私たち人間をはじめ、さまざまな動物の体を支えている骨。その生き物の構造や特徴をよく理解することができるため、全身骨格標本はとても重要です。
そんな全身骨格標本の中でも特に珍しい、アカエイの標本がTwitterとYouTubeに投稿されました。普段見ることができないエイの骨格に、驚きの声が寄せられています。
この標本を作ったのは、生物系の大学院を卒業したTwitterユーザー「いのししの人」さん。これまでにもさまざまな生き物の全身骨格標本を作製し、TwitterやYouTube、TikTokに投稿しています。
実はエイ、通常の魚(硬骨魚)とは違い、サメと同じ軟骨魚に属する生き物。軟骨魚は硬骨魚に比べ骨の含水率が高く、柔らかであると同時に乾燥させると不揃いに収縮し、形が歪んでしまうため、標本化するには困難がともないます。
いのししの人さんも、エイの全身骨格標本作りに2年ほど試行錯誤を重ねたとのこと。そして今回、家庭でも実践可能な手法を見つけたことを機に、いよいよ標本作製に取り掛かったのだそうです。
骨格標本を作るには、まずアカエイの表皮や肉などを除去していきます。平べったい形なので、魚をおろす時には大変なイメージがありますが、除肉の場合「安定して置きながら作業できますのでむしろ楽です」とのこと。
アカエイは比較的身離れが良いそうなのですが、細かい骨が多く、しかも柔らかく壊れやすいので「刃やピンセットの先が刺さらないように注意は必要です」とのことで、作業は丁寧に。ある程度骨組織を取り出したら、オキシドールに浸けて骨の中に残った血液を分解します。
エラ周りの肉を除去したら再度オキシドールの中へ。残った細かな肉を分解して、今度は形を整えて冷凍します。
一旦冷凍するのは、室温で固定液(70%のエタノール)に浸けると急な収縮で変形する可能性があるからとのこと。冷凍し、低い温度でジワジワと進めていくのだそうです。
冷やしておいた固定液に凍ったままの骨を入れ、冷凍庫で3日ほど、さらに常温で1日ほどかけて固定。固定が終わったらエタノール固定液を捨て、代わりにポリエチレングリコール(PEG)の飽和水溶液を入れます。
これは、エイの骨に多く含まれる水分をポリエチレングリコールに置換し、乾燥しても変形しない標本とするための処理。考古学などの分野でも、出土した木製品を乾燥による変形や破損から守るため、ポリエチレングリコールに含浸させる保存処理をすることがあります。
容器のフタを開けた状態で10日ほど放置し、ポリエチレングリコールが表面に析出するようになったら取り出し、表面のポリエチレングリコールを除去しながら乾燥させます。この時、変形しやすいヒレ先などを軽く固定しておくといいようです。
乾燥させたら仕上げ。表面に残るポリエチレングリコールをピンセットやエタノールを染み込ませた小さな布などをつかい、丁寧に除去したら、別になっている腹ビレ部分を尾に接着します。最後に表面を保護するシリコンラッカーをスプレーし、乾燥させたら完成です。
完成したアカエイの全身骨格標本を見ると、まるでウチワのよう。ヒレ部分に特徴的な細かい骨(「角質鰭条(かくしつしじょう)」と呼ばれるもの)が体を取り囲んでいることから、エイの体は外周のほとんどが大きく発達した胸ビレであることが分かります。
長く続く尾にちょこんとついているのは、腹ビレ。陸上動物でいうところの後肢に相当する部分で、この形状を見るとカエルの後ろ脚のようにも見えますね。
いのししの人さんも、作ってみて「外見とのギャップに驚きました」というアカエイの骨格標本。その魅力として「外から見ただけでは分からない生物の特徴が分かるところです。生物の進化を見ていくうえで生物の骨格というものは学術的にも非常に重要視されています」と語ってくれました。
エイは原始的なサメから分岐して進化した種ですが、尾で主な推進力を生むサメに対し、胸ビレを発達させて推進力としたグループだということが、この骨格標本を見ればすぐに理解できます。外見では分からない生物の特徴が、骨格には出ているんですね。
次に作りたい骨格標本として、ヤツメウナギを挙げてくれたいのししの人さん。「同じく骨が軟骨の原始的な生物なのですが、以前挑戦した時は失敗してしまいました。とても面白い骨格をしています」とのことなので、今後もTwitterやYouTubeチャンネルなどの更新状況に注目です。
アカエイの全身骨格標本
2年ぐらいずっとエイの骨格標本試行錯誤しててやっと綺麗にできたから見て。
地球外生命体感すごい pic.twitter.com/VwIT3BWHPD— いのししの人 (@inoshishinohito) February 26, 2022
<記事化協力>
いのししの人さん(@hunterfigskate)
(咲村珠樹)