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磁気渦物質における角運動量反転現象の理論的発見 ~ゲージ不変な熱力学が導く量子物質の新たな普遍性~

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東京理科大学


【研究の要旨とポイント】
強磁場と高速回転が共存する「磁気渦物質」において、電子の軌道角運動量がスピンを凌駕し、従来考えられてきた方向とは逆向きに偏極する新現象を理論的に発見しました。

ゲージ不変性と熱力学的安定性を両立する分配関数を構築し、磁場と回転の共存系における熱力学に関して適切な定式化を与えました。

角運動量の普遍的側面とその熱力学的定式化を確立した本研究は、原子核衝突実験、物質科学や量子光学等の多彩な領域での新奇現象探究に向けたプラットフォームを提供します。


【研究の概要】
物質のマクロな磁気特性や回転応答は、微視的粒子がもつ角運動量(回転運動の大きさと向きを表す物理量)が外部磁場や回転軸の方向に整列する「角運動量偏極」によって決まります。これまで角運動量偏極は、電子の固有角運動量であるスピンが支配的だと考えられ(図(a))、このスピン優位の描像は、物質科学のみならず大型加速器実験で生成される数兆度の高温物質の研究に至るまで、現代物理学の基礎概念として広く用いられてきました。

東京理科大学 理学部第一部 物理学科の豆田 和也助教(兼 理化学研究所 数理創造研究センター 客員研究員)、東京大学大学院 理学系研究科の福嶋 健二教授、浙江大学 物理学院 浙江近代物理中心の服部 恒一研究員らの共同研究グループは、強磁場と回転が共存する量子系の角運動量偏極では、スピンよりも粒子の軌道運動に由来する軌道角運動量が優勢となり、従来とは逆向きの偏極が実現することを理論的に発見しました(図(b))。また、角運動量偏極の反転という新たな物理現象は、固体物質を用いた実験やスーパーコンピュータによる数値実験からも検証可能であることを示しました。角運動量の概念は量子力学誕生以来の基盤ですが、本研究はその理解を大きく前進させました。

本研究成果は、2025年7月1日に国際学術誌「Physical Review Letters」にオンライン掲載されました。

【研究の背景】
物の回転運動を表す角運動量は、現代物理学において最も基本的な物理量の1つです。微視的粒子の角運動量には、外部磁場や外部回転に対して特定の方向を向くという特徴があります。 20世紀初頭のアインシュタインらの研究以降、こうした角運動量偏極現象では、スピン(固有の角運動量)による効果が支配的であると考えられてきました(図(a))。スピン優位な偏極の描像は、磁性体、超伝導体やトポロジカル絶縁体を対象とした物質科学分野のみならず、相対論的原子核衝突実験(*1)で生成される、1018ガウスの磁場や1022ヘルツの角速度を伴う極限物質の研究においても、標準的に適用されてきました。

一方、スピンと同様に角運動量の一構成要素である軌道角運動量(粒子の軌道運動による角運動量)が偏極に寄与しない理由は明らかではありません。この疑問に答えるには、磁場と回転を伴う量子系「磁気渦物質」に対する熱力学が不可欠です。しかし、これまで適切な定式化は確立されておらず、例えばランダウらが構築した外部磁場のない回転系の熱力学に素朴に磁場を導入すると、熱力学量が発散するという非物理的結果が得られることが知られていました。

【研究結果の詳細】
磁気渦物質の熱力学を構成するには、荷電粒子に働く微視的な力学的釣り合い条件を同定する必要があります。本研究ではこの釣り合い条件を明示的に導出し、熱力学的に安定で非物理的な発散が完全に排除された分配関数を得ることに成功しました。これはランダウらの分配関数をゲージ不変(*2)な形で適切に拡張したものであり、場の量子論(*3)と熱力学における異なる2大原理―ゲージ不変性と熱力学的安定性―が表裏一体の関係にあることも示しています。

得られた分配関数を用いれば任意の熱力学量が求められます。解析的評価が可能な例としてディラックフェルミオン(*4)の磁気渦物質を採用し、強磁場極限における角運動量を計算したところ、スピン優位で磁場と平行な偏極(図(a))ではなく、軌道優位で磁場と反平行な偏極(図(b)) が実現することを発見しました。さらに、この軌道優位による偏極反転は電荷密度にも影響を及ぼし、磁気渦物質で知られる誘起電荷密度が弱磁場・強磁場間で符号を反転することを明らかにしました。背景には、スピン角運動量がカイラル量子異常(*5)に起源を持つ一方で、軌道角運動量はそれとは無関係であるという本質的な違いがあることを見出しています。

