
順天堂大学医学部内科学教室・呼吸器内科学講座の宿谷威仁 准教授、朝尾哲彦 非常勤助教、三森友靖 助教、高橋和久 教授らの研究グループは、進行・再発胸腺癌患者を対象とした医師主導治験「カルボプラチン+パクリタキセル+アテゾリズマブ併用療法」の第II相試験(MARBLE試験,JTD2101)を実施しました。その結果、客観的奏効率(ORR)(*1)が56%と事前に規定された閾値を上回る高い効果が確認されました。また、無増悪生存期間(PFS)(*2)の中央値は9.6ヶ月で、安全性についてもコントロール可能であると考えられました。この試験で評価された治療法は、進行・再発胸腺癌に対する新たな選択肢となる可能性を示しました。本試験の結果はLancet Oncology誌のオンライン版に2025年3月3日付で公開されました。
本研究成果のポイント
● 進行・再発胸腺癌に対する初回化学療法として、標準的に用いられている、カルボプラチン+パクリタキセルに、免疫チェックポイント阻害薬であるアテゾリズマブを併用し、その有効性と安全性を初めて評価。
● ORR 56%、PFS中央値 9.6ヶ月を達成し、これまでの標準治療である、カルボプラチン+パクリタキセルの「癌を縮小させ増殖を抑える効果」を上回ると考えられた。
● 治療に伴う副作用は、カルボプラチン、パクリタキセル、アテゾリズマブ、それぞれの副作用として知られているものと同様で、新たな懸念はなく、コントロール可能と考えられる。
背景
希少疾患・希少癌は、大規模な臨床試験の実施が困難で、他の癌腫に比べ、治療開発が進まない傾向にあります。胸腺上皮性腫瘍も10万人/年あたり0.15例とまれな腫瘍で、胸腺癌はそのうち14.1%を占める希少疾患となります。一方で、切除不能進行・再発胸腺癌の予後は良好とは言えず、その治療開発には高いアンメットメディカルニーズ)(*3)が存在します。
実際に、本治験の対象群である胸腺癌は希少疾患であるが故に、大規模比較試験の実施は困難で、小規模な前向き試験、もしくは後ろ向き試験の報告があるのみとなっています。そのため、新たな治療法の確立は重要な課題であると考えられています。
Programmed cell death-1(PD-1)経路阻害薬(*4)は国内発の薬剤であり、抗腫瘍免疫(*5)を増強することでさまざまな癌腫において長期に病勢を制御しうることが示されています。海外の報告では、PD-1経路阻害薬は再発胸腺癌患者に対して単剤で有望な効果が示されてもいます。また、細胞傷害性抗癌薬(*6)との併用により免疫原性細胞死(immunogenic cell death: ICD)(*7)が誘導されることが期待され、肺癌などにおいては、細胞傷害性抗癌薬とPD-1経路阻害薬の併用療法が標準治療として既に用いられています。胸腺癌においてもプラチナ併用化学療法とPD-1経路阻害薬の併用療法が高い有効性を示す可能性が期待されることから、本治験が計画されました。
内容
本試験は、全国15施設が参加する多施設共同の単群第II相試験として実施されました。2022年6月14日から2023年7月6日の期間に48人の患者が登録され、以下の治療プロトコールに従い実施されました。
・導入療法:カルボプラチン(AUC 6)、パクリタキセル(200 mg/m²)、アテゾリズマブ(1200 mg)を3週間ごとに投与(最大6サイクル)。
・維持療法:アテゾリズマブ単剤を3週間ごとに投与(最大2年間)。
試験の主要評価項目(*8)は独立中央判定(*9)によるORRで、副次評価項目としてPFSや全生存期間(OS)などが含まれました。
主要評価項目であるORRは56%(95%信頼区間: 41-71%)を達成しました。PFSの中央値は9.6ヶ月であり、病勢制御率(DCR)(*10)は98%でした。有害事象(*11)については、好中球減少症(56%)や白血球減少症(33%)が最も多く報告されましたが、これらはコントロール可能な範囲内と評価されました。
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今後の展開
本研究の結果は、進行・再発胸腺癌に対して、カルボプラチン+パクリタキセルにアテゾリズマブを併用した治療が新たな治療法となる可能性を示しました。今後は、この治療法が国内や世界において保険承認され、標準的な治療となることが期待されます。また、より個別化された治療を目標に、バイオマーカー研究(*12)に取り組んでいく予定です。
用語解説
*1 客観的奏効率:患者の治療に対する反応を示す指標で、腫瘍(しゅよう)が小さくなる、または完全になくなる患者の割合を指します。治療の有効性を測るための客観的な基準に基づいて計算されます。
*2 無増悪生存期間:治療を開始してから病気が悪化せずに安定している期間を指します。この期間が長いほど、治療が病気の進行を抑える効果があると評価されます。
*3 アンメットメディカルニーズ:いまだに治療法が見つかっていない疾患に対する医療ニーズのこと。具体的には、癌、認知症などの重篤な疾患のほか、不眠症や偏頭痛といった、生命に支障はないものの、QOL改善のために患者から強く求められている疾患に対する医療ニーズを指します。
