千葉県海沿いにある海浜公園の駐車場に、7月上旬、ぽつんと一つの犬小屋が捨てられていた。その日は洗濯日和という予報どおり朝からうだるような暑さ。そこに来てのアスファルトの駐車場は当たり前に照り返しが強く、まさに“炎天下”といった状況。
そんな場所にぽつんと置かれた一つの犬小屋。近づいてみると、そこに居たのはつながれたままの一匹の犬。
小屋以外にも近くに水やエサという犬にとっての“家財道具一式”が置かれていたが、肝心の犬は全く状況が理解できない表情。ただただ困惑したような、情けないような。遠くを見つめる目は飼い主のお迎えだけをひたすら待っているようにも見えた。
【関連:真夏の炎天下、駐車場に捨てられた通称「家付き捨て犬」のその後】
■「犬が捨てられているけれどどうしたら良いか?」
早朝というめずらしい時間、動物保護ボランティアを行う永塚裕大さんのもとに一本の電話が入った。何事かと思えば、電話は知人からのもので公園に犬が捨てられているという。
知人はよほど慌てていたのか一方的に状況を語ってくれた。永塚さんの寝起きの頭にぼんやり浮かんだのは「家を背負って家財道具を小脇に抱えた茶色いわんこ」。想像し一瞬笑いがこみ上げたというが、現実は「捨て犬=遺棄事件」。
とりあえず知人には現場保護および、警察と動物愛護センターへの連絡を指示。永塚さんもすぐ現場に駆けつけた。たどり着いたその場で見たものは“家財道具一式とともに途方に暮れる犬”。強い怒りがこみ上げたという。
「こう言う輩が居るから何時まで経っても殺処分が無くならない事が解らないだろうな?」
このことは、運営する保護ボランティア「ぶんたの家」のブログおよび個人のFacebookページで紹介され、保護ボランティアが見た“動物遺棄事件”の実例として多くの人の関心を集めた。
なお、この犬については、愛護センターとの間で引き取りが話し合われ、警察や愛護センターでの諸々の手続きをへて約半月後に当初より早い予定で、永塚さんのもとに引き取られている。
■夜明けの公園にちなみ「アカツキ(仮)」
永塚さんのもとに引き取られたメスの「家付き捨て犬」は、拾われた夜明けの公園にちなみ「アカツキ(仮)」と名付けられた。
アカツキは引き取った当初、このところの急激な状況の変化もあって多少の威嚇行動を見せたものの、永塚さんら人間スタッフによる落ち着かせるためのトレーニングに、先輩犬達の教育の甲斐もあり徐々に落ち着きを取り戻したという。
そうした落ち着きもあり、前回記事にした引き取って一か月頃という9月の段階で既に、避妊手術の予定が立てられており、里親募集も開始されていた。
■応募はあるも途絶える連絡
里親募集は永塚さん自身のFacebookの他、スタッフとして参加する『犬の里親探し・NPO法人サンタの家』も通じて行われた。ネットでの拡散や、記事の紹介の影響もあってか開始すぐには何件かの里親希望者が現れたという。ただ、やりとりする上で連絡が途絶えてしまい現れては途切れ、現れては途切れしてしまうご縁……。
そんなこんなで半月もたつ頃には応募自体が途絶えてしまった。
「私でも大丈夫ですか?」
そんな頃、一人の老婦人からの連絡が入った。その女性は、以前飼っていた愛犬を亡くしてからしばらく喪に服していたが、喪が明けて状況も気持ちも落ち着き、やはり相棒を……と思い、里親募集に応募してみた。ところがどこも「高齢」を理由に取り合ってくれなかったそうだ。中には門前払いもあったという。
里親募集の条件は団体にもよるが「高齢」「単身(独身独居)男性」をお断りとしているところが多い。高齢は「終生飼育」が困難な可能性があること、そして「単身男性」の場合には過去に「里親詐欺」が事件化したことなどが影響している。ただし里親詐欺についてはこのところ単身男性に限る話ではなくなってきており、犯人が「単身女性」という事例もあるので今や一概には言えなくなっている。そのため「単身」自体お断りとするところが募集する中には出てきている。
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【里親詐欺とは】
犬猫を転売、虐待、殺害する目的で引き取る詐欺。詳しくは以前別記事で紹介しているのでそちらを参考にしてほしい。
○にわかに注目を集める里親詐欺とは?
https://otakuma.net/archives/2014090401.html
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こんな状況もあり、問い合わせたご婦人も「断られるの覚悟」での連絡だった。しかし募集をしていた永塚さんは「老人や独身独居世帯であっても譲渡を行うスタンス」。サンタの家でも同じ考えを持っていた。
理由は永塚さんの言葉をそのまま伝えると「老人や独身者は実は生活そのものに若干の余裕があるために、保護犬猫の譲渡を行わなければ、簡単にペットショップから購入することが出来る。」から。
「せっかくの保護犬猫の里親希望さんを、そんな理由でみすみす逃してしまう必要は無い」と考えているそうだ。 ただし年齢における不安は最近日本でも始まった「ペット信託」でフォロー。ペット信託とは自身の死後や入院で飼育不能となった時のために、弁護士や司法書士などと相談の上、ペットのその後を保証する仕組みとなっている。
■「小屋付き捨て犬」から「別荘付きのお嬢様犬」へ
こうした条件をクリアした上で、このご婦人とアカツキの縁が一つに結ばれることとなった。
「アカツキ(仮)」は今「アキ」と呼ばれ、神奈川県の某所にある広い庭付き屋敷のお嬢様犬となっている。ドライブが趣味だという“ママ”に連れられてはあちこち行き、時には少し離れた別荘でも過ごすなど、穏やかだけどちょっぴり忙しい楽しい日々を送っているという。
永塚さんはこの出来事を振り返るブログ記事の中で、「あなたが私に最初にくれたイメージ、それは家財道具すべてを背中に背負って家を出てきました!」と語り、「それが幸福への第一歩だったんだね」と結んでいる。
炎天下に小屋付きで捨てられていた犬が、別荘付きのお嬢様犬へ。まるで現代におけるシンデレラストーリー。ただこれは「運が良かったあくまで一例」。
引き取り手のないままに保護団体のもとで一生を終えるケース、保護され行き場のないまま殺処分されるケース。さらに最近ある保護団体の方から聞いた話によると、当初愛猫・愛犬家を装っていたものの、実はSNSに写真投稿するのが目的だったという愚か者で、「お気に入りのソファーを壊された」「弁償しろ!」などという寝言は寝て言えレベルの話とともに戻してきたケースまで起きているという。
そんな下地があり、各保護団体の引き渡し条件が年々高くなっているのは確か。でもそれは命を大切にする余りでやっていること。面倒かもしれない、ハードルが高いかもしれないけれど、もし新しくペットを迎える時には優先的に保護されている子達からまず目を向けて上げて欲しい。
(文:宮崎美和子)