日常で目にする爪楊枝。しかし、一般的な爪楊枝を作っているメーカーは全国で2社しか残っていません。そのうちの1社、大阪府河内長野市の菊水産業が隣接地からの類焼により、事務所と倉庫を全焼する被害に遭ってしまいました。国産爪楊枝の伝統を守るため、経営再建に向けたクラウドファンディングを2021年11月1日に開始します。

 目標額は300万円で、目標額に満たない場合でも計画を実行するAll-in方式での募集です。

 大阪府の河内長野市にある菊水産業。河内長野市では古くから爪楊枝や、お茶席に欠かせない黒文字楊枝作りが地場産業として盛んで、一時は日本国内の95%を生産していました。今回、クラウドファンディングを始めた末延秋恵さんは、菊水産業の4代目代表取締役です。

検品する末延秋恵さん(菊水産業提供)

 菊水産業は1960年、末信さんの祖父である場工耕司(ばく・こうじ)さんによって設立されました。当時の河内長野市では、豊かな森林資源を活用した爪楊枝や黒文字楊枝作りを営む業者が仲介業者も含め大小50軒近くもあり、農家の副業として黒文字楊枝作りの内職が盛んだったといいます。

創設者の場工耕司さん(菊水産業提供)

 当時の楊枝作りは、ほとんどが手作業。このため生産量には限界があり、需要を逃す場合もあったようです。そこで末信さんの祖父、場工耕司さんは一念発起。試行錯誤の末に1965年、黒文字楊枝の半自動化製造を日本で初めて実現させました。

かつての菊水産業(菊水産業提供)

 しかし安価な海外製品が流入するようになり、コスト面で不利な国内での黒文字楊枝作りは衰退。現在では国産のクロモジ(クスノキ科の香木)原木を使用し、国内で加工された長さ9cmの黒文字菓子楊枝はほとんど見られません。

 黒文字を和菓子に添える楊枝として使うのは、日本独特のもの。それなのに、お茶席やおもてなしの席で供される和菓子に添えられる黒文字楊枝は、ほとんどが日本産ではないのです。

お茶席で使われる黒文字楊枝はほとんど国産ではない(菊水産業提供)

 菊水産業でも、一時国産の原木を使った黒文字楊枝の生産は30年あまり止まっていました。それでも、やはり国産の原木を国内で加工した黒文字楊枝が欲しいとの声が高まり、末延秋恵さんは復活を決意。2014年から、場工耕司さんが残した約40年前の機械をもとに開発を始めたそうです。

 原木の流通は30年あまり止まっていたため、純国産の復活にはクロモジが生育する山の持ち主を探すところから始まったといいます。地元大阪や近畿だけではなく、岐阜、高知、愛媛、島根など各地を訪ね、同時に伐採する人も探したといいます。一部の山では、末延さん自身が足を運んで伐採することもあったとか。

クロモジの枝を伐採する末延さん(菊水産業提供)
鹿児島での原木調達風景(菊水産業提供)

 努力の末、現在菊水産業で作っている黒文字楊枝は、伐採から製造、包装に至るまで国内の自社工場で行う純国産「ジャパンメイド」になっているといいます。最後の先付け(先端を尖らせる作業)は、祖父の場工耕司さんが使っていた作業台と道具を使い、末延さん自身が1本ずつ手作業で仕上げているそうです。

仕上げは手作業(菊水産業提供)

 もちろん、爪楊枝もすべて国内の自社工場で作られる国産。現在も国内で爪楊枝を作っているメーカーは、菊水産業を含めて2社しかないそうです。

作業中の末延さん(菊水産業提供)

 爪楊枝は飲食店からの需要に支えられている側面があります。昨今の新型コロナウイルス禍により、飲食店が営業制限を受けたことで、爪楊枝業界も大打撃を受けてしまいました。

 そんな中、菊水産業では事業を存続させようと、湿気てしまって爪楊枝にできなかった北海道産シラカバ材を再利用し、エレベータなどのボタンを手を触れないで操作できる「つまようじ屋の非接触棒」を開発。2020年4月の発売以来、大きな話題となりました。

