秋の名残をほんの少し感じていたはずが、気づけば外気はすっかり冬の冷たさに変わりました。吐く息は白く、肩は自然とすくみ、外へ出る足もとに力が入りません。寒い日というのは、人を「家の中へ」とそっと誘い込む不思議な力があります。
そんな、ぬくもりを求めたくなる季節に手に取りたいのが “食べ物” をめぐる本。とはいえ今回ご紹介するのは、ほかほかの鍋や焼き立てパンのような「美味しい食べ物」ではありません。私たちの日常を軽々と飛び越えた、ちょっとクセのある「非日常の食べ物」をのぞき見る5冊です。暖房のきいた部屋で読むには、ちょうどいい刺激かもしれません。
■ 「刑務所メシ」に「辺境メシ」 “非日常の食べ物”を取り上げた5冊
「めざせ! ムショラン三ツ星 刑務所栄養士、今日も受刑者とクサくないメシ作ります」著:黒柳桂子/朝日新聞出版
「クサい飯を食う」という言い回しが「刑務所に入る」を表現するように、多くの人々の中には漠然と刑務所の食事は「クサそう」「マズそう」というイメージがあると思います。自分もその1人でした。
しかし実際の刑務所の食事は本当に「クサい飯」なのでしょうか?
著者は、全国に20名ほどしかいないと言われる法務技官の管理栄養士である黒柳桂子さん。自身が勤務する“日本一小さな男子刑務所”である「岡崎医療刑務所」での日々が綴られています。
本書を読み進めていく中で見えてくるのは「思っていたよりも普通で、バラエティ豊か」な刑務所の食事の実態。登場するメニューは厚焼き玉子、煮物、からあげ、ドーナツなど「クサい飯」とはほど遠いものばかりです。
では「塀の中と外の食事環境はまったく同じなのか」といえば、それは否。刑務所の調理現場には我々には到底想像もつかない制約があります。
「食費は1人“1日”520円」「アルコールを含むみりんは受刑者の盗み飲みを防ぐため使えない」「皮でタバコが作れてしまうバナナは避けられがち」などなど、塀の外とは違ったルールが存在しているのです。
コミカルに紡がれる刑務所の食生活は読みやすい一方で、避けて通れないのが世間からの「税金で贅沢をさせるな」「受刑者なんてクサい飯でも食わせておけ」という視点。
美味しいものを食べることは贅沢なのか。犯罪者は美味しいものを食べてはいけないのか。生きている人には必ず必要な食事。そのあり方を考えさせられます。

めざせ! ムショラン三ツ星
「くさい食べもの大全」著:小泉武夫/東京堂出版
農学博士の小泉武夫氏が、自身が実際に口にしてきた渾身の「くさい食べ物」をまとめた1冊。
「納豆」「ニンニク」「ネギ」など日常で出会える食べ物から、「ドリアン」「シュールストレミング」「くさや」など“食べたことはないけど知っている”人も多そうな食材まで、世界中のありとあらゆる「くさい食べ物」がジャンルごと全9章にわたって紹介されています。
さらに各食べ物にはMAX5つ星で「くさい度数」を併記。最も低い1つ星の基準が「あまりくさくない」なのは納得ですが、5つ星になると「失神するほどくさい。ときには命の危険も」という、およそ食べ物に与えられるものではない文章になっています。
しかも恐ろしいのは「5つ星以上」が与えられている食べ物があること。しかも複数も。5つ星ですでに「ときには命の危険」なので、それ以上は「確定で命の危険」ぐらいしか思い浮かばないのですが、著者はご存命のようなので、たぶん大丈夫でしょう。
ちなみに「納豆(糸引き納豆)」は4つ星「のけぞるほどくさい」、「ネギ」は2つ星「くさい」の評価、「ドリアン」は4つ星の評価。“世界一臭い食べ物”としても知られるスウェーデンの「シュールストレミング」、伊豆諸島の特産品「くさや」は5つ星以上となっています。
そして各食べ物はただ名前や概要が列挙してあるだけでなく、小泉氏の臨場感あふれる食レポつき。経験と知識に基づいた濃密なレポートは、顔をしかめたくなるような「くささ」が伝わってくると同時に、その奥に潜んだ「旨さ」が伝わってきます。読んでいるうちに、なんだか食べたくなってくるから不思議です。
小泉氏曰く「くさいものを知ることは、人としてたくましく生きるために欠かせない教養」。どのようにして、こんなにもくさい食べ物が生まれたのか。人類のこれまでの営みに思いを馳せずにはいられない、ロマンを感じる本でもあります。

