戦闘機パイロットにとって、必ず慣れなければいけないのが、旋回や上昇、降下などに伴う遠心力のG(重力加速度)。時には体重の何倍にもなるそのGに耐えて、パイロットは自分の飛行機を操縦しなければなりません。Gに対する耐性のない人の場合、失神してしまうこともあるため、いきなり実際の飛行機で体験させるのは危険なので、各国では地上で体験できる試験・訓練設備を持っています。航空自衛隊では入間基地の航空医学実験隊に施設がありますが、イギリス空軍に最新の訓練設備が完成し、2019年2月4日に空軍参謀総長が自ら被験者となって開所式を行いました。
イングランド東部、リンカンシャーにあるクランウェル空軍基地。空軍大学も設けられた、イギリス空軍の教育・研究の拠点です。ここにタレスグループの機器を導入した、新しい高G訓練施設(ハイGシミュレータ)が作られました。
高Gシミュレータの基本的な構造はシンプル。回転するアームの先端に人間の乗るコクピットを模したカプセルがあり、アームの回転速度に応じて遠心力により、カプセルにGがかかる仕組みです。単純ゆえに細かいコントロールも可能。アームは1分間に最大34回転し、この時先端のカプセル内部には、わずか1秒ほどで9Gの荷重がかかるというレスポンスの良さを誇ります。
開所式に先立ち、イギリス空軍の制服組トップであるヒラー空軍参謀総長(空軍大将)が、実際にこのシミュレータに乗り、高G訓練の被験者になりました。こう見えてヒラー空軍参謀総長は、1980年に空軍入隊以来トーネードのパイロットとして、1991年の湾岸戦争を皮切りに10年以上にわたる豊富な実戦経験があります。さすが、パイロットスーツ姿も様になっています。
「ハイGシミュレータ」の名前通り、回転アームの先端にあるカプセルは実際のコクピットのようになっており、前方のスクリーンにはフライトシミュレータのように飛行中の風景が映し出されます。視覚から入ってくる情報と、身体にかかるGの情報がちゃんと連動する仕組みになっているんですね。このシミュレータは空軍が保有するユーロファイター・タイフーン、F-35といった戦闘機や、練習機のホークなどを模擬することが可能だといいます。
F-35のコクピット仕様にしたカプセルにヒラー空軍参謀総長が乗り込み、試験スタート。アームが回転をはじめ、徐々に速度が上がります。それに従って、カプセル内の参謀総長に大きなGがのしかかります。他の空軍パイロットたちも、ヒラー参謀総長の試験を見守ります。
さすがは実戦経験豊富なパイロットだけあって、試験が終わってカプセルから出てきたヒラー参謀総長はご機嫌。「ウチのパイロットたちにタイフーン、ライトニング(F-35)、ホークなど空軍の航空機に応じたテーラーメイドのGをかけられる素晴らしい訓練施設ができました。空軍の任務遂行にあたって非常に効果的であり、現在進めている近代化プログラムの上でも重要なマイルストーンになりました」とこの訓練施設の感想を述べています。そして開所式で、ヒラー空軍参謀総長は自身の名前も入った訓練施設のネームプレートを除幕。
この高G訓練施設は、これからイギリス空軍のパイロット養成課程で大いにその力を発揮する予定。最新の技術によるGを経験し、未来の戦闘機パイロットが数多く巣立っていくことでしょう。
Image:Royal Air Force, Crown Copyright 2019
(咲村珠樹)