2013年の記事でご紹介した、宮崎駿さんの作品『風の谷のナウシカ』に登場するメーヴェを実際に作って飛ばしちゃおうという、アーティスト八谷和彦さんのプロジェクト「OpenSky」。そのテストフライトの報告会が、東京で開催されました。
会場となったのは、2013年に展覧会「OpenSky3.0」を開催した3331 Arts Chiyoda。今回の報告会は、これまでテストフライトなどを手伝ってくれた人、クラウドファンディングで協力してくれた人、そして取材記事や書籍などでプロジェクトを取り上げてくれた人など、関係者を対象としたものでした。
【関連:「風の谷のナウシカ」のメーヴェ作ってみた ~OpenSky 3.0~】
■報告会だけど株主総会?
皆、何らかの形でプロジェクトに関わった人たちなので、会場は同窓会のような和やかな雰囲気。「OpenSky」は10年以上の長期にわたる為、久しぶりの再会で「お子さん大きくなりましたね」という会話も聞かれました。
報告会は、八谷さんの「それでは、株主総会を始めたいと思います」という言葉でスタート。クラウドファンディングの出資者も来場しており、出資者はある意味「株主」だから、という意味での発言です。
まずは、OpenSkyのこれまでを振り返ります。メーヴェのような飛行機があったらな……と夢見た時「ないものは作ればいいのでは?(アーティスト脳)」となったのが全ての始まり。
模型によるケーススタディ、ゴム索曳航の初級滑空機M-02を経て、いよいよジェットエンジンを搭載したM-02Jへ。 M-02Jはアートプロジェクトの「作品」ですが、人を乗せて空を飛ぶ為、カテゴリーとしては自作航空機(ホームビルト機)の一種となります。
■国産民間ジェット機としては2機目、自作航空機としては日本初という側面も
ところで、初級滑空機からジェットエンジンを搭載した動力機(飛行機)になると、様々な法的ハードルが待ち受けます。初級滑空機は航空機として登録できる一方、機体が人を乗せて飛行するのに耐えられるものか証明する「耐空証明」は必要ないのですが、動力機となると、ちゃんと人を乗せて空を飛べるだけの機体構造かどうか(これを「耐空性」と言います)を国土交通省が審査し、その証明を受ける必要があります。また、自由に飛んでいい訳ではなく、操縦者と飛ばす場所についての許可も国土交通省から受けなければなりません。
この手続きが大変なのです……特に機体の耐空性を審査する過程は、提出したデータをもとにひとつひとつ細かく見ていく為に、非常に時間がかかります。M-02Jの場合、審査用に書類を作成するのに2ヶ月、そして全ての許認可を得るまでに4ヶ月かかりました。トータルで半年ですが、もっと長くかかるケースもあります。
国土交通省から許可が得られても、すぐ飛べる訳ではありません。実際に設計通りの性能があるのか、地上滑走、高度3m以内のジャンプ飛行と、段階を踏んで確認することが義務付けられています。そして2013年、千葉県の野田市スポーツ公園でのジャンプ飛行試験で、M-02Jは初めて地上を離れました。
ちなみにM-02J、国産民間ジェット機としては、1978年に初飛行した三菱MU-300(現:ホーカー400。航空自衛隊もT-400練習機として採用)に続く2機目。もちろん自作航空機としては日本初です。
■宮崎駿さんからのメッセージに「死なないで下さい。」
M-02Jの初飛行と同じ2013年、プロジェクトのこれまでをまとめた本『ナウシカの飛行具、作ってみた』発売。今までスタジオジブリや宮崎駿さんに迷惑がかかる為、あえて「メーヴェ」「ナウシカ」の言葉を避けてきたのですが、このとき、初めて宮崎さんに使用許可をお伺いしてみることに。そのお返事のエピソードが話されました。
メッセージのメモには「死なないで下さい。」と書いてあったそうです。
テストフライトを重ねていくうち、エンジンパワーの余裕が必要と感じた為、2015年に搭載エンジンをTitan(推力40kgf)から同じメーカーの強化版、Nike(推力80kgf)へ換装。通算3基目のエンジンです。エンジンを換装したことで機体性能が変わった為、再度第一段階の低高度ジャンプ飛行試験から実施することになりました。
新旧エンジンの比較動画も紹介されました。推力が倍になって、離陸までの時間が半分に。現在は余裕を持って、出力80%の状態で離陸しているそうです。