本研究では角運動量偏極の普遍的性質を新たに示すとともに、理論の基本原理に基づく熱力学を確立しました。この定式化は量子色力学(*6)へ自然に拡張でき、スーパーコンピュータを用いた数値計算により、相対論的原子核衝突系での軌道角運動量の役割を探索可能です。加えて、強磁場下のディラック電子系(*7)では、従来のアインシュタイン・ドハース効果(*8)とは逆向きに回転を誘起する「反アインシュタイン・ドハース効果」の実験的検証が期待されます。 これらの定式化と知見は、オービトロニクス(*9)やディラック電子系に関連する新奇現象の探究へとつながる新たな展開を切り拓きます。

- 本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(20K03948, 22H01216, 22H05118, 24K17052)の助成を受けて実施されました。


[画像: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/102047/171/102047-171-a9c3e059ad5ce014e38826ece767f6c2-3900x936.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図:外部磁場、外部回転下における荷電粒子(正電荷)の角運動量偏極。(a) 弱磁場中では磁場と平行なスピン偏極が生じるが、(b) 強磁場中では軌道角運動量の寄与がスピンを上回り、磁場と反平行な偏極が生じる。


【用語】
*1: 相対論的原子核衝突実験
大型加速器によってほぼ光速まで加速された原子核同士の衝突実験。この手法によりビッグバン直後の初期宇宙に存在していた高温物質クォーク・グルーオン・プラズマを地上で生成し、その物理的特性が調べられている。

*2: ゲージ不変
電磁気力や強い相互作用を記述する理論(ゲージ理論)において,ゲージ変換(局所的な位相変換)の影響を受けずに不変である性質。

*3: 場の量子論
時間と空間に広がる物理的実体を「場」として捉え、その場を量子化することで粒子の生成・消滅や相互作用を統一的に記述する理論体系。電磁場を量子化すると光子が、電子場を量子化すると電子・陽電子が現れるなど、あらゆる粒子を場の励起(より高いエネルギー状態へ移ること)として扱う。

*4: ディラックフェルミオン
スピン1/2を持つ相対論的な粒子。電子やクォークなどが該当する。

*5: カイラル量子異常
質量ゼロのディラック理論が持つ対称性の量子効果による破れ。

*6: 量子色力学
クォークやグルーオンに働く強い相互作用の基礎理論。相対論的原子核衝突実験の物理は量子色力学に支配される。

*7: ディラック電子系
グラフェンやトポロジカル半金属などの物質中で、ディラック方程式に従い質量がゼロまたは非常に小さい擬似粒子が発現する系。

*8: アインシュタイン・ドハース効果
磁場中で偏極した電子スピンがイオンの角運動量へと転換することで、磁性体が回転する現象。

*9: オービトロニクス
軌道角運動量を情報伝達や制御に利用する新たな研究領域。従来のエレクトロニクスが電荷、スピントロニクスが電子スピンを情報担体とするのに対し、オービトロニクスは電子の軌道運動に着目する。

【論文情報】
雑誌名: Physical Review Letters
論文タイトル:Preponderant Orbital Polarization in Relativistic Magnetovortical Matter
著者: Kenji Fukushima, Koichi Hattori, Kazuya Mameda
DOI: 10.1103/PhysRevLett.135.011601

【発表者】
豆田 和也 東京理科大学 理学部第一部 物理学科 助教 <責任著者>
兼 理化学研究所 数理創造研究センター 客員研究員
福嶋 健二 東京大学 大学院理学系研究科 物理学専攻 教授
服部 恒一 浙江大学 物理学院 浙江近代物理中心 研究員

【研究に関する問い合わせ先】
東京理科大学 理学部第一部 物理学科 助教
豆田 和也(まめだ かずや)
E-mail: k.mameda【@】rs.tus.ac.jp

【報道・広報に関する問い合わせ先】
東京理科大学 経営企画部 広報課
TEL: 03-5228-8107 FAX:03-3260-5823 
E-mail: koho【@】admin.tus.ac.jp

理化学研究所 広報部 報道担当
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東京大学 大学院理学系研究科・理学部 広報室
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浙江大学 物理学院
TEL: +86-571-87953325
E-mail: phylzy【@】zju.edu.cn

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