乗り鉄、撮り鉄と、鉄道ファンには様々なジャンルがありますが、航空ファンにも様々なジャンルがあります。今回はそのうちのひとつをご紹介しましょう。
空港の見学デッキに行ってみると、飛行機を見送る人や写真を撮ったりしてる人がいますね。このうちの一部は「常連さん」というか、定期的に通ってきている熱心な「スポッター」と呼ばれる航空ファンです。
スポッターとは何ぞや、というところですが、これは「観察者(監督者)」という意味です。やってくる飛行機(航空機)を、まるで野鳥の会のように観察している訳ですね。英語に「トレインスポッティング(Trainspotting)」という言葉があります(同名の映画は麻薬中毒者の話でしたが)が、これは走っている列車を見て、車両の番号を記録する……という行為で、日本では馴染みがありません(筆者個人は時折乗車した列車のを記録していますが)が、ヨーロッパでは比較的ポピュラーな鉄道趣味の形態です。これと同様に、飛行場に飛来する航空機を見て、主に撮影して記録するのが「スポッター」です。
観察という言葉にもあるように、これはひとつの飛行場に定期的に通う「定点観察」が基本です。飛来する機体の中に、通常のものとは違うものはないか、普段飛来している機体であっても、塗装など仕様に変化はないか……という点が観察のポイント。臨時便やチャーター便といった、定期便ではやってこない航空会社の機体、普段就航している航空会社でも、急な機材変更などでイレギュラーな機体が飛来することがあります。このようなレアな機体を見かける……というのがスポッターの醍醐味です。偶然目撃しても、普段から来ているファンでなければ、それが「レアな機体」とは判断できませんものね。
また、三菱重工の工場に隣接した県営名古屋空港や、川崎重工の工場がある航空自衛隊岐阜基地など、航空機を製造したり整備したりする工場が隣接している飛行場では、製造したばかりの機体や、定期点検整備明けの機体が試験飛行をする為、それを目撃したりすることがあります。これもまたスポッターの好物ですね。
これらスポッターの写真というのは、一定のルールに基づいて撮影されています。基本は機体側面全体(機体の塗装デザイン)が判る構図で、俗に「レジ(Register)」と呼ばれる機体登録記号(車でいうナンバープレートのようなもの)がちゃんと見えるというのが条件。機体にレジを記入する場所と、その大きさは規則によって定められていますので、通常は機体の側面を正面から撮影すれば写し込むことができます。このような構図で撮影された写真を「スポッター写真」と呼んでいます。芸術性よりも記録性を重視した写真であり、ある種昆虫や植物の標本に近い感じですね。構図は若干違いますが、鉄道写真にも車両の記録的要素を重視した「形式写真」というものがあります。
航空ファン向けの雑誌で紹介される「飛来機情報」というのは、これらスポッターさんによる写真や情報によるものが主になっています。さすがに、編集部の人が各地の飛行場にずっと張り付いてる訳にはいきませんからね……。
スポッター写真ですが、これは切手などと同じようにコレクターズアイテムにもなっていて、収集や交換の対象でもあります。海外のファンとも交流を深めている人も。かつては、航空ファン向けの雑誌に「交換希望」などの交流コーナーがあったものです。
コレクションの対象となるのは、基本的にはプリントした写真ではなく、リバーサルフィルムで撮影されたスライドです。特に通常のものとは違い、フィルムの乳剤内に発色カプラーを含まず、発色現像の過程で外から発色カプラーを導入する「外式」リバーサルフィルムであるコダクローム64(略称:KR)で撮影されたものが、変退色に強く保存性に優れている為に人気がありました。海外のファンによる交換希望やスライドの要望には「KR only」と、わざわざコダクローム以外はいらないよ、と表記したものも目立ちましたね。
現在ではコダクロームは製造が終了し、現像も2011年に終わってしまったので、新たなスポッター写真がコダクロームで撮影されることはありません。もっぱらデジカメが主流になってしまったので、現在のスポッター写真はデータのやり取りや、ファンサイトに掲載されている画像をネットで収集……という感じに様変わりしています。過去の写真コレクションは今でもやり取りされているのですが、古いものになるとフィルムの基材となっている樹脂が変質し、酸性のガスを発生させた上に酢昆布のようにクタクタになってしまう「ビネガーシンドローム」という現象が発生してしまうケースがあり、保存が難しくなっていて、スライドの交換も徐々に下火になっています。
貴重な記録をビネガーシンドロームから守る為に、ファン達は手持ちのスライドをデジタル化する取り組みを始めていたりするので、過去のスポッター写真もデジタルデータでのやり取りに変わっていくでしょうね。国際郵便で届く、海外からのスポッター写真も風情がありましたが、時代の流れには抗しがたいようです。
(文・写真:咲村珠樹)