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幻のロケット戦闘機と現代を繋ぐ美術展 八谷和彦「秋水とM-02J」

update:

 アニメ「風の谷のナウシカ」の飛行具、“メーヴェ”をモチーフにした自作航空機で知られるアーティストの八谷和彦さんが、東京のギャラリー「無人島プロダクション」で個展「秋水とM-02J」を開催中です。戦争末期に登場した幻のロケット戦闘機・秋水と、自身のM-02Jとの間にある不思議な縁を通じ、戦争当時と現代とを繋ぐ内容となっています。

  •  八谷和彦さんの個展「秋水とM-02J」は、2020年12月に千葉県柏市の柏の葉T-SITEで開催された展覧会「柏飛行場と秋水―柏の葉 1945-2020」をベースに、規模を拡大したもの。前回はスペースの都合で展示できなかった八谷さんのM-02Jと、柏飛行場で試験が実施されていたロケット戦闘機「秋水」を対比し、戦争当時と現代の日本とを橋渡しする展覧会となっています。

    2020年12月に開催された展覧会「柏飛行場と秋水―柏の葉 1945-2020」
    M-02Jと八谷和彦さん
    会場を上から見たところ

     八谷さんが戦争末期のロケット戦闘機「秋水」と柏飛行場を意識するきっかけとなったのは、アニメ「風の谷のナウシカ」に登場する飛行具“メーヴェ”をモチーフにした自作ジェット機「M-02J」を、千葉県柏市中十余二(柏の葉地区)にあるコンテナ倉庫で保管していたことでした。野田市での試験飛行を終え、機体を収納した八谷さんが近くにある「こんぶくろ池」を散策していたところ、案内地図に「掩体壕」というものが記されていることに気づきました。

    M-02Jを置いていた千葉県柏市
    近くの「こんぶくろ池」を散策した際の画像

     掩体壕(掩体)とは、攻撃から航空機などを保護するために築造されるもの。コンクリート製の有蓋掩体と、屋根がなく土塁を巡らせた無蓋掩体という2種類に大きく分けられます。

    掩体についての説明版
    ここは戦時中に旧陸軍の飛行場だった

     八谷さんが散策した「こんぶくろ池」を含む、千葉県柏市の柏の葉地区(つくばエクスプレス「柏の葉キャンパス」駅周辺)は戦争中、旧陸軍の柏飛行場だったのです。柏飛行場は首都圏防衛を任務とする陸軍飛行場の1つで、戦闘機部隊が配置されるとともに、B-29迎撃のために開発されたロケット戦闘機「秋水」の陸軍側運用基地(部隊として飛行第七〇戦隊が指定されていた)として、海軍側の運用基地である百里原飛行場(現:航空自衛隊百里基地)と並んで、テストパイロットたちの訓練が実施されていた場所でした。

    現在の柏の葉と柏飛行場の位置関係

     秋水はドイツのメッサーシュミットMe163Bを参考に、旧陸海軍と三菱重工が共同で開発を進めていたロケット戦闘機(海軍略符号:J8M/陸軍キ番号:キ200)。ヴァルター機関と呼ばれる形式のロケットエンジン(海軍名称:KR-10/陸軍名称:特呂二号)で、B-29が飛行する高度1万メートル以上の成層圏まで一気に上昇し、グライダーのように高速で滑空しながら攻撃を加えるという戦法が考えられていました。

    秋水はB-29迎撃のために開発された

     ずんぐりとしたフォルムが特徴の秋水は、水平尾翼を持たない「無尾翼機」に分類されます。これは八谷さんのM-02Jと同じ形式で、その共通点に以前から興味を抱いていたんだとか。

    柏飛行場は「秋水」が運用される予定だった

     八谷さんは秋水と柏飛行場について調べていくうち、さらに共通する人物の存在を知ります。その人の名は、木村秀政。八谷さんのM-02Jを設計した四戸哲さんの師匠にあたり、四戸さんが有限会社オリンポスを設立した際には顧問を引き受けて事業に協力した方で、日本航空史に残る技術者です。

