オンライン百科事典「ウィキペディア」を運営するウィキメディア財団は10月17日、近年の利用傾向に関する分析結果を公表しました。
発表によると、2025年3月から8月にかけて、ウィキペディアの「人間によるページビュー」は前年同月比で約8%減少。生成AIやソーシャルメディアの利用拡大が背景にあるとしています。
■ 「AI時代」のトラフィック異変
ウィキメディア財団は毎月、世界中から送られてくる数十億件のアクセスを「人間」か「ボット」かで分類しています。
ところが2025年5月ごろ、主にブラジルから「人間らしい」アクセスが急増。3月から8月のデータを再分類したところ、5月と6月の異常な増加の多くが、検出を回避するよう設計されたボットによるものと判明。加えて、実際の人間によるアクセスは減少傾向にあることも明らかになりました。
財団はこの減少について、生成AIやソーシャルメディアの影響により「人々の情報検索行動が変化している」と指摘。「特に、検索エンジンがウィキペディアの情報をもとに直接回答を提示するようになったことが背景にある」としています。
■ 検索もSNSも「ウィキペディア頼み」
一方で、ウィキペディアのアクセス数が減っても、その情報は依然としてインターネット全体を支える基盤です。ほぼすべての大規模言語モデル(LLM)がウィキペディアのデータを学習に利用し、検索エンジンやSNSもその知識をもとにユーザーへ回答しています。
財団は「新しい知識の流通は、いまもウィキペディアのデータセットに強く依存している」として、その存在意義を強調しました。
■ 「生成AIや検索サービスを運営する企業は還元を」財団が呼びかけ
こうした現状を踏まえ、財団は生成AIや検索サービスを運営する企業に対し、「より多くの訪問者をウィキペディアに誘導する責任がある」と訴えています。訪問が減れば、記事を更新するボランティアや寄付者が減少し、自由な知識の循環が損なわれるおそれがあるためです。
また、「ウィキペディアは検証可能性・中立性・透明性を基準に持つ唯一の大規模サイトである」として、自身の公平性を強調。「インターネット上の情報への信頼を保つためには、情報の出典を明示し、原典にアクセスし参加できる機会を高めることが不可欠だ」と、状況改善を求めています。
■ 若年層への新たなアプローチも
Wikimediaは変化するインターネット環境に対応するため、様々な取り組みをしています。「Wikimedia Enterprise」などを通じて第三者によるデータ再利用の枠組みを整備。さらに、若年層向けに「YouTube」「TikTok」「Roblox」「Instagram」など他のプラットフォーム上で動画やゲーム、チャットボットを通じてウィキペディアの知識を届ける新プロジェクト「Future Audiences」を進めています。
また、スマートフォンからの編集体験を改善し、新規参加者が楽しく活動できるよう支援する取り組みも強化しているとのこと。
■ 「人間の知識」を未来へ
財団は発表の中で「ウィキペディアが誕生して25年、人類の知識はかつてないほど価値を増しています」と自身の重要性を改めて訴え、今後も人間中心の知識共有を守り続ける姿勢を示しました。
また、「情報を検索するときは、出典を確認し、一次情報にアクセスしましょう」「生成AIの背後にある知識は“人間が作ったものである”ということを周囲に伝え、その創作者たちを支援する重要性を広めてください」と、それぞれができる行動での支援を呼びかけています。
■ 多くの情報提供メディアが著しい訪問者数の減少に直面
生成AIが台頭し、検索エンジンもまた、気になる質問に対してページを訪れなくても「回答を提示する」ようになりました。こうした変化を受け、近年ではウィキペディアに限らず、多くの情報提供メディアが著しい訪問者数の減少に直面しています。
それでも、情報を生み出す側には対価や還元がほとんどなく、生成AIの開発企業や検索エンジンの運営会社だけが利益を得る構造が続いています。結果として、情報を出せば出すほど“搾取される”状態が常態化しているのが現状です。
この歪んだ構造を早急に是正しなければ、情報を発信する側は次第に減少し、最終的に損をするのは私たち一般ユーザー。人間の知識を未来へとつなげられるのか――その行方は、今まさに岐路に立たされています。
<参考・引用>
ウィキメディア財団「New User Trends on Wikipedia」