おたくま経済新聞

ネットでの話題を中心に、商品レビューや独自コラム、取材記事など幅広く配信中!

H3ロケット試験機1号機の「指令破壊」何があった?

 2023年3月7日、JAXAの新世代大型ロケット「H3」の試験機1号機が鹿児島県の種子島宇宙センターより打ち上げられました。が、第2段エンジンに不具合が発生、指令破壊のコマンドが送信されました。

 ロケット本体とペイロードのALOS-3(だいち3号)を喪失し、打ち上げ自体は残念な結果となってしまいましたが、いったい何が起きたのでしょうか。

  • ■ 指令破壊とは

     今回の「指令破壊」とは、想定した軌道を外れてしまったロケットが制御不能となり、予期せぬところへ落下しないよう、飛行中に破壊することを指します。ロケットは大量の燃料と酸化剤を搭載しており、もし地上や地上近くの海域に落下した場合、大きな被害をもたらす可能性があるため予防的に実行されるものです。

     先進光学衛星「ALOS-3(だいち3号)」を搭載したH3ロケット試験機1号機は、日本時間の3月7日10時37分55秒に種子島宇宙センターより打ち上げられました。新開発の第1段エンジンLE-9と固体ロケットブースター(SRB-3)については規定時間の燃焼を達成し、打ち上げから304秒後、第1段の分離に成功しています。

    種子島宇宙センターから打ち上げられるH3試験機1号機(画像:JAXA)

     ところが、その後に予定されていた第2段エンジン(LE-5B-3)の点火が確認できず、ロケットから送られてくる各種データ(速度、高度、燃焼温度など)からも、エンジンが作動しているとは考えられないと判断されました。想定していた軌道を外れ、回復の見込みがないことから、10時51分50秒(打ち上げから835秒後)に地上から指令破壊のコマンドを送信したものです。

    第2段エンジン点火が確認されないまま飛行が続く(JAXA公式YouTubeチャンネルからのスクリーンショット)

    ■ ロケットに何が起きた?

     3月7日の14時10分より開かれた記者会見では、現在のところ判明しているのは「第2段エンジンが点火しなかった」という事実のみ、と発表されました。JAXAでは現在、山川理事長を長とする対策本部を設置し、原因の調査にあたっているといいます。

     記者会見で明らかにされたことによると、通常の飛行では第1段を分離したのち、ロケットに搭載された飛行制御システムから「エンジン点火」の信号が送られ、エンジン側の制御機器が受信してエンジン点火シーケンスに至るとのこと。今回は点火しなかったので、この仕組みのