壁一面に樽が並び、A4~A5ランクの黒毛和牛が楽しめる霜降り和牛鍋と神戸牛ホルモン鉄板焼のお店「大衆和牛酒場 コンロ家」のとある貼り紙が、Twitterで拡散され賛否を巻き起こしています。
「コンロ家より愛をこめて」とお客様にあてたラブレターともとれる一つの貼り紙。
その内容はというと「おい、生ビール」…1000円(税別)。「生一つ持ってきて」…500円(税別)。「すいません。生一つください」…380円(定価)というもの。もちろん客からしたら、定価の380円で気持ちよく飲んだほうがビールも旨いわけですが、その後に続く言葉がなんとも挑戦的なんです。
https://twitter.com/gin_shiru/status/1020517728669405184
「お客様は神様ではありません。また、当店のスタッフはお客様の奴隷ではありません。当店にとって一人一人が大切な奴隷(取消二重線) 宝物なのです。皆様のご理解とご協力をお願いいたします」と、暗に客の注文態度の注意喚起をしているように見える文面。
その貼り紙を見た人たち曰く「客は神様じゃないけど、客に上から説教できるほど店員も偉いわけじゃない」「お店(店長)と客との信頼度のなせる技」「店も客も対等。払った対価にサービス提供」など様々な声が上がっていました。そんな話題の渦中にある株式会社頼富商會さんが運営する「コンロ家」の貼り紙を発案された副社長の蒲池さんに話を伺ってきました。
――コンロ家さんは全国で何店舗あるのですか?
現在、東京の代々木、飯田橋、両国、神田と4店舗ですが、9月にオープン予定の渋谷店で5店舗になります。
――蒲池さんがこちらの貼り紙を発案されたと伺ったのですが、ご自身が店頭に立たれた際にお客様とのやりとりで感じたことを貼り紙にしたのですか?
貼り紙の3つの言葉「おい、生ビール」「生一つ持ってきて」「すいません。生一つください」は、貼り紙を作ろうと思ったその日に、実際に私がお客様に言われた言葉をそのまま文字に起こしたものです。お互い仲良くフランクな関係になるまでは、お店とお客様という対等な関係で、お互いが相手を思いやり、その一つの表現として、当たり前のようにお互い「敬語」を使いませんか? 貼り紙を通じて、わたしはそう言いたかったのです。
飲食業に17年間従事した中で抱いた疑問の一つに、飲食店の現場において「敬語が使われない」という慣習があります。私はいまだにこの理由がわかりかねております。常連さんのスタッフへのフランクな話しかけはもちろん除きますが。
皆さんに想像していただきたいです。仕事上での取引先の方と接する際、商談をする際は当たり前のように敬語を使いますよね? 飲食店も同じです。金銭と引き換えに料理、酒などの飲食物を提供する取引をしているという点で全く同じはずなのに、取引先である飲食店のスタッフには、初対面にもかかわらず敬語が使われない現実があります。従業員がお客様に敬語を使わず接した場合、それはおそらく「横柄なスタッフ」「態度の悪いスタッフ」となるでしょう。しかし、敬語を使わないお客様は、変わらず『お客様』のまま。これを肯定する方は、お客様は神様とお考えの方でしょう。私はこれを肯定いたしません。店員とお客様は対等な立場です。
飲食店は特殊なものです。ご経験のない方には理解しづらい点もあるかと思います。しかし初対面の名前も知らない人間に、いきなり「おい、生ビール」と言われた時の気持ちは決して晴れやかではありません。よし、がんばろう! などとは間違っても思えません。私が思えないのだから、私以外のスタッフ、正社員、アルバイトスタッフのみんなもそうではないのか? いつも身を粉にして、笑顔で一生懸命働いてくれる大事なスタッフにそんな思いをする回数が、この貼り紙をすることでたった一つでも減ったらいいと思いました。
――こちらの貼り紙について、応援する声と同時に厳しい声もありますが、どのように思われますか?
「社会常識」として、相互尊重し、互いに敬語を使いましょうしか言っていません。これを「めんどくせぇ」とすら思わない、こんな貼り紙気にも留めない、当たり前に敬語を使える人たちが、現代日本社会において大多数であると信じていますので、潰れることなく営業を続けて行けると思っています。
――コンロ家のスタッフの方やお客様の貼り紙に対する反応を教えてください。
当社従業員は、貼ったときはもちろん、今回の騒動についても、私とともに笑って見ています。そういう会社です。
お客様の反応は、「面白いね」や写真を撮ったり、仲間内でネタにされたりと様々です。ネガティブな反応は、今回の騒動前までは報告は受けておりません。騒動後は、メールや電話などでクレームが数件あります。
――実際のところ、お客様にこちらの貼り紙についていじられたりはしませんでしたか?
現在まで特にいじられた、具体的にはネタとして「おい、生ビール」などの注文を受けたことはありません。
――コンロ家さんに来られるお客様の客層は、場所によっても違うとは思いますが、若い方が多いのでしょうか?
20~30代の男女の方が多いです。そういった若い感性をお持ちの方々へウケるようなお店作りを意識しています。
――コンロ家さんのコンセプト「売れることより面白いこと」は、貼り紙以外にどのような取り組みをされているのですか?
牛の部位をオヤジの部位になぞらえたり、調味料入れのパロディであったり、雑誌のワインリストや説明書をモチーフにした飲み放題ルールブック、ブラックジョークのポスター、トイレの音響・照明などなど、一度店内をご覧いただける機会があればぜひ。当社の食べログのページなども、遊んでます。売り上げに直結するグルメサイト作りを、これほど遊んで作っているのは日本全国でも当社だけでは? と自負しております。直接的に売り上げにつながらなくても、面白ければ投資する。そういったスタンスで運営しております。
――今後どのようにお店を盛り上げていきたいですか?
もともと賛否両論ある、我が道を行っているお店ですので、何も変わらず。これからも「売れることより面白いこと」を、今回の貼り紙以上に「面白い」ものを世に出していければと思っております。最後に、飲食業とはこうあるべきだ、と私と考えが全く違う方もいらっしゃることでしょう。同業者と思しき方々からお叱り、否定的なご意見も現在多くいただいております。それはそれで結構です。あなたはそういう考え。私はこういう考え。とても健全であると思います。ただ、ひとつ。私はこういう方法を選択しましたが、飲食業が好きで、大好きな飲食業の発展へ微力ながら貢献したい。その思いは怒りをあらわにする皆様方と同じであるとお伝えしたいです。
そもそも「お客様は神様です」という言葉が巷で流行り始めたきっかけは何だったのか……。調べてみると、日本万国博覧会(大阪万博)のテーマ曲「世界の国からこんにちは」で一躍有名になった演歌歌手「故・三波春夫」さんがある対談で「お客様は神様です」※と言ったことがきっかけとか。メディアで取り沙汰され、間違った解釈が独り歩きし、横柄な客の常套句になってしまったようです。この状況に対して、三波春夫さんは「歌藝の天地」の著書で、面白おかしく巷で騒がれ流行った要因をこう語っています。「振り返って思うのは、人間尊重の心が薄れたこと、そうした背景があったからこそ、この言葉が流行ったのではないだろうか?」と。
※編集部注釈:三波春夫さんオフィシャルサイトの見解によると、三波春夫さんにとっての「お客様」は「聴衆・オーディエンス」のことであり、「(お店に訪れる)お客様」といった意味では本来ありません。
お店も星の数ほどある中、賛否両論あると思いますが、もしもお店で楽しく飲んでいる時に「おい、生ビール」と隣の人が横柄な態度をとっているところを見たらどのような気持ちになるでしょうか? このような状況に遭遇した時に、ぜひ思い出してほしい言葉のひとつだと筆者は思いました。
<取材協力>
コンロ家 飯田橋(@cnryiidabashi)
<記事化協力>
銀嶺さん(@gin_shiru)
(黒田芽以)