2014年から、テストフライトの場所は気候や立地、設備などの条件がよい北海道滝川市の「たきかわスカイパーク」に移しています。テストフライトの条件は良いのですが、八谷さんらの普段の拠点である東京から離れてしまった為もあり、現地北海道で手伝ってくれるボランティアスタッフらの旅費等、負担も増えてしまいました。負担軽減策を模索していた2016年、ジャズトリオ「H ZETTRIO」の楽曲「Wonderful Flight」PVにM-02Jの映像を提供したことをきっかけに、H ZETTRIOのライブをたきかわスカイパークで開くことと、現地ボランティアスタッフの負担低減を目指したクラウドファンディングを行うことに。この曲、M-02Jが空を駆ける姿をイメージして作られたものなんだとか。
▼“Wonderful Flight” performed by H ZETTRIO 【Official MV】
https://youtu.be/-mlI_hZAS6U
6月に始まったクラウドファンディングは無事目標金額を達成。たきかわスカイパークで7月31日に開催された「サマースカイフェスタ」の後に、ライブが行われました。
さて、その「サマースカイフェスタ」では、初めてテストフライトが一般に公開されました。離陸して飛行場内を8の字に飛行する場周飛行で、時間にして2分32秒、最高高度は72m。飛行中、八谷さんが眼下の観客に手を振る場面も見られました。
2016年8月のテストフライトは、北海道を再三襲った台風や豪雨の為、石狩川河川敷にあるたきかわスカイパークは滑走路が水没する事態にも見舞われました。
テストフライトの映像を見ていると、眼下に広がる北海道・空知地方の光景が美しいですね……。
2006年から2016年までの初級滑空機M-02とジェット機M-02Jの飛行回数も発表されました。M-02Jでは、ジャンプ飛行181本、場周飛行が21本実施されています。
M-02Jでの目標は、飛行場周辺での場周飛行がゴール。というのも日本の場合、自作航空機は場周飛行までしか飛行が許可されないのです。場周飛行を実施し、操縦に習熟した現在、プロジェクトとして初期の目的は達成してしまいました。
しかし今、八谷さんは今後のことを考えているといいます。
まずはこれまでの総決算となる展覧会や、本の出版。そして、この経験を後世に伝える為に、シミュレータでの体験や、新たなパイロット(現在、法的な制限でパイロットは八谷さんに限定されています)を育成し、八谷さんが操縦できなくなって以降、M-02Jを飛ばし続けられないか……ということを考えてみたいとのこと。また、どこかの機会で宮崎駿さんにM-02Jが空を飛ぶ姿を見てもらえたら……というお話もありました。
2013年の取材で筆者に語ってくれた、毎年アメリカのウィスコンシン州オシュコシュで開催されている、自作航空機の祭典として世界的に有名なエアショウ「EAAエアベンチャー・オシュコシュ」にM-02Jを持っていきたい、という話も。既に主催団体であるEAA(エクスペリメンタル航空機連盟)には会員登録を済ませたそうです。
また、OpenSky以外のプロジェクトでは、PostPetシリーズの最新作「PostPetVR(仮)」を開発中だそうです。楽しみですね。
来場者からの質問に答えるコーナーも。複数の方から「模型化しないんですか?」という質問が寄せられていましたね。
会場には体験型の作品も展示され、来場者が楽しんでいました。「カイ・クイライド」は、ヘッドマウントディスプレイと乗馬型健康器具を組み合わせたVR作品。前方から扇風機で風を送ることで、あたかも風を切って走っているような臨場感が得られます。
水しぶきが上がる場面では、スタッフが霧吹きで水を飛ばして臨場感を高めます。まさかの人力演出(笑)。
■数多く寄せられる要望に応える為「きみはテト」カメラを搭載
もうひとつの「きみはテト」は、M-02Jに乗ってみたい!という、数多く寄せられる要望に応える為につくられたもの。法的な制約で、M-02Jは八谷さん以外の人が乗って飛行することができない為、機体に360度カメラを搭載して撮影した映像をスマホを使ったVRサービス「ハコスコ」で見ることで、まるでナウシカの肩に乗ったテトの目線で飛んでいるような体験ができる作品です。
2016年9月のフライトを使った「きみはテト」の新作は、ハコスコストアでダウンロードできるようにするそうです。
当初の目的だった場周飛行を果たし、テストフライトの一般公開も実施したことで、ひとつの区切りを迎えたOpenSkyプロジェクト。
八谷和彦さん、次は何を見せてくれるんでしょう。今後も楽しみですね。
(取材・文:咲村珠樹)