こんにちは、咲村珠樹です。今回の「宙(そら)にあこがれて」は、この7月で最後の飛行となるスペースシャトルにちなんで、あまり知られていない「ミッションポスター」というものについて、少々ご紹介しようと思います。
NASAでは、スペースシャトルなどの有人宇宙飛行ミッションにおいて、1回ごとにポスターを作成しています。これを俗に「ミッションポスター」と呼んでいます。
たとえば、これはJAXAの星出彰彦宇宙飛行士が乗り組んだ、STS-124(ディスカバリーによる「きぼう」組み立てミッション)のミッションポスター。ロゴの書体でお判りでしょうが、映画「ハリー・ポッター」シリーズのパロディになってます。
このポスターのデザインですが、クルー全員の合議で決められることになっています。ミッションのクルーが決定し、そこから2年ほど(スケジュールによっては、もっと長期に及ぶことも)一緒に訓練を受けることになりますから、チームとしての結束を高める役割も果たしているそうです。若田光一さんの言によれば、色々アイディアを出して、撮影の時はみんなノリノリなんだとか。
この伝統が、いつ始まったかは定かではありません。最初の飛行である、STS-1(コロンビア)で作成されたものを見たことはありませんから、スペースシャトルがレギュラー化した頃からなのかもしれません。これ以前にも、ポスターではありませんが、アポロ12号ではクルーの仲が良く、ピート・コンラッド船長の発案でユニークな記念写真を撮ったりしたこともあったそうですから、非公式なところでは古くから行われていたのかもしれません。
スペースシャトルだけでなく、国際宇宙ステーションの長期滞在ミッションでも、同様のポスターを作っています。これは現在行われている第28次長期滞在(Expedition28)のポスター。どうやらみんな「スーパーマン」ってことで空を飛んでいるそうなのですが、ウルトラセブンのファンである古川さんは、ウルトラセブンのつもりでポーズをとったとか。つまり、他のクルーの場合はジョン・ウィリアムズ作曲のBGMが流れているところ、古川さんのところだけは冬木透さんのマーチが流れているってことですね。
また、NASAのサイトでは、これらミッションポスターのバックナンバーが紹介されており、ダウンロードして楽しむことができます。
少々紹介すると、スペースシャトルでは、こんな感じ。
STS-119(ディスカバリー)では「インディ・ジョーンズ」シリーズ、STS-125(アトランティス)では「オーシャンズ11」が元ネタになってますね。また、映画だけでなく、こんなのも。
STS-121(ディスカバリー)はアメリカンコミックの表紙、STS-132(アトランティス)はメジャーリーグのポスターになってます。STS-132の場合、NASAの地元とも言えるヒューストン・アストロス(チーム名自体が宇宙をモチーフにしている)のユニフォームっていうのがミソですね。上では、ベースボール・プレイヤーズカードにクルーが収まっています。
国際宇宙ステーション長期滞在ミッションの方は、というと、こんな感じ。
第16次(Expedition16)は「マトリックス」、第21次(Expedition21)は「スタートレック」のパロディ。衣装まで用意して、完全なコスプレで臨んでいるのが本気度を感じますね。スペースシャトルの試作1号機(大気圏内滑空試験機)の名前はエンタープライズといいますが、これは「ぜひスタートレックの宇宙船の名前を!」という声が非常に多かったことから命名された経緯があるんで、この「スタートレック」パロディもトレッキー(スタートレックの熱心なファン)大喜びだったんじゃないでしょうか。
ほかにも、ビートルズのアルバム「アビイ・ロード」のジャケットを元ネタにした第26次(Expedition26)のポスターも、ロゴがビートルズそっくりになっていたり、紅一点のキャサリン・コールマン飛行士がポール・マッカートニー役になって裸足で歩いています。手が込んでますね。
宇宙ファンは毎回、今度はどんなミッションポスターを作ってくるか……というのを楽しみにしています。スペースシャトル引退で、楽しみが減ってしまうのが残念ですが……。次の有人宇宙船でも、同様のポスターを作ってくれることを期待したいものです。
日本ではこんなことやっていないのか、と思ってしまいますが、日本でも様々な公式ポスターが作成されています。しかし、ちょっと固いものが多く、遊び心あふれたポスターはありません。
ところが、身内向けには存在していました。宇宙科学研究所(ISAS)では、人工衛星など宇宙機の「性能計算書」という書類の表紙に、日本酒のラベルを元ネタにしたイラストをつけることが伝統になっていたのです。
性能計算書というのは、宇宙科学研究所の人工衛星をロケットに搭載する際、ロケットに必要な仕様などを決定する為に様々な性能を計算した書類です。宇宙科学研究所のロケット(カッパ、ラムダ、ミューなどの固体燃料ロケット)は、いわば打ち上げる衛星に合わせて作る「一点もの」という性格を持ったロケットでした。ですから、衛星の軌道投入に必要なロケットの性能などを計算する為に、性能計算書が必要になるんですね。そしてこうした手間をかける分、スタッフ達の思い入れが強くなります。無事打ち上げが成功すると、元ネタになったお酒で乾杯するのも恒例行事だったそうです。
たとえば、昨年小惑星イトカワから地球にサンプルを持ち帰ってきた「はやぶさ(MUSES-C)」の場合、佐賀県嬉野町の地酒「虎之児」のラベルが表紙になっていました。このことを知った虎之児の酒蔵が、スタッフに帰還祝いとしてお酒を贈ったりしたそうですよ。
残念ながら、M(ミュー)-Vロケットの引退で、この「性能計算書の伝統」は途絶えてしまいました。JAXAで広報を担当する阪本成一教授によると、汎用ロケットであるH-IIシリーズで打ち上げる衛星では作成していないそうで、次期固体燃料ロケットのイプシロンで作成を再開するかは、まだ未定なんだそうです。
知られざるミッションポスター、そしてその遊び心のご紹介でした。他のミッションポスターについては、以下のリンクをご参照ください。
▼NASA – Space Flight Awareness – Mission Posters
https://sfa.nasa.gov/products.cfm
【文:咲村 珠樹】
某ゲーム誌の編集を振り出しに、業界の片隅で活動する落ちこぼれライター。
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