剥製というと動物、特に毛皮のある哺乳類や羽毛のある鳥、という印象が強いと思いますが、世の中には魚や甲殻類といった水棲生物を手がける剥製師さんもいます。「魚道部!」の名を掲げて活動する力石眞弘さんも、魚や甲殻類を専門に手がける剥製師の1人。
どのようにして剥製を作るのか、また水棲生物ならではの難しさなどについて、ご本人から話をうかがいました。
力石さんが水棲生物の剥製を作るようになったのは、ちょっとした偶然から。剥製作りを学びたいと思っていたところ、たまたま新聞記事で魚や甲殻類の剥製作りを指導している方を見かけたのがきっかけだったのだそうです。
その剥製師さんに弟子入りし、剥製作りを学ぶこと約10年。師匠から独立開業を許されたのを機に、剥製師としての活動を始めました。現在では個人や博物館からの注文で剥製を作っているそうです。
剥製は外皮を剥ぎ、肉や内臓といった腐敗しやすい軟組織を除去して、形を維持する芯や詰め物を入れることで生きている時の姿を再現する技術。それは魚や甲殻類でも変わりません。
具体的にどのような過程を経て完成するのか、力石さんに「ハマガニ」という汽水域に生息するカニの剥製作りを例に教えてもらいました。
まずは剥製にする個体を入手するわけですが、お店で食材として売られているものや飼育下で死んでしまったものが多いとのこと。今回のハマガニは、たまたまきれいな状態で死んでいる野生の個体を野外で発見し、剥製とすることにしたんだとか。
これ以上の腐敗を避けるため、素材を茹でます。水棲生物の場合、死んだ時やこの過程で色が変わったり抜けたりすることがあるので、後で生きている時の体色を彩色で再現します。
殻を壊さないよう、注意して内臓や肉を取り除きます。耳かきなどを使い、細かい部分まで綺麗に除去する地道な作業ですね。
肉を取り除いたら、再び殻を組み直してポーズを整え、固定します。そしてそのまま乾燥。しっかり水分を飛ばします。
乾燥が済めば、作る過程で抜けてしまった体色を補うため、絵の具で彩色します。ハマガニは紫を帯びた褐色に、オレンジ色の縁取りがあるのが特徴。彩色面を保護するため、ウレタン塗装でコーティングして完成です。
甲殻類の場合、殻が体を支える外骨格となっているため、剥製でも芯を必要とすることはほとんどないのですが、魚は大きさに合わせた芯材を作り、綺麗に剥がした皮を被せて乾燥させるのだとか。
この時、カワハギなど皮の厚い魚だといいのですが、皮の薄い魚の場合は難易度が格段に上がるとのこと。特にアロワナは難しいそうで「皮が薄い上に、つまんだだけで裂けて(「溶けて」という表現の方が近いかもしれません)いくので作業が大変です」といいますから、かなりの技術が必要なようです。
また、彩色面で難しい魚や甲殻類も。やはり細かい模様を持つスベスベマンジュウガニや、アミメノコギリガザミなどは再現するのが難しく、彩色に時間を要するのだといいます。
これまで手がけてきた剥製の中で、印象的なものをうかがうと、2021年に作ったヤシガニを挙げてくれました。これも細かい模様が全身にあるため、彩色だけで15時間かかったという労作だそうです。
しかし、その苦労は出品した第65回尾道市美術展でむくわれました。なんと最高賞である、尾道市長賞を受賞したそうで、力石さんご自身も大きな自信になったと話してくれました。
日本では博物館などに展示されていることの多い剥製ですが、海外ではアートの一種として親しまれているそうで、もっと剥製について知ってほしい、と力石さんは語ります。
「より多くの方に剥製という技術があることを知っていただきたいですし、作品を通して命の尊さ美しさを感じていただければ幸いです。いつの日か、日本でも剥製をアートとして親しんでいただけるよう、これからも地道に活動を続けていこうと思っています」
力石さんの剥製作品は、フィギュアのモデルとして活用されたり、博物館の展示品になって私たちの目に触れたりしていますが、なかなか剥製師の名前までは表記されず、気づかないかもしれません。しかし、これ以外にも力石さんは、個展やイベントに出品もされています。
2022年7月6日~8月31日には、広島県尾道市の琥珀糖専門店「ツチノトイ商會」にて、小規模ながら作品展を開催中とのこと。また、ご自身のサイトにもこれまで作った剥製や、昆虫などの立体標本画像がアップされており、生きているかのような作品を見ることができます。
世界広しといえどもこんな剥製を作る変わり者はいないだろ(笑)#世界で唯一無二の自分だけの作品をさらせ pic.twitter.com/dXZmfoKVPY
— 魚道部!/ 剥製師 力石眞弘 (チカライシ マサヒロ) (@RickyPowerstone) July 21, 2022
<記事化協力>
力石眞弘さん(@RickyPowerstone)
(咲村珠樹)