おたくま経済新聞

ネットでの話題を中心に、商品レビューや独自コラム、取材記事など幅広く配信中!

【新作アニメ捜査網】第25回 俺の妹がこんなに可愛いわけがない

皆様、ご無沙汰しております。今回の「新作アニメ捜査網」では、独立UHF局等で放送中の、ライトノベルを原作とした、テレビアニメ『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』をご紹介します。


  • この番組の粗筋は以下の通り。主人公・高坂京介(声・中村悠一)の妹・桐乃(声・竹達彩奈)は、アニメやゲームが大好きだが、ヲタクであることがバレると軽蔑されてしまうので、自分の趣味を隠していた。京介は、そんな桐乃が周囲に隠れて趣味を楽しむことに協力することになる。

    ・・・このプロットをご覧になり、お気付きになった方もいらっしゃるでしょうが、上記プロットのうち、“妹”という部分を“クラスメイト”に置き換えると、2008年のテレビアニメ『乃木坂春香の秘密』のプロットとして通用してしまいます。そして『乃木坂春香の秘密』も『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』も原作はいずれも電撃文庫なのでした。

    ただ『乃木坂春香の秘密』と『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』が違う点は、前者は主に学校内及び家庭内でのヲタクを取り巻く状況を描いているのに対し、後者は世の中においてヲタクを取り巻いている状況を描いているという点です。即ち、『乃木坂春香の秘密』は描かれる状況の範囲が狭いのに対し、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』は広いと言えます。

    例えば『乃木坂春香の秘密』第3話「おしまいです…」では、アニメは他の人とは違う変わった趣味であり、ヲタクであることがバレると友達が離れ、学校内で抹殺されてしまうと語られます。そして「ヲタクはキモイ」とか「ヲタクは害虫」とか「ヲタクは死ね」とかいう激しい台詞が連発されました。ただ、このような台詞は学校内での言説であり、しかも極めて感情的なものでした。

    これに対して『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』で言及されたヲタク言説は単なる感情論ではなく批評性も含んだものです。

    例えば第5話「俺の妹の親友がこんなに××なわけがない」。
    桐乃の友人・新垣あやせ(声・早見沙織)は京介に訴えます。
    長いのですが、あやせの台詞を引用します。

    「私、ニュースで見たんです。日本には小さな女の子に嫌らしいことをするゲームやアニメがはびこっているそうですね。ニュースで著名なジャーナリストの方が言ってました」

    「その人も言ってました。ああいったものをやっているといつの間にか心を破壊され人間性を失ってしまうそうです」

    「現にゲームに影響されて女の子を感電死させようとした男もいるんですよ!(引用者註・劇中で発生した事件を指す)」

    「犯人は所謂オタクと言われている犯罪者予備軍で『シスカリプス』(引用者註・劇中に登場するゲームソフト)とかいうゲームの真似をしたかったと自供しています。いいですか!ああいうゲームや漫画はこの世にあってはいけないんです!欲しがる人も作る人もみんな同罪の犯罪者予備軍!規制して取り締まるべきなんです!」


    あやせはなかなか過激なことを言っていますが、現実世界における政治家や運動家、マスコミの中にはあやせと全く同じ意見を主張する人もおり、あやせの発言は現実世界における言説を意識したものとなっています。結局のところ、台詞中の事件は実はゲームに影響されたものではないことが判明し、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』第5話の結論は、マスコミが“ゲームは犯罪の原因である”というバイアスのかかった報道をしていると糾弾する、痛烈なマスコミ批判となっています。しかし『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』は全面的にアニメやゲームを擁護する訳ではなく、返す刀で現代のアニメの状況にも痛切な批判を加えます。

    第7話「俺の妹がこんなに小説家なわけがない」では、高坂兄妹の友人であり、黒猫と名乗っている少女(声・花澤香菜)が次のように語っています。
    「アニメに限らずロリとエロを露骨に押し出してくる作品が多すぎるのよ。こんな低俗な駄作ばかりが売れてゆく状況は嘆かざるを得ないわねぇ。大衆はもっと審美眼を養うべきだわ」

