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数理モデルで探る神経回路の成熟メカニズム

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千葉工業大学
千葉工業大学・東京大学・公立はこだて未来大学・東邦大学などの研究チーム、スパイキングニューラルネットワークを用いて、臨界期における抑制性成熟とガンマ帯域応答性向上の関係を示唆



[ 発表者 ]
・松元唯吹(千葉工業大学 大学院情報科学研究科)
・信川創(千葉工業大学 情報変革科学部 情報工学科 教授/同大学数理工学研究センター 非常勤主席研究員/国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所児童・予防精神医学研究部 客員研究員)
・金丸隆志(工学院大学 先進工学部 機械理工学科 教授/東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)連携研究者)
・酒見悠介(千葉工業大学 数理工学研究センター 上席研究員/東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)連携研究者)
・Nina Sviridova(東京都市大学 知能情報工学科 講師)
・栗川知己(公立はこだて未来大学 システム情報科学部 准教授)
・我妻伸彦(東邦大学 理学部 情報科学科 講師)
・合原一幸 (東京大学 特別教授・名誉教授/東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN) IRCNエグゼクティブ・ディレクター、主任研究者/千葉工業大学 数理工学研究センター 主席研究員)

[ 概要 ]
松元唯吹(千葉工大)、信川創(千葉工大)、金丸隆志(工学院大)、酒見悠介(千葉工大)、Nina Sviridova(東京都市大)、栗川知己(公立はこだて未来大)、我妻伸彦(東邦大)、合原一幸(東京大)らの研究チームは、スパイキングニューラルネットワーク(Spiking Neural Network: SNN)を用いたシミュレーションにより、顕著な神経回路の発達が見られる臨界期において、抑制性の成熟がガンマ帯域の神経活動の外的刺激に対する応答性を向上させることを明らかにしました。これまで臨界期のトリガーとして抑制性回路の成熟がよく知られており、数理モデルや動物実験で検証が行われてきましたが、抑制性ニューロンの活動や認知機能と関連の深いガンマ帯域での評価は十分に行われていませんでした。研究チームは、複数の興奮性ニューロンと抑制性ニューロンで構成され、ガンマ帯域の振動を誘発するSNNを用いて、入出力の同期の程度を定量化することで神経活動の応答性を評価しました。その結果、SNN内の抑制性レベルの増加がガンマ帯域の刺激に対する神経応答を向上させることを示しました。この成果は、臨界期のメカニズムを理解するための数理モデリング開発の一助となることが期待されます。この研究成果は、2025年1月22日にスイスの科学雑誌「Frontiers in Neural Circuits」で発表されました。

■ 研究の背景
脳は、多数の神経細胞(ニューロン)が複雑に結びつくことで神経回路を形成しています。この神経回路は、外部からの刺激を受け、回路構造を変化させながら、発達していきます。特に、神経回路の発達が著しく外部の刺激に敏感な生後の特定の期間は「臨界期」として知られ、この期間における経験は視覚・聴覚機能や言語獲得などにおいて重要な役割を果たします。このような認知機能は脳波のガンマ帯域(30-80Hz)の活動と関連が深いことが知られています。また、近年の研究では、抑制性の成熟が臨界期における神経回路の再編成に寄与していることが報告されています。
臨界期に関わる代表的な抑制性因子として、抑制性の神経伝達物質であるγ-アミノ酪酸 (GABA)や抑制性ニューロンであるパルブアルブミン(PV)ニューロンが挙げられます。これらは、生後の視覚や聴覚の発達に伴い成熟し、神経回路を適切に制御する役割を担っています。特に、興奮性ニューロンの過剰な活動を選択的に抑えることで、正常な情報伝達を維持するとともに、神経回路の発達を支えています。