    木村秀政が柏飛行場にいたことを知る
    木村秀政はM-02Jの設計者、四戸哲さんの師匠に当たる

     会場では四戸さんが木村秀政について語る映像も上映されており、木村秀政の人となりを垣間見ることができます。

    木村秀政について語る四戸さんの映像

     木村秀政は、宮崎駿監督のアニメ映画「風立ちぬ」でモデルとなった零戦の設計者、堀越二郎と東大工学部航空学科の同期生。民間企業に就職した堀越や、陸軍三式戦闘機「飛燕」設計者の土井武夫らとは違い、大学院に進んで東大航空研究所(航研)で技術研究を続けました。

     木村は当時長距離飛行の世界記録を樹立した「航研機」や、朝日新聞と旧陸軍が企画した長距離機A-26(キ77)の設計に携わったほか、日本初の無尾翼グライダーである萱場製作所(現:KYB)のHK1を設計。陸軍航空審査部の荒蒔義次少佐にこの経験を買われ、同じ無尾翼機である秋水の開発で助言を求められた木村秀政は、柏飛行場で1945年4月ごろから開発試験に立ち会っていました。

    木村秀政が撮影した写真

     木村秀政が当時撮影した写真には、柏飛行場での日常風景が記録されていました。八谷さんは、東大大学院でAIによって戦時中の白黒写真をカラー化する「記憶の解凍プロジェクト」を進めている渡邉英徳教授と、アニメ映画「この世界の片隅に」で緻密な時代考証をした片渕須直監督に協力を仰ぎ、これらの写真をカラー化して展示。

    木村秀政が柏飛行場で撮影した写真
    カラー化した写真

     カラー化により、戦争当時の日常を甦らせ、現代に繋がっていることを実感することができます。秋水とM-02J、同じ無尾翼機である2機は、柏という土地と、木村秀政という人物で繋がっていたのです。

    映像を見る来場者

     会場では、八谷さんがM-02Jを通じて進めているアートプロジェクト「OpenSky」で、2019年にアメリカのウィスコンシン州オシュコシュで毎年開催されている自作機の祭典「EAA エアベンチャー」に参加した際の様子を中心にまとめた映像作品「ウィスコンシンで考えた」が上映されています。この時、八谷さんは別の形で「戦争」について考えさせられたといいます。

    M-02Jと映像作品「ウィスコンシンで考えた」

     アメリカのエアショウでは、第二次世界大戦当時の軍用機(ウォーバード)による、戦争を題材にしたデモフライトも実施されます。アメリカ人からすれば「勝った戦争」なのですが、そのデモフライトで再現される攻撃の対象は、日本やドイツ。日本人としては複雑な心境です。

     しかし、その会場でB-29(動態保存されている“Doc”の愛称で呼ばれる機体)を目にした八谷さんは、銀色に光り輝く機能美を体現した姿に美しさを感じたともいいます。日本各地を空襲で蹂躙した爆撃機でありながら、ある種の美しさも備えているという事実は、アーティストにとって大きな衝撃をもたらしたのかもしれません。

     会場となっている「無人島プロダクション」は、1945年3月9日〜10日の東京大空襲(下町空襲)で焼き尽くされた場所に、戦後まもなく建てられたダンボール工場の建物を活用したギャラリー。個展の会期を3月11日からにしたのは、東京大空襲の日から現代までが地続きであることを感じてもらう意図も込められています。

    会場の無人島プロダクション外観
    会場入口

     ギャラリーに入った来場者が最初に目にするのは、B-29の写真パネルと、その奥にあるM-02J。元々「OpenSky」プロジェクトは、アメリカのイラク戦争がきっかけとなり、そのアンチテーゼとして始まったものでした。

    B-29の写真パネルとM-02J
    入口横に貼られたアメリカ軍作成の空襲地図
    無人島プロダクションの位置
    1945年3月の東京大空襲で焼けた場所にある

     また、会場の壁には、日本の航空機開発史をたどる年表も展示されています。特徴的なのが、明治時代から多数の航空機が誕生してきたにもかかわらず、戦後の航空禁止令以降、ほとんど新規の航空機が開発されていないこと。日本の航空機産業は現在、絶滅危惧の状態なのです。

    会場奥に掲示された日本の航空技術史年表
    戦後の航空禁止を境に開発が途絶えている

     戦後まもなくの時期は飛行機のジェット化など、航空史における一大変革期だったこともあり、航空禁止によって日本は技術的に乗り遅れた、と説明されることが多いのですが、実はそれ以上に「人々が飛ぶことへの興味を失った」ことが大きな打撃でした。航空機を作って飛びたい、という人が多ければ、開発しようという技術者も育ちますし、それに出資しようという人も出てきます。その流れが絶たれて戻らないことが、今の状況を招いているのかもしれません。

