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【宙にあこがれて】第56回 逆噴射~着陸距離を短くする工夫~

旅客機に乗っていると、着陸直後にゴーッという大きな音ともに、体が前方に投げ出されるような状態になります。
これはスラストリバーサ(逆推力装置)、俗に「逆噴射」と呼ばれる装置の作動によるもの。エンジンの推力を斜め前方に振り向けることで、強力なブレーキとする装置で、着陸距離が長くなりがちな大型機には必須の装備といっていいでしょう。これと車輪に装備されたブレーキや、展開したスポイラーの空気抵抗などにより、着陸直前に時速200km以上あった速度が、短い時間で半分程度にまで減速されます。

  • 【関連:第35回 脚なんて飾りです!?】

    スラストリバーサは、大きく分けて2種類の方法があります。古いタイプのジェット旅客機などに使われているターボジェットエンジンや、前面のファンの直径が大きくないターボファンジェットエンジンの場合、エンジンの排気口全体を覆うようにドアが展開し、エンジン推力の全てを斜め前方に振り向けます。高温のジェット排気を受け止める為、排気口をふさぐドアには耐熱合金が使われます。この方式には、エンジンナセルの外側から排気口をふさぐドアが展開し、排気口との間に生じた隙間から排気を前方に排出する「ターゲット(バケット)型」、排気口をふさぐドアがエンジンナセル内部にあり、エンジンナセルに開口したダクトから排気を斜め前方に出す「クラムシェル型」が存在します。

    一般的に使われているのはターゲット式。現在日本で見られる飛行機では、航空自衛隊の輸送機C-1や、救難捜索機U-125Aに使われています。

    ターゲット型の構造(航空自衛隊C-1)

    ターゲット型の構造(航空自衛隊C-1)


    スラストリバーサを作動させたC-1

    スラストリバーサを作動させたC-1

    現在、旅客機などで使われているターボファンエンジンは、前面のファンの直径が大きく、エンジンの推力のほとんどはジェット燃料の燃焼ガスではなく、この前面のファンから生み出されています。そこで、スラストリバーサもファンからの気流(バイパスエア)だけをせき止め、斜め前方に振り向ける「コールドストリーム型」という方法を取っています。高温の燃焼ガスを含まない為、高価な耐熱合金を必要としないのが特徴で、部品のコストも低くなります。

    仕組みとしては、エンジンナセルに排出口(カスケードベーン)が開き、それに連動して内部ではファンからの気流をせき止めるドアが閉まる……という形。ボーイング787-8のロールスロイス・トレント1000エンジンでは、この動画のように動作します。

    ▼Boeing 787-8, Trent 1000, Thrust Reverser operation.
    https://youtu.be/NBFM8yCBqa4

    排出口は、ボーイングでは後方にナセルが動いて隙間を作る方式、エアバスでは複数の扉が花びらのように開く方式をそれぞれ採用しています。

    スラストリバーサを作動させたB737-800

    スラストリバーサを作動させたB737-800


    スラストリバーサを作動させたエアバスA320-200

    スラストリバーサを作動させたエアバスA320-200

    かつてDC-8など初期のジェット旅客機では、飛行中にスラストリバーサを作動させ、スピードブレーキとしても使えるようになっていましたが、高度のない場面で使用すると墜落の危険がある為、現在は一部の軍用輸送機を除いて、スラストリバーサは着陸後でしか作動しないような仕組みになっています。C-17は、飛行中でもスラストリバーサを作動させることのできる、現在では非常に珍しい機体です。

    ▼C-17 testing the reverse thrusters in-flight.
    https://youtu.be/Gdn0465zE4o

    プロペラ機の場合は、プロペラピッチ(プロペラブレードの取り付け角)を変化させ、後方への推力としていたプロペラ気流を扇風機のように前方へ振り向ける(リバースピッチ)ことで、同様の効果を得ています。

    このスラストリバーサ、静止状態で使用すると飛行機が後退します。これを「パワーバック」というのですが、前方へ向かう排気で地上のゴミなどが巻き上げられ、それをエンジンが吸い込んで損傷する(FOD)危険がある為、エンジン位置が高く地上から離れている機体などの条件のもとで、一部の空港に限って認められています。もちろん、日本の民間空港では認められていません。

    ▼DC-9 pushing back without assistance
    https://youtu.be/zG_u_B5d7cQ

    戦術輸送機であるC-17のスラストリバーサは、前面ファンの直径が大きいターボファンジェットエンジンでありながら、ファンの気流を使うコールドストリーム型だけでなく、燃焼ガスを使うクラムシェル型も同時に装備しており、大きなエンジン推力の全てを斜め前方へ振り向ける仕組みになっている為、非常に強力です。着陸して停止した後も作動させ続けると、結構な速度で後退していきます。自力で方向転換することも容易です。

    ▼C-17 Short Field Landing – Thrust Reverser Demo
    https://youtu.be/GNRXAHasFvk

    航空自衛隊や海上自衛隊でも採用しているC-130も、航空祭などで帰投する際、リバースピッチで後退していく姿を見ることができます。アメリカ海軍のフライトデモンストレーションチーム、ブルーエンジェルスに所属する海兵隊のC-130T「ファット・アルバート」は、展示飛行の最後に短距離着陸をした後、後退して方向転換し、コクピットから星条旗を掲げて挨拶するのが恒例です。

    ▼Blue Angels Fat Albert Landing
    https://youtu.be/QOGu32yQhWI

    スラストリバーサは、ほぼ全ての大型ジェット機についていますが、逆に小型のジェット戦闘機などには、重量増加を敬遠する為についていません。しかし、わずかながら例外もあります。スウェーデンの戦闘機、サーブ37ビゲン(保存機を除きすでに退役)は、国土の様々な場所を活用するというスウェーデンならではの防衛事情から、高速道路の直線部分など、施設の充実していない短い滑走路でも運用できるよう、スラストリバーサ(クラムシェル型)を装備しています。スラストリバーサを使って後退・方向転換もできる為、着陸した場所にトーイングカーがなくても運用が可能でした。

    ▼Viggen short landing and takeoff Frösön Aug 2001
    https://youtu.be/UyA-oTElVRw

    現役機では、イギリス、ドイツ、イタリアなどが運用している攻撃機、トーネードも、短い滑走路でも運用できるよう、ターゲット型のスラストリバーサを装備しています。

    ▼PANAVIA TORNADO – REVERSE THRUST CLOSE UP
    https://youtu.be/3kjD5bL3UGE

    スラストリバーサの代わりに、ジェット戦闘機などが着陸距離を短縮する為に用いる装備のひとつが、後方に展開する制動用パラシュート「ドラッグシュート」です。航空自衛隊でもF-4やF-2が装備しています。

    RF-4EJのドラッグシュート

    RF-4EJのドラッグシュート

    後方に展開することで空気抵抗を増加させ、速度を低下させる仕組みです。この時機体は後ろから引っ張られるような形になる為、風の向きや強さによって姿勢の変動が起こるのが欠点。一定以上の横風が吹いている場合は、ドラッグシュートに引きずられ、機体が滑走路を逸脱する危険があるので、使用が禁じられています。

    (文:咲村珠樹)

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