「ちゃっかり温泉」刊行記念トークショーリポート&著者インタビュー去る1月28日、久住昌之氏の新刊『ちゃっかり温泉』刊行を記念して、まんが家松本英子氏とのトークショーが東京・代官山蔦屋書店で開催された。

松本氏がトークショーに出演することになったきっかけは、彼女の近著『謎のあの店』にも『ちゃっかり温泉』で訪れた東京・浅草の「浅草観音温泉」が登場していたこと。この縁で久住氏は『謎のあの店』のオビにコメントを寄せている。


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店内のスペースに多くの観客が詰めかける中、両氏が登場。本のこぼれ話や、著書に登場するようなスポットに出かけた体験談などのエピソードが披露され、その「独特の空気」を経験した人間ならではの話に、聴衆から度々笑いが起こった。

中でも「浅草観音温泉」については、男湯と女湯との微妙な違い(男湯で動かなかったマッサージ機が、女湯では微妙に動く)など、互いの経験が持ち寄られ、より立体感のある情報となって浅草観音温泉の持つ「あやしげな魅力」が活写されていった。また、著書で明らかにされていなかったものの、松本氏も『ちゃっかり温泉』に登場する箱根湯本の「かっぱ天国」に足を運んでいたことが判明。「そば屋の昼酒」など、話が進むにつれ、両氏の「気になるスポット」など趣味嗜好の共通点が次々と明らかになり、久住氏が『謎のあの店』のオビに寄せた「松本英子さんは、女のボクです!」の言葉を裏付ける形になった。

松本英子氏(手前)と語る久住氏
(写真:松本英子氏(手前)と語る久住氏)

両氏が意気投合する中、時間はあっという間に過ぎ、トークショーは終了。記者としても20年ほど前の学生時代、両氏がトークショー内で言及した温泉や定食屋、商人宿やドヤ(簡易宿泊所)を度々利用していたので、当時を懐かしく思い出しながら、両氏ならではの視点の違いを感じて新鮮な体験となった。

トークショー終了後には、久住氏がバンド「スクリーントーンズ」の仲間達とミニライブを開催。昨年テレビ化された久住氏の作品『孤独のグルメ』から「タテブエ・アローン」「Stay Alone」「荒野のグルメ」、『花のズボラ飯』から「花のズボラ飯」、そして「JIRO’s Title」の5曲を披露。肩の力の抜けた手だれた演奏で聴衆を沸かせ、久住氏の多彩さを堪能できるイベントとなった。松本氏も現在バイオリンを習っているという話がトークショー内で披露され、久住氏がそば屋の昼酒だけでなく「今度はぜひ一緒に(演奏)やりましょうよ」と語っていたので、もし将来実現するとなれば、面白いイベントになるかもしれない。

スクリーントーンズのミニライブ
(写真:スクリーントーンズのミニライブ)

 

――『ちゃっかり温泉』ですが、前年(2011年)に刊行された『昼のセント酒』の姉妹編ということで……。

そうですね。『昼のセント酒』の反響で「ちゃっかりしすぎじゃない?」というのがあって、それがタイトルに……。「お前いい仕事してんなぁ」って言われたし(笑)

――前回の銭湯から、いわゆる温泉銭湯(湯宿や湯治場ではなく銭湯と同じような営業形態の温泉)とはいえ「温泉」ということで、何か変化は。

特に変化はないけど、やっぱり温泉となると、より「贅沢している」って感じは強まったなぁ(笑)。

――登場している「かっぱ天国」に以前行ったことがあるんですが、あそこ確かに温泉はいいですよね。

いい。お湯はいいんだよ。外のロマンスカーの音とかも聞こえてきてね……

――登場するところは、基本的に常連さんしかいない「地元の憩いの場」みたいな感じの場所ですが。

やっぱり銭湯とか食堂ってのは、生活に密着してるもんだと思うんですよね。ここに出てきた温泉も「銭湯でありながら温泉」ってところだけど、そういう所って「わざわざ行く」って人もいるけど、ほとんどの場合近所の人が行く場所で。やっぱりそういう人達が行って、そういう人達の空気を作ってる訳で。だから行くとどうしても「外から来た人だな」って思われる感じはあるけど……それを楽しむって訳じゃないけど、生活に密着してるからこその「味わい」ってあると思うんですよね。個人の食堂や居酒屋がチェーンと違うように。そういう(そこならではの味)が出てる、って所は好きですね

――その土地ならではの地域性なんかも……。

そういうのを感じる時もありますね。やっぱり地元の人が集まるんで、そういう空気になるから。浅草なら浅草っぽい人がいるし、大田区なんかでも……。そういう味わいが自然に出てるのかいいですよね

――『孤独のグルメ』などでもそうですが、やっぱり「その場に行ってみる」っていうのが大事ですね。

やっぱり自分で行かないと面白くないっていうか。今はネットとかテレビで見て「行ったつもり」になってたり、本で読んで「行きたいな」ってなるバーチャルなことが多いと思うんだけど……。自分で探して、自分でドキドキしながら行った方が、何倍もいいですよね。テレビでやってたからそこに行って、「ああ、テレビと同じだ」って思うよりは、自分で(探して)行って「入っていいような気もするけど、入っちゃいけないような気がする」とか(笑)、そういう、自分で判断しなけりゃならないとこなんかね。そこがいい

――入っちゃって「場違いかな」みたいな……?

いや、「場違い」ってのはない。「失敗した」とか「こういうのは好きじゃない」ってのはあるかもしれないけど。でも、それを恐れないっていうか、むしろ「はずす」ことの方が面白いもの書けたりするからね。自分の足で探して、自分の目で確かめて、五感を研ぎ澄まして感じるってのは大事だよね。ネット社会というか、みんな何でもかんでもネットで調べて……っていう時に、自分はそうじゃない方が面白いなって思うからね。どうせ生きてるんだから

――昨年は『孤独のグルメ』『花のズボラ飯』と、作品が続けてテレビ化されて好評でしたが、久住さんが著書で書いてきたようなことを一般の人も楽しむようになってきた、ってことがあるんでしょうか。著者として感じることはありますか?

判らないですけど……時代が変わって、『孤独のグルメ』を書いた17年前なんかは「ひとり飯」をする女の人なんていなかったけど、そういう部分では変わってきてるのかな、という気はしますけど。ただ、ぼくの書いたものは『ちゃっかり温泉』にしても、あまり時代とか、そういうのは全く考えてなくて、今自分がした方がいいと思ったことは自分で歩いて、パソコンから離れて歩くことであり、自分でしか感じられないことを見つけていくことだな、って思うから。その部分では何も変わってないんで

――トークショーの中で「デビュー30年ということで、今年は『30年ぶり』ってことをしてみたい」とおっしゃってましたが。

デビューしてからの年月の流れを考えるみたいなこともあるかもしれないけど……単純にやっぱり、30年何かを見てないものとか、行かなかった場所とか、って興味あるじゃないですか(笑)。だって20歳の頃とかだと、そういうことできないんだから。20年しか生きてないから。やっぱ50年生きてきたら、30年ってことが遊べるように、おもしろがれるようになってくる訳ですよ。だから「50歳になったからできること」ってあると思ってて、それを探してたら、デビューした当時は(デビューした)30年前のことは書けなかったけど、30年経った今はそれを書くことができるし、そんな所に行ってみることができるし。そこでまた違う面白さがあるかな、って

――そこで興味を持たれた訳ですね。

まぁ「ちょっと興味を持ってみた」ってことばっかりなんですよ(笑)。ぼくがやらなければしょうがないことを、何かしなけりゃね。自分しかできないことは何かな、っていうのを考えてやってるつもりです(笑)

――今日はありがとうございました。

(取材:咲村珠樹)