    更に第8話「俺の妹がこんなにアニメ化なわけがない」では、今までの文脈とは直截的には関係ないものの、ライトノベルをテレビアニメ化する際、アニメスタッフが、スケジュールの都合だったり売り上げを伸ばすためだったりといった理由で原作を改変する様子が描かれます。アニメの作り手も商売でやっているから、大衆迎合的な作風が含まれてしまうことは、実際にあり得るかもしれません。この点において、第7話の黒猫の発言と根底で繋がっていると言えます。

    以上のように『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』は現代アニメ界・及びゲーム界の病理を突く作品となっています。

    但し、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』という作品の存在自体が、このような病理を体現してしまっているのは大いなる皮肉としか言いようがありません(或いは確信犯的にやっているのかもしれない)。第8話に登場した、ライトノベルを改変してテレビアニメ化するというエピソードそのものが、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の原作を改変してアニメ用に作り出されたオリジナルエピソードです。また、劇中の桐乃は中学2年生でありながら「R18」という架空のレイティング(コンピュータエンターテインメントレーティング機構は「R18」などという表現を使わない)が付けられたゲームソフトをプレイしています。『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』は架空の物語なので特にこのことを問題にすべきだとは思わないけれども、現実問題としては、あやせが第5話で言ったような理由で表現の自由を規制することとは別に、成人向け作品と未成年の消費者を隔離するような流通上の配慮がなされることは妥当であろうと思います。

    これまでに見たように、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』は、現代のアニメ界・ゲーム界が抱えている問題点を、身を挺して白日の下に晒したのです。視聴者によって異論はあるでしょうが、本作が訴えたものを人々は真摯に捉え、考えていくべきではないでしょうか。

    ■ライター紹介
    【コートク】

    本連載の理念は、日本のコンテンツ産業の発展に微力ながら貢献するということです。基本的には現在放送中の深夜アニメを中心に当該番組の優れた点を顕彰し、作品の価値や意義を世に問うことを目的としていますが、時代的には戦前から現在まで、ジャンル的にはアニメ以外のコンテンツ作品にも目を向けるつもりでやって行きたいと思います。そして読者の皆さんと一緒に、日本のコンテンツ産業を盛り上げる一助となることができれば、これに勝る喜びはございません。

    あわせて読みたい関連記事
  • アニメ/マンガ, ニュース・話題

    ニコニコ×電撃『多数決ドラマ』始動 第1弾は俺妹とエロマンガ先生

  • アニメ/マンガ, イベント・キャンペーン

    桐乃に、黒猫に、あやせに、「中学英語」を教わろう!『俺の妹』と語学書がコラボ!

  • おたくま編集部Editor

    記事一覧

    おたくま経済新聞・編集部による監修or執筆

    ▼こちらのライターの最新記事▼

  • 当時、イベント関係企業のSNSに投稿された告知画像
    社会, 経済

    “マジックミラー号”展示などで波紋 中野駅前大盆踊り大会が謝罪声明

  • 「走る先には何がある!?京成スカイライナーキャンペーン」オリジナルQUOカード
    イベント・キャンペーン, 経済

    京成電鉄、中島健人QUOカードが当たるキャンペーン 9月10日から

  • 鬼滅の刃マンチョコ<無限城編>
    アニメ/マンガ, 商品・グッズ

    ロッテ、「鬼滅の刃マンチョコ<無限城編>」を10月21日発売 シリーズ第5弾

  • タカラトミー「グランドモールトミカビル」を自主回収 子どもの指挟み事故発生で
    商品・物販, 経済

    タカラトミー「グランドモールトミカビル」を自主回収 子どもの指挟み事故発生で

  • コレコレチャンネルより
    エンタメ, 芸能人

    コレコレさん「LINEで謝罪」も…稲田直樹さんは声明で“間接否定”

