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明治大学理工学部物理学科の佐藤寿紀専任講師らの研究グループは、開発に参加しているX線分光撮像衛星(クリズム;X-Ray Imaging and Spectroscopy Mission)によるケンタウルス銀河団の観測によって、銀河団中心部の高温ガスの速度構造を世界で初めて捉えました。本研究成果は、科学雑誌『Nature』オンライン版(2月13日付)に掲載されます。
1. ポイント
・XRISMの優れた分光能力により、ケンタウルス座銀河団の中心部に高速で動く高温ガスの流れの存在を世界で初めて発見した。
・ 観測された高温ガスの運動は銀河団が成長過程で経験した衝突合体の痕跡を直接的に示すものである。
・ 銀河団中心部の高温ガスの速度構造の直接観測は、数十年来の謎であった銀河団中心部の加熱機構の解明にも繋がる。
2.概要
私たちが暮らす宇宙は物質同士の間に働く重力等の影響を受けて、絶えず成長し続けています。星の集まりである「銀河」も、銀河の集まりである「銀河団」も暗黒物質(ダークマター)の重力によって形成されます。銀河団内では暗黒物質の強い重力に閉じ込められたガスが摂氏数千万度と非常に高温になりX線を放射しています。銀河団は衝突・合体を繰り返し現在も成長を続けていると考えられていますが、今回初めて、その直接的証拠を、XRISM により銀河団中心部を観測することで明らかにしました。銀河団の中心部はX線で非常に明るいため、その X 線放射によりエネルギーを放出してガスの温度が下がる(放射冷却現象)はずですが、温度が高く維持されていることが謎となっていました。この温度保持機構の解明の手がかりがガスの速度構造と考えられていましたが、観測装置の精度不足のため、これまで解明に至りませんでした。今回XRISM 国際共同研究グループ(XRISM Collaboration、以下 「研究グループ」という。)は、この高温ガスの速度構造を測定し、それが銀河団同士の衝突・ 合体の際に引き起こされる高温ガスの揺れるような動きに対応することを明らかにしました。 そしてこの「揺れ」によって高温ガスが攪拌され、銀河団中心部の温度が適切に保たれていることがわかりました。今回の高精度観測による高温ガスの速度に関する新事実の発見により、銀河団だけでなく宇宙に存在する様々な天体の形成と進化の理解が大きく前進するものと期待されます。
[画像1: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/119558/186/119558-186-641b24d440306b713d58b38696dbb84e-611x610.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図1:ケンタウルス座銀河団中心部の想像図。青みがかった色で高温ガスの流れを示している。白で示したのは銀河、赤茶色は低温のガスを示す。(C)JAXA
3.内容
宇宙はビックバンで誕生して以来、どのようにして現在のような姿になったのでしょうか。
私たちが暮らす宇宙には、太陽と惑星の集まりである太陽系や、星の集まりである銀河系のような天体の「群れ」が無数に存在します。このような群れは、宇宙が生まれたときから存在したわけではなく、物質同士の間に働く重力等の影響を受けて、徐々に成長してきました。その途中には、天体同士の衝突や合体のような、激しいイベントが何度も起こったと考えられます。
このような成長を経て作られた宇宙最大規模の天体が、銀河の集まりである「銀河団」で、そこ含まれる暗黒物質(ダークマター)と呼ばれる未知の物質による巨大な重力によって形成されたと考えられています。また、銀河団には、宇宙誕生直後の大イベントである「ビッグバン元素合成」によって作られた水素やヘリウムのガスも流れ込みます。このガスは、銀河団への落下の衝撃で数千万度の高温ガスとなり、X線で輝きます。一つの銀河団に含まれるガスの質量は、銀河(星)の総質量よりもはるかに大きいため、銀河団の力学的進化を知る上で、高温ガスのX線観測が欠かせません。
この高温ガスは、銀河団の中心部では、何らかの加熱機構がなければ、やがてX線放射に伴う放射冷却によって冷えていくことが予想されます。しかし、これまでの観測から、その予想に反してガスが高温状態を維持し続けていることが明らかになっていました。そのため、銀河団の高温ガスの温度維持機構を解明することが、宇宙進化史の研究における重要課題の一つに位置づけられてきました。
研究グループは2023年12月から2024年1月にかけて、XRISMで、地球から比較的近 く(約 1 億光年の距離)にあるケンタウルス座銀河団を観測し、この銀河団中心部の高温ガスの動きを調べました。図 2 が、XRISM が搭載する軟 X 線分光装置(Resolve:リゾルブ)によるケンタウルス座銀河団中心部の X 線スペクトルです。研究グループは、このスペクトルを分析し、銀河団中心部における高温ガスの動きを詳しく調べました。高温ガスの動きを知るためには、スペクトル上に検出された輝線(図2のスパイク状の構造)のエネルギーを正確に測る(分光する)必要がありますが、従来のX線観測装置では分光能力が足りず、測定を困難にしていました。Resolveは、従来の装置と比べて約30倍の分光性能を持ち、高温ガスの速度測定を得意とします。今回の観測では、ケンタウルス座銀河団の中心部にある高温ガスが毎秒130~310kmという速さで地球の方向に流れていることがわかりました(図3)。この流れによって、ガスが攪拌され、銀河団中心部の温度が高温に保たれていると考えられます。
[画像2: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/119558/186/119558-186-3e5019439e63520454d16b677f5a54c7-644x394.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図2:XRISM に搭載された軟 X 線分光装置(Resolve)で取得されたケンタウルス座銀河団中心部のスペクトル。背景はチャンドラ X 線天文衛星が取得した同じ領域のデータを画像化したもの。(C)JAXA
[画像3: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/119558/186/119558-186-276c9e77652031fa577c39003bface2a-583x433.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図3:観測された高温ガスの流れの解説図。ケンタウルス座銀河団の中心に位置しているのが NGC4696 銀河。(C)JAXA
研究グループは、観測結果をコンピューターシミュレーションの計算と比較し、「揺れている」高温ガスの動きは過去の銀河団衝突・合体の影響で起こったと判断しました。図4は今回明らかになった高温ガスの動きがどのようにして起こっているのかを示しています。ケンタウルス座銀河団は、これまでも小さな銀河団と衝突・合体しています。今回XRISMが見つけた銀河団内の高温ガスの動きは、銀河団同士の衝突・合体によって中心部のガスが「揺れている」ことを示しています。
[画像4: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/119558/186/119558-186-32c51670a15586cd6af2dd9ae3abdc2f-566x424.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図4:大きな銀河団の高温ガスが小さな銀河団の衝突・合体の影響が中心部まで伝わる様子を示した解説図。(C)JAXA
本研究は、銀河団という宇宙最大の天体の中で起きている高温ガスの動きを、かつてない精度で明らかにし、銀河団が衝突・合体を通じて進化していく過程を示す直接的な証拠を示しました。この発見は、宇宙における最大規模の天体構造の形成と進化の理解を大きく前進させるとともに、銀河団中心部の高温ガスの加熱機構を理解する上で重要な手がかりとなります。今回の高精度観測による高温ガスの速度に関する新事実の発見により、銀河団だけでなく宇宙に存在する様々な天体の形成と進化の理解が大きく前進することが期待されます。
4.論文情報
雑誌名:Nature
論文タイトル:The Bulk Motion of Gas in the Core of the Centaurus Galaxy Cluster
著者:XRISM Collaboration
DOI番号:10.1038/s41586-024-08561-z
公表日:日本時間2025年2月13日(木)午前1時