「つまようじ屋の非接触棒」(菊水産業提供)
つまようじ屋が本気を出して作った非接触棒(菊水産業提供)

 思ってもみない災難に見舞われたのは、2021年10月9日のこと。末延さんが4代目として代表取締役に就任し、1か月ほどが過ぎた頃でした。会社に隣接する水田で稲刈り後のワラ焼きをしていた火が菊水産業の建物に燃え移り、事務所と作業場、倉庫が全焼してしまったのです。

消火にあたる消防隊(菊水産業提供)

 当日は土曜日だったため、従業員はいませんでした。たまたま末延さんが所用のため会社を訪れたところ、燃え盛る建物を目にしたといいます。

火元は水田のワラ焼き(菊水産業提供)

 すぐに消防へ通報し、事務所から業務に必要なパソコン、印鑑、出荷前の商品などを運び出そうとしましたが、強まる火の手により3回ほどの往復で断念。あとは「工場だけでも助かって欲しい」と祈りながら、消防隊の消火作業を見守ることしかできなかったそうです。

事務所や倉庫などが全焼(菊水産業提供)

 消防隊の懸命な消火作業により、幸い工場への延焼は免れました。しかし事務所や倉庫、作業場は全焼。前日まで作っていた商品も、これから作っていく材料や資材ラベルなど何もかもが焼けてしまったのです。

何もかも焼けてしまった(菊水産業提供)
骨組みのみが残っている(菊水産業提供)

 この事態に、日頃からTwitterで交流していた数多くの企業公式アカウントからも、お見舞いが届きました。中には、Twitterで交流していた熊本県の仕出し屋さんが、遠路はるばる大阪府河内長野市まで弁当を届け、火災被害に沈む菊水産業の皆さんを勇気づけてもいます。

 また、国産黒文字楊枝を復活させるため各地を回っていた際、林業が衰退していることを知り、林業を支えている女性たちが業界を盛り上げようと結成した「林業女子会@おおさか」では、募金活動も始まっています。河内長野市内3か所の飲食店(創作料理靖浩、L’espace地球屋、椿屋)に設置された募金箱は、もちろん地元の材木(河内材)を使ったものだそうです。

 類焼、いわゆる「もらい火」の被害で事務所、作業場、倉庫が全焼してしまった菊水産業。しかし焼け残ったとはいえ工場には消火作業で放水された水が天井からしたたり落ち、機械の電気部分に悪影響を及ぼしている可能性があるとのこと。現在は火災により送電を止めてもらっているので、確認はできていないそうです。

工場はなんとか焼け残った(菊水産業提供)

 困ったことに、日本には1899(明治32)年にできた「失火責任法(失火ノ責任ニ関スル法律)」という法律があり、「民法第七百九条ノ規定ハ失火ノ場合ニハ之ヲ適用セス但シ失火者ニ重大ナル過失アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス(民法第709条「不法行為による損害賠償」の規定は失火の場合には適用しない。ただし失火者に重大な過失があるときはこの限りではない)」と記されています。

 つまり、ワラ焼きをした人に責任や損害賠償を求めるのは、なかなか難しいことなのです。

 工場の機械は50年以上前のものをメンテナンスしながら使い続けていて、メーカーもすでに存在しないとのこと。なんとか機械を再び動かし、河内長野市伝統の地場産業である爪楊枝作りを続けるために、菊水産業は再建資金をクラウドファンディングで募集することになりました。

奇跡的に焼け残った看板を手にする末延さん(菊水産業提供)

 目標額は300万円。もちろん、支援者へのリターン代なども含まれるので、これだけで事業再建が可能な額ではありません。日本全国に、国産爪楊枝を作っている菊水産業があること、爪楊枝は河内長野の地場産業であることを伝えたいという側面も大きいのです。

 今回のクラウドファンディングは、All-in方式での募集となり、目標額に達しなくても全額が菊水産業にわたり、支援者はリターンを手にすることができます。クラウドファンディングサイト「CAMPFIRE」で、2021年11月1日11時より始まり、募集期間は46日間です。

情報提供:菊水産業株式会社(@kikusui_sangyo)

(咲村珠樹)