くさい食べもの大全
「辺境メシ ヤバそうだから食べてみた」著:高野秀行/文藝春秋
「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」をポリシーとしているノンフィクション作家・高野秀行氏が綴った“辺境の食事”についてのルポルタージュです。
アフリカに始まり、アジア、中東・ヨーロッパ、南米と世界各地の“辺境メシ”を巡っていく約300ページ。
アフリカの「ゴリラ」「サルの脳みそ」「アリ」、アジアの「タランチュラ」「オタマジャクシ」、南米の「カエルジュース」「モルモット」などなど、登場する料理の数々は一般的な日本人の食卓には決して並ばないものばかり。「それを食べるの?」という以前に「それって食べられるの?」という感想がまず浮かびます。
中でもアジアは、著者が「食のワンダーランド」と評している通り、「南アジア」「東南アジア」と細分化して、ほかのエリアよりも詳しく紹介。また「日本」の“辺境メシ”についても、「日本」で1つトピックを立ててページが割かれています。
上記の奇想天外な食材を頭に入れたあとでは「日本にそんな変な食べ物があるの?」と思ってしまうかもしれませんが、あります。
そもそも毒のあるフグをなんとか捌いて食べてしまうほど、食べ物への探究心が強い国民性。むしろあってしかるべきなのです。
そんなフグの中でも最も危険だという「卵巣」や、「ワニ」と呼ばれる日本古来の「鮫料理」、果ては猫を狂わせる「ちゅ〜る」まで、さまざまな食品が取り上げられています。「ちゅ〜る」についてはもちろん著者が実食しており、いわく「世界のどこの国でも経験したことのない」味と食感だそう。でしょうね。
さらに本書は写真が豊富。本文中随所にはさまれるほか、巻頭ページにはカラーで各種メニュー・食材の写真が掲載されています。多くの日本人の想像を飛び越えた“辺境メシ”の詳細を文章だけでなく画像で知ることができるのはありがた……ええ、ありがたいです。
キャプションも含めてなかなかのインパクトに満ちているので、少し読む人を選ぶかもしれませんが、世界の食文化をたどる旅行ルポとして非常に読み応えがあります。

辺境メシ ヤバそうだから食べてみた
「イスラム飲酒紀行」著:高野秀行/講談社文庫
1つ前で紹介した「辺境メシ」と同じく、高野秀行氏の著作。「アル中一歩手前」を自称するほどの酒飲みである著者が、戒律によって飲酒が禁じられているイスラム教圏で、酒を探し求めるルポルタージュです。
なかなか踏み込んだことをしているな……と思う方も多いかも知れませんが、本書は「イスラム教圏で酒を飲む方法」というライフハック本的なニュアンスではなく、「イスラム教圏ではどう酒が飲まれているのか」という異文化探訪的なニュアンスの方が強いです。
執筆当時におけるイスラム教の飲酒の、ざっくりとした捉え方は「公の場では禁じられているが、家の中など個人の範疇であれば問題ない」程度のものだったそう。またチュニジアでは歴史的背景から飲酒に寛容、イランでは法律によって完璧に禁じられているなど、国・地域によっても、飲酒のハードルの高さは変わってきます。
そんな中で、著者やイスラム教圏の人々はどのようにして酒を手に入れ、飲むのか。アルコールに突き動かされて繰り広げられる創意工夫・試行錯誤の数々が、ユーモアあふれる文体で紡がれていきます。
たとえば医師に「病気の治療にはアルコールが必要」と診断書を書いてもらう方法や、廃屋同然の屋敷で「スプライト」として売られている酒を購入する方法など、コンビニで手軽に酒が手に入る日本とは、何もかもが違う世界が広がっています。
そして酒を求める過程で出会う驚きの人々との交流も、本書には欠かせない要素。酒の密売をしている良家の子息や、シリアのレストランで出会った酒飲み美女の正体など、“酒が禁じられた地域”ならではの人間模様が面白いです。
何かと厳格なイメージがあるイスラム教の世界。飲酒という人類共通の“欲望”を通じて、その意外な「陽気さ」や「いい加減さ」を垣間見ることが出来る1冊です。

イスラム飲酒紀行
「ダイナー」著:平山夢明/ポプラ文庫
最後は少し趣向を変えて、小説をご紹介。
客が全員殺し屋という会員制のダイナー(定食屋)、キャンティーンを舞台に、闇サイトのバイトに手を出して破滅した主人公・オオバカナコが、殺し屋たちが一目置くシェフ・ボンベロの下で「365日、24時間、休みなし」で働くことになる物語です。
平山夢明氏の代表作とも言える本作。2017年から「週刊ヤングジャンプ」で漫画版の連載が開始(現在は「となりのヤングジャンプ」にて連載中)されているほか、2019年には蜷川実花さん監督、藤原竜也さん主演で実写映画化されているので、ご存じの方も多いかもしれません。
本作はバイオレンス小説であり、サスペンス小説であり、ミステリー小説であり、グルメ小説です。さまざまな読み方で楽しむことが出来るのが大きな魅力なのですが、中でも自分が惹かれたのが、今回のラインナップに並べている通り“食べ物”の描写。
シェフ・ボンベロが手掛ける創作料理は、「殺し屋」という極限環境におかれた人間たちの緊迫感ある人間ドラマを引き立たせると同時に、読者の食欲を駆り立てて作品へさらに没頭させる、必要不可欠なアイテムです。巧みな筆致によって、ビジュアル、味、素材、調理方法などさまざまな切り口から描写されるハンバーガーやスイーツは、想像力を口や鼻の中にまで膨らませ、実際に食べているかのような気がしてきます。
グルメをテーマにした小説はさまざまあり、これまでに何冊と読んできましたが、いまだ「ダイナー」以上に読んでいてお腹が空いてくる作品には出会えていません。バイオレンスやサスペンスが苦手という方でも、このグルメ描写のためだけに読んでほしいくらいです。

ダイナー
(ヨシクラミク)


