■ 研究内容
本研究では、ニューロンが情報伝達に使用する急激な電位変化(スパイク)を数理的にモデル化したSNNを用いました。このモデルを使い、神経回路内で抑制性が増加した場合に、外的刺激に対する神経応答がどのように変化するかを調査しました。図1に、本研究で使用した評価方法の概念図を示します。図1に示すように、今回のSNNモデルは、複数の興奮性ニューロンと抑制性ニューロンが相互に結びついています。神経回路内の抑制性の増加を再現するために、抑制性ニューロンから興奮性ニューロンへ投射するシナプス結合の重みを調整しました。そして、異なる抑制性レベルを持つ神経回路モデルに対してそれぞれにガンマ帯域の周期的な刺激(40Hz、80Hz)を入力し、そのときのSNN内のニューロン集団の発火率をシミュレーションしました。
 これまで、抑制性の増加が神経活動に与える影響については、数理モデルや動物実験を通じて多くの研究が行われてきました[1-3]。特に、視覚刺激に対するニューロンの応答が抑制性の変化に伴いどのように変化するのかについて報告されています。例えば、抑制性が不十分な神経細胞では、外部刺激とは無関係に内部で誘発される自発発火活動が優位になります。一方で、抑制性が増加すると、自発発火活動が選択的に抑制され、外部刺激への応答性が向上することが知られています[3]。しかし、これまでの研究の多くは単一ニューロンモデルを用いるなど、神経回路内の複雑な相互作用が十分に考慮されていませんでした。また、認知機能と関連の深いとされるガンマ帯域の神経活動への影響についても、十分な評価が行われてこなかった点が課題として残されています。
本研究では、これらの知見を踏まえ、神経回路内の抑制性の増加は、認知機能と関連の深いガンマ帯域において、ニューロンの刺激に対する応答性を向上させるのではないかという仮説を立て検証を行いました。具体的には、神経回路の刺激に対する応答性を定量化するために、Inter-Trial Phase Coherence(ITPC)解析を行いました[4]。この解析は、複数の試行における神経応答の位相の一貫性を測定する指標で、特定の周波数帯域での外部刺激に対して、神経活動の位相がどれだけ安定して同期しているかを評価します。ITPCは0から1の値を取り、この値が高くなるほど、試行間で神経応答が一貫しており、外的刺激に対する神経の同期性が高いことを示します。本研究では、ガンマ帯域の神経活動に焦点を当てているため、特定の周波数として40Hzと80Hzを用いました。また、パワースペクトル解析を行うことで、特定の周波数帯域に含まれるエネルギーの大きさを調べました。
 図2にITPC解析の結果を示します。上段は40Hz、下段は80Hzの刺激を与えたとき、それぞれ異なる抑制性レベルにおける解析結果を示しています。青枠で囲った箇所に示すように、入力刺激が80Hzの場合、特定の抑制性レベルにおいて入力周波数付近でITPCの値が他の抑制性レベルと比較して増加しました。
 この変化をより具体的に評価するため、入力周波数±2Hzの範囲でITPCの値を平均化し、異なる抑制性レベルごとの変化を図3に示しました。このグラフが示すように、入力周波数が80Hzのとき、抑制性の増加に伴い平均化されたITPCの値は逆U字型の傾向を示しました。すなわち、外的刺激に対する神経応答が特定の抑制性レベルで高まったことを示しています。これは、視覚刺激に対するニューロンの応答が抑制性の増加によって向上する先行研究の知見と一致しています。さらに、自発発火活動のパワースペクトル解析を行った結果、図4に示すように、抑制性の増加に伴い自発発火活動のパワーが減少していることが示されました。この結果は、抑制性の増加が神経回路内の自発発火活動を適度に抑え、外部刺激に応答しやすくなるよう制御している可能性を示唆しています。しかしながら、同じガンマ帯域でありながら、入力刺激が40Hzと80Hzで抑制性の増加に伴うITPC解析に差が生じた原因の解明には至りませんでした。この原因解明には、SNN内の各ニューロンの時定数を調べるなどのより詳細な解析が必要となるため、今後明らかにしていく必要があります。


■ 今後の展望
本研究では、SNNを用いて、臨界期にみられる抑制性の増加がガンマ帯域の神経応答性を向上させること示しました。このような数理モデルを利用した神経回路の発達やミクロレベルの機能の解明は、神経科学の本質的理解への一助となります。今後は、より生理学的に妥当性の高い複雑なモデルを構築して評価を行ってまいります。


■ 用語の説明
- スパイキングニューラルネットワーク: 脳・神経系の神経細胞(ニューロン)は、急峻な膜電位の上昇である発火によって情報処理の伝達を行っています。スパイキングニューラルネットワークはこの発火のダイナミクスをモデル化した生理学的なニューロンに近い挙動を示すニューロンモデルで構成されています。現在普及している深層学習などで用いられる抽象化された平均発火率に基づくニューラルネットワークと異なり、個々の発火レベルでの神経活動を再現することのできる特徴を持っています。
- 興奮性ニューロン・抑制性ニューロン: ニューロンはシナプスを介して他のニューロンから入力を受け、その結果細胞膜と外部の電位差(膜電位)がある一定の閾値に達すると急峻な膜電位の上昇である発火(スパイク)が発生します。興奮性ニューロンでは、その発生したスパイクによって接続先のニューロンの膜電位を上昇させますが、抑制性ニューロンでは、逆に膜電位を低下させる性質があります。脳のネットワークでは、この興奮性と抑制性の適切なバランスのもとで認知機能をはじめとする様々な脳機能が実現されていると考えられています。

■ 引用文献
[1] Hensch, T. K. (2005). Critical period plasticity in local cortical circuits. Nat. Rev. Neurosci. 6, 877-888.
[2] Quast, K. B., Reh, R. K., Caiati, M. D., Kopell, N., McCarthy, M. M., and Hensch,
T. K. (2023). Rapid synaptic and gamma rhythm signature of mouse critical period plasticity. Proc. Nat. Acad. Sci.
[3] Toyoizumi, T., Miyamoto, H., Yazaki-Sugiyama, Y., Atapour, N., Hensch, T.K., and Miller, K. D. (2013). A theory of the transition to critical period plasticity: inhibition selectively suppresses spontaneous activity. Neuron 80, 51-63.
[4] Cavanagh, J. F., Cohen, M. X., and Allen, J. J. (2009). Prelude to and resolution of an error: EEG phase synchrony reveals cognitive control dynamics during action monitoring. J. Neurosci. 29, 98-105.
[5] Teramae, J.-N., Tsubo, Y., and Fukai, T. (2012). Optimal spike-base communication in excitable networks with strong-sparse and weak-dense links. Sci. Rep. 2:485.


■ 原著論文情報
雑誌名: Frontiers in Neural Circuits (公開日: 2025年1月22日)
論文題目: Neural Activity Responsiveness by Maturation of Inhibition Underlying Critical Period Plasticity
著者: Ibuki Matsumoto, Sou Nobukawa, Takashi Kanamaru, Yusuke Sakemi, Nina Sviridova, Tomoki Kurikawa, Nobuhiko Wagatsuma, Kazuyuki Aihara
URL: https://www.frontiersin.org/journals/neural-circuits/articles/10.3389/fncir.2024.1519704/full
(オープンアクセスのためこのサイトから閲覧できます)



■ 研究費情報
本研究は、科研費 基盤研究C (JP22K12183)、科研費 学術変革領域研究(A)(JP20H05921)、JST Moonshot R&D(JPMJMS2021)、AMED(JP23dm0307009)、東京大学 Beyond AI 研究推進機構、戦略的イノベーション創造プログラム(JPJ012207、JPJ012425)、セコム科学技術振興財団、JST さきがけ(JPMJPR22C5)の支援を受けたものです。

■ 添付資料

[画像1: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/42635/68/42635-68-89c1b2421b2035b6e57b77637d270a9a-2235x780.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図1 研究の概念図


SNNを用いた神経回路内の抑制性の増加に伴う神経応答を評価する概念図です。このモデルは先行研究に基づき構築されています[5]。左図で示されているように、SNNを構成する興奮性・抑制性ニューロンは相互に結びついています。本研究では、臨界期にみられる神経回路内の抑制性の増加を再現するために、抑制性ニューロンから興奮性ニューロンへ投射するシナプスの重みを調整しました。これは、GABAの濃度に相当すると仮定しています。神経応答性の評価には、右図のようにガンマ帯域(40Hz、80Hz)の周期的な入力をSNNに入力し、そのときのニューロンの発火率を使用しました。このデータを解析にかけることで入出力の同期の程度を定量化でき、神経活動が外部の刺激に適切に応答できているのかを評価できます。

[画像2: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/42635/68/42635-68-312a3d2d0def9c0b2f4dc8952af2cf2c-945x485.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図2 ITPC解析の結果

入力周波数がそれぞれ40Hzと80Hzのときの興奮性ニューロン集団の発火率データに対するITPC解析の結果です。青枠で囲っている結果が示すように、入力周波数が80Hzのとき抑制性の増加に伴い、入力周波数周辺のITPC値も高くなりました。すなわち、抑制性の大きさの違いによる神経応答性の違いが確認されました。一方で、入力周波数が40Hzのときには抑制性の大きさを変化させてもITPC解析の結果には影響を与えませんでした。

[画像3: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/42635/68/42635-68-5dbde8445d11b519cf5dfe5c73be64f2-514x488.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図3 平均化されたITPC解析の結果

図2に示した、抑制性の増加に伴うITPC解析の結果の変化を定量化するために入力周波数±2HzのITPCの値を平均化しました。×と△のシンボルで示されたプロットはそれぞれ入力周波数が40Hzと80Hzのときを示しており、色の違いは興奮性ニューロン集団と抑制性ニューロン集団を表しています。80Hzの入力周波数のときには、抑制性の増加に伴って平均化ITPC値は逆U字の傾向を示しました。一方で、40Hzの入力周波数のときには同様の傾向は見られませんでした。

[画像4: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/42635/68/42635-68-6907ab3a946dcde9055d5e6ace1da088-489x388.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図4 異なる抑制性レベルに対する自発発火活動のパワースペクトル解析の結果

異なる抑制性レベルにおける、周期的な入力刺激を与えないときのSNNの自発発火活動のパワースペクトル解析の結果です。ガンマ帯域でピークを持つSNNのパワーは抑制性が優位になる程低下していきました。

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