     八谷さんの「OpenSky」は、再び人々が「飛びたい」という意志のもとに、航空機を作るような世の中になってほしいという希望を込めたプロジェクト。空への扉を開く取り組みです。

    会場の様子

     ロケット戦闘機「秋水」は、ドイツからもたらされた少ない資料をもとに、わずか1年ほどの短期間でエンジンから機体までを作り上げたもの。同時期に開発されたジェット機「橘花」と合わせて語られることが多いのですが、橘花は海軍の種子島時休や永野治らによるジェットエンジンの基礎研究があり、戦後も現在に繋がる技術的な流れがあるのに対し、秋水はロケットエンジンや無尾翼機という機体設計を含め、日本航空史に突如現れて消えた特異点のような飛行機です。

     八谷さんのM-02Jも、現在のところ日本唯一の無尾翼ジェット機という、秋水と同じ特異点のような飛行機。しかしその裏には、木村秀政や戦時中に柏飛行場で試験していた秋水、そして同型の訓練用グライダー秋草(海軍略符号:MXY8/陸軍ク番号:ク13)との縁があり、両者は繋がる存在なのです。

    飛翔するM-02J

     3月13日には、リサーチに基づく史実とフィクションからなる漫画、小説、映像やドローイング、テキストなどを交えた美術作品を手がける小林エリカさんと、戦争末期に日本軍が使用した風船爆弾の歴史を題材に、緻密なリサーチをもとに作り上げた映像、写真作品「盲目の爆弾」を2019年に発表した竹内公太さんを迎え、クローズドのウェビナー「戦争と作品―選ぶこと、知ること、カタチにすること」を開催。記憶や記録を題材に、いかに自らの表現として昇華させ、伝えていくかについてが語られました。

    左から竹内公太さん、小林エリカさん、八谷和彦さん

     小林エリカさんはこの展覧会に寄せ、木村秀政らをモチーフにしたテキスト作品「かつて少年だったものたちは」を書き下ろしました。美術作品は作り手から送られた手紙のようなものではないか、という考えから封書の形式を採られたこの作品は、限定300部で無料頒布されています。

    小林エリカさんのテキスト作品テキスト作品「かつて少年だったものたちは」

     戦争から75年以上の時が過ぎ、日本ではどこか戦時中の出来事を「断絶の向こうにあるもの」と感じる人が多いかもしれません。しかし、現代は確かに過去の戦争から地続きであり、そして未来へと繋がっている……秋水とM-02Jを同時に見てもらうことで、歴史と時空の繋がりを感じてほしいという八谷さんの気持ちが伝わってきます。

    八谷和彦さん

      柏の葉での展覧会とは異なり、今回の会場では秋水に関する模型などの展示はできなかったのですが、柏の葉で展示された秋水の模型(10分の1スケール)をもとにした「秋水AR」を八谷さんは公開しています。「カタチスペース」で公開されている3Dモデルにアクセスすると、スマホやタブレットではARを楽しむことができます。

    「秋水AR」でモデルを置いたところ
    「秋水AR」のQRコード

     3Dモデルは10分の1スケールですが、ピンチ操作で1000%(10倍)にモデルを拡大することにより、原寸大の秋水を風景や人物と対比させることが可能。実際の大きさを体感すると、より現実感がわくと思います。

    1000%(10倍)にモデルを拡大すると原寸大の秋水となる
    原寸大の秋水と人物の対比

     八谷和彦さんの個展「秋水とM-02J」は、無人島プロダクション(東京都墨田区江東橋5-10-5/都営新宿線「菊川」駅A3出口より徒歩6分:都営新宿線・東京メトロ半蔵門線「住吉」駅B2出口より徒歩8分:JR総武線・東京メトロ半蔵門線「錦糸町」駅南口より徒歩10分)において、2021年3月11日〜4月18日に入場無料で開催中です。展覧会公式ページには、開館時間や休みについての詳細が記載されています。

    ■ カタチスペース「秋水AR

    取材協力:八谷和彦さん/無人島プロダクション
    (「秋水AR」画像提供:八谷和彦さん)

    (取材・撮影:咲村珠樹)

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