R)、株式会社パイロットコーポレーション)4)の画像をディスプレイに表示し、被検者には、ごくたまに表示される「眼鏡をかけたメルちゃんの画像」が現れたら素早くボタンを押すようにお願いしました。脳波(変化関連脳活動)は、ヘッドセット型の脳波測定装置(TOKAI Orb(R) Jr.)5)を用いて計測しました。[画像1: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/153635/14/153635-14-8035be4da4d05eae3a792d6c1fcc844c-796x702.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図1:髪色の変化するお人形(メルちゃん(R))の画像
<今回の発見>
お人形(メルちゃん(R))の髪の毛の色が変わったときの「変化に気づく」様子は、髪の毛の色が変化してから100~200ms後に現れるP130という特殊な脳波で記録できました(図2)。このP130という脳波成分は、髪の毛の色が、茶色からピンクに変化した時よりも、ローズから黄色に変化した時の方が、早く、そして大きく計測されました。これは、ローズから黄色に変化した時の方が、脳に発生する驚きの反応が素早く、大きいことを示します。[画像2: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/153635/14/153635-14-bca7c61ff8d1411e82b0b44f4bb3dbb8-1892x792.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図2:変化に気づいたときの脳波
次に、この変化への気付きを示すP130成分の潜時(発生までの時間)を用いて、髪色の変化に気づくまでの時間を被験者ごとに調べました。その結果、図3のように、生後92ヶ月にかけて月齢が上がるとともに変化への気づきは早くなり、その後ほぼ一定になることが分かりました。これは、お子さんごとに個人差はあるものの、「変化へ気づく」能力は生後92ヶ月にかけて急速に発達することを示していると考えられます。
[画像3: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/153635/14/153635-14-8240740765a5ca775830bb0299b9706e-1366x948.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図3:被験者ごとのP130脳活動までの時間(縦軸:ミリ秒 横軸:月齢)
<まとめと今後の展望>
・子どもの発達を評価する方法として、「変化への気づき」を脳波を用いて評価する方法を開発し、6~10歳のお子さんについて検討したところ、「変化に気づく」時の脳活動は非常に明瞭に観察されました。・この脳活動の早さは月齢とともに早くなり、生後92ヶ月にかけて急速に「変化に気づく」能力が発達することが分かりました。
・従ってこの手法は、個人ごとの発達の様子を評価する手段になると期待できます。
・また、色変化のような「驚き」を伴う玩具の評価にも有用であると考えられます。遊びの中で自然に驚きを感じられる体験は、子どもの発達にも寄与することが期待できますので、適切な玩具設計や対象年齢設定の客観データを得ることは重要と思われます。
・実際に、変化する色によって脳反応の大きさや早さが異なるという今回の成果をもとに、株式会社パイロットコーポレーションより玩具製品が展開されています。6)
このように、開発した評価方法は、子どもの発達の評価に加え、玩具の評価や設計にも有用と考えられます。現在、より低年齢(3~5歳)対象の研究と、同じお子さんを複数回計測する研究を行っています。これらの研究により、子どもの発達に関する理解が進むことと年齢に適した玩具や効果的に驚きの体験ができる玩具の開発に寄与することが期待できます。
論文情報
掲載誌:BMC NeuroscienceDOI:10.1186/s12868-025-00970-8
掲載URL:https://bmcneurosci.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12868-025-00970-8
掲載論文名:Visual change-related brain potentials elicited by changes in doll hair color in school-aged children (学齢期の子供におけるお人形の髪色変化により誘発される視覚の変化関連脳電位)
著者名:小崎瑞貴1)、水野嶺1)、鈴木雅也1)、小池康之 2)、土井菜摘子2)、乾幸二 3)
機関名:1) 東海光学株式会社、2)株式会社パイロットコーポレーション、3)愛知県医療療育総合センター発達障害研究所
掲載日:2025年8月11日(オンライン)
<補足情報>
1)変化関連脳活動刺激の変化に伴って観察される脳活動です。視覚、聴覚、体性感覚などのモダリティーによらずに、安定した脳活動として記録することができます。本研究ではお人形画像の髪の毛の色変化に伴う変化関連脳活動を計測しています。
2)脳波
脳内には数億の神経細胞があり、脳の情報処理はその神経細胞が興奮することにより行われています。脳波(EEG:Electroencephalography)は、神経細胞の興奮に伴って流れる電流活動を頭表に配置した電極で電位差として記録するものです。ミリ秒単位の時間分解能で脳の活動を知ることができます。
3)脳磁図
脳磁図(MEG:Magnetoencephalography)は、神経細胞の興奮に伴って流れる電流による磁界変化を計測するものです。ミリ秒単位・ミリメートル単位の時間・空間分解能で、脳の活動を知ることができます。
4)メルちゃんについて
メルちゃん(R)は、1992年に誕生した、お風呂に入ると髪の毛の色が変わるお世話人形です。親から子へ愛され続けて30年以上のロングセラー製品です。
5)本研究で使用した機器:ヘッドセット型脳波測定装置 TOKAI Orb Jr.(東海光学株式会社)
「ヘッドセット型脳波測定装置 TOKAI Orb(R) Jr.」は、頭囲49cm~55cm程度の頭囲サイズ(※ 頭部形状によります)に無理なく装着できるヘッドセット型の脳波測定装置で、ワイヤレスで脳波、誘発脳波を記録することができます。本装置は内閣府革新的研究開発推進プログラムImPACT(山川義徳PM)の公募研究(2015.6~2019.3)、および、あいち中小企業応援ファンド(2019.10~2020.10)に採択され研究開発した成果を活用しています。
6)本研究成果を活用した玩具:「フルーツだいすき(ハート)いちごのおふろセット」(株式会社パイロットコーポレーション)
「フルーツだいすき(ハート)いちごのおふろセット」は、いちご色からレモン色(論文ではローズから黄色)に色が変わると「脳に発生する驚きの反応が早く、大きい」という今回の知見をもとに髪の毛の色を決定した製品です。2025年7月12日発売。