*4 Programmed cell death-1(PD-1)経路阻害薬:PD-1は免疫細胞上に発現する免疫チェックポイント分子であり、樹状細胞や癌細胞に発現するPD-L1やPD-L2と結合することで、免疫細胞の働きを抑制します。PD-1経路阻害薬によりPD-1がPD-L1などと結合しなくなることで、免疫細胞が本来の働きを取り戻し、がん細胞を攻撃するようになると考えられています。
*5 抗腫瘍免疫:腫瘍が生体内で異物として認識され、それを排除するように免疫細胞が反応すること。
*6 細胞傷害性抗癌薬:一般に「抗がん剤」と呼ばれている薬剤を指す。がん細胞を直接攻撃することで、殺傷したり増殖を抑えたりする治療法です。ただし、正常な細胞まで攻撃するため、副作用などの影響に注意が必要です。
*7 免疫原性細胞死(immunogenic cell death: ICD):免疫応答(有害物質から身体を守る機能)を誘発しやすい細胞死。
*8 主要評価項目:臨床試験で最も重要な評価基準のことです。例えば「腫瘍がどれくらい縮小するか」や「病気の進行をどれだけ遅らせるか」など、試験の成功を判断するための基準として設定されます。
*9 独立中央判定:治療の効果や診断結果を評価する際に、試験に直接関与していない専門家のグループが客観的に判定を行う仕組みです。これにより、公平性や信頼性が高まります。
*10 病勢制御率:治療後に、腫瘍が縮小または進行が抑えられた患者の割合を示します。「腫瘍が消失または縮小した」「病状が安定している」状態が含まれます。
*11 有害事象:治療中に発生する、体調や健康状態の望ましくない変化のことです。薬の副作用だけでなく、治療に関連するすべての不調を含みます。重さに応じて評価され、患者の安全を守るための重要な情報です。
*12 バイオマーカー研究:血液や組織の検査で得られる「生物学的な指標(バイオマーカー)」を調べる研究です。特定の薬が効きやすい患者を見つけたり、病気の進行や治療効果を予測したりするために役立ちます。
研究者のコメント
●胸腺癌は、希少癌であるが故に、治療方法の開発が進みづらい疾患です。他の腫瘍では既に用いられているPD-L1経路阻害薬の有効性と安全性を本医師主導治験により示すことができ、今後、国内のみならず世界において、この新たな治療方法が実用されることを期待しています。
● 希少癌である胸腺癌の医師主導治験において、想定していたスピードを上回り、研究が進行したのも、患者さんやご家族、そして、その治療に携わる医療者の皆様のおかげと改めて感謝いたします。
原著論文
本研究はLancet Oncology誌のオンライン版に2025年3月3日付で公開されました。
タイトル: Activity and safety of atezolizumab plus carboplatin and paclitaxel in patients with advanced or recurrent thymic carcinoma (MARBLE): a multicentre, single-arm, phase 2 trial
タイトル(日本語訳): 進行・再発胸腺癌患者に対するアテゾリズマブとカルボプラチン・パクリタキセルの併用療法の有効性と安全性(MARBLE):多施設単群第II相試験
著者:Takehito Shukuya, Tetsuhiko Asao, Yasushi Goto, Tomoyasu Mimori, Koichi Takayama, Kyoichi Kaira, Hiroshi Tanaka, Ryo Ko, Yoshihiro Amano, Motoko Tachihara, Takuji Suzuki, Junko Tanizaki, Shunichi Sugawara, Yoshitaka Zenke, Yukina Shirai, Takuo Hayashi, Keita Mori, Kazuhisa Takahashi
著者(日本語表記): 宿谷威仁1)、朝尾哲彦1)、後藤悌2)、三森友靖1)、高山浩一3)、解良恭一4)、田中洋史5)、高遼6)、天野芳宏7)、 立原素子8)、鈴木拓児9)、谷崎潤子10)、菅原俊一11)、善家義貴12)、白井由紀奈1)、林大久生13)、盛啓太14)、高橋和久1)
著者所属:1) 順天堂大学大学医学部内科学教室・呼吸器内科学講座 呼吸器内科、2) 国立がん研究センター中央病院 呼吸器内科3) 京都府立医科大学 呼吸器内科、4) 埼玉医科大学国際医療センター 呼吸器内科、5) 新潟県立がんセンター新潟病院 呼吸器内科、6) 静岡県立静岡がんセンター 呼吸器内科、7) 島根大学医学部 腫瘍内科・呼吸器内科、8) 神戸大学大学院医学研究科 呼吸器内科、9) 千葉大学大学院医学研究科 呼吸器内科、10) 近畿大学医学部 腫瘍内科、11) 仙台厚生病院 呼吸器内科、12) 国立がん研究センター東病院 呼吸器内科、13) 順天堂大学大学院医学研究科 人体病理学、14) 静岡県立静岡がんセンター 生物統計部
DOI:https://doi.org/10.1016/S1470-2045(25)00001-4
本治験は、中外製薬株式会社の支援を受け、多施設共同医師主導治験として実施しております。
本治験にご協力いただいた皆様に深謝いたします。