  • 松浦勝人会長「月1時間で100万円」“松浦顧問制度”始動 応募殺到で定員の5倍超え
    エンタメ, 芸能人

    松浦勝人会長「月1時間で100万円」“松浦顧問制度”始動 応募殺到で定員の5倍超…

  • トピックス

    1. 隣家からの怒号を音痴で撃退!母と娘が歌声響かせた、1週間の脱力戦記

      隣家からの怒号を音痴で撃退!母と娘が歌声響かせた、1週間の脱力戦記

      隣家から毎晩のように聞こえてくる喧嘩の怒鳴り声。文句の1つでも言ってやりたくなりますが、平穏なご近所…
    2. コレコレチャンネルより

      コレコレさん「LINEで謝罪」も…稲田直樹さんは声明で“間接否定”

      暴露系YouTuberのコレコレさんは、9月6日の配信でお笑いコンビ・アインシュタイン稲田直樹さんを…
    3. 脂肪と好奇心は人一倍!体重110キロ記者、ゆで太郎「倍盛り鍋かつ丼セット」に挑戦

      脂肪と好奇心は人一倍!体重110キロ記者、ゆで太郎「倍盛り鍋かつ丼セット」に挑戦

      ゆで太郎で期間限定提供されている「倍盛りかつ丼セット」。そばにセットでついてくるかつ丼は、丼ではなく…

    編集部おすすめ

    1. 当時、イベント関係企業のSNSに投稿された告知画像

      “マジックミラー号”展示などで波紋 中野駅前大盆踊り大会が謝罪声明

      中野駅前大盆踊り大会の実行委員会は9月9日までに公式サイトを更新し、前夜祭での演出をめぐり区民や行政から批判を受けた件について声明を発表した…
    2. ポケモン公式Xで「逆転」現象 「メガカラマネロ」登場の匂わせ?

      ポケモン公式Xで「逆転」現象 「メガカラマネロ」登場の匂わせ?

      ポケモンシリーズの最新情報を伝える公式Xアカウント「ポケモン情報局」に何やら不穏な動きが。プロフィールや投稿がすべて逆さまに「逆転」する現象…
    3. 鬼滅の刃マンチョコ<無限城編>

      ロッテ、「鬼滅の刃マンチョコ<無限城編>」を10月21日発売 シリーズ第5弾

      アニメ「鬼滅の刃」とロッテの人気菓子「ビックリマン」が再びタッグを組む。株式会社ロッテは、絶賛公開中の「劇場版『鬼滅の刃』無限城編 第一章 …
    4. タカラトミー「グランドモールトミカビル」を自主回収 子どもの指挟み事故発生で

      タカラトミー「グランドモールトミカビル」を自主回収 子どもの指挟み事故発生で

      株式会社タカラトミーは9月8日、7月19日に発売した玩具「グランドモールトミカビル(トミカ55周年記念特別仕様)」について、子どもの指を挟む…
    5. 松浦勝人会長「月1時間で100万円」“松浦顧問制度”始動 応募殺到で定員の5倍超え

      松浦勝人会長「月1時間で100万円」“松浦顧問制度”始動 応募殺到で定員の5倍超え

      エイベックスの松浦勝人会長は9月4日、自身のX(旧Twitter)で新たに「松浦顧問制度 シーズン1」を立ち上げたことを報告した。内容は「月…
    Xバナー facebookバナー ネット詐欺特集バナー

    提携メディア

    Yahoo!JAPAN ミクシィ エキサイトニュース ニフティニュース infoseekニュース ライブドア LINEニュース ニコニコニュース Googleニュース スマートニュース グノシー ニュースパス dメニューニュース Apple ポッドキャスト Amazon アレクサ Amazon Music spotify・ポッドキャスト