着物や帯の布地に模様を染める技法「友禅」。日本の伝統的な技法のひとつですが、その中に別の色に染め直す「染め替え」という技術が存在します。

 大抵は「淡色→濃色」といった変化に用いられますが、真逆の「濃色→淡色」に仕立てることも可能。実は希少な技術でもあるそれを用いての制作風景に、高い注目が寄せられています。

 「京都でも珍しい濃色の振袖を薄色に染め替えるお仕事。振袖の模様以外の色を特殊な抜染技術で色抜きして、上から新しい色で染めていきます。きれいに色が抜けすぎて嘘だと思われそうですが、本当です」

 京都嵐山にある手描友禅染工房「池内友禅」代表・池内真広さんがこの日Twitterに投稿したのは、振袖に染色を施している際の制作動画。無色の着物が桜色へと彩られていきます。

池内友禅代表の池内真広さんがTwitterに投稿した制作動画。

無地の生地が桜色に染め上がっていきます。

 ちなみにこの生地、元々は濃いピンク色で、「抜染糊」と呼ばれる素材を用いて脱色し、動画の淡い桜色へと染め直しています。しかしこの作業、池内さん曰く「大変な注文」とのこと。

元々は濃厚なピンクで彩られていました。

 「元々、昨年の秋に娘の成人式用の振袖を作ったお客様より、『来春の大学の卒業式では違う色にしたいけど可能ですか』というご相談を受けたことがきっかけでした。詳しく聞くと、『薄い色』にしたいということでした」

 「『染め替え』の前提として、『濃い色を薄くするには、“地色”をいったん抜染(脱色)して新しい色を染め直すこと』が必要になります。これが無地の着物であれば可能なんですが、『絵柄』のある着物では基本的に出来ないんです。模様の部分だけを避け、背景の色を抜染することは技術的に困難であるためです」

 しかし、池内友禅では、そこだけを抜染できる特殊な技術を有する職人と通じており、引き受けることにしました。なおその人物は、その道40年以上の経歴を持ち、京都でも唯一無二の存在なんだとか。

 とはいえ、その「とっておき」は、この時点においては持ち込みのアンティーク着物で実施したのみ。自らの作品を染め変えるということは、初めての挑戦だったといいます。

 「正直どれくらい背景の色が抜けるかも分かりませんし、イメージ通り仕上げれるかも不安がありました。結果として満足な出来となり、お嬢様にも大変喜んでいただけましたが、私自身ここまでキレイに抜けたことは驚きであり、全く新しい着物に生まれ変わったことに感動しました」

 動画投稿の翌日、池内さんは完成した振袖をTwitterで改めて紹介しています。そこにあったのは、「春」にぴったりな淡い桜色となった生地に咲き誇る牡丹が目を引く着物。くっきりと浮かび上がるかのようだった「ビフォー」とは対照的な「アフター」です。

投稿翌日、そこには淡い桜色に染め上がった着物が。

生地に咲き誇る牡丹も見事に馴染んでいます。

 まるで魔法がかかったかのような変貌ぶりには、いずれの投稿においても多くのユーザーの注目を集めました。

 「『京都でも珍しい』と書くのは少し“怖い”面もあったのですが、同業の方からも驚きの声を多くいただき嬉しい気持ちでした。私も最初にこの技術を知った時同じことを思ったので、恐らく皆様も同様に驚いてくださったのかもしれません」

 池内友禅は池内さんの父・路一さんが京都の友禅染めに魅せられ、郷里の愛媛県から上洛し、10年の修行ののちに1980年に創業。翌年に生まれたのが真広さんで、同志社大学在学中に、路一さんの作品に感銘を受け、型絵染作家の澁谷和子氏からデザインを学んだのち、卒業後は父に師事し、現在代表をつとめています。

革小物を中心とした「SOMEA」もブランド展開中。

 近年は友禅技術を応用した「革染め」にも取り組み、革小物を中心とした「SOMEA」というブランド展開をしている池内友禅ですが、「100年」でようやくスタートラインに立つことが許される京都においては、40年という時間は「スタートアップ」としてでしか見られません。

 そんな“新興勢力”が、1000年を超す京きものの世界において新たなる可能性を提示しました。しかし池内さんによると、抜染を行う職人が用いる専用の抜染糊を作る製造元は既に廃業し、いつまで行えるかも分からない技術でもあるそうです。この投稿には、伝統工芸の持つ「革新性」とともに、抗えない「負」をも写し出したものとなっています。

<記事化協力>
池内真広さん(Twitter:@ikeuchiyuzen/Instagram:@ikeuchi_yuzen
池内友禅(京都市右京区嵯峨五島町37)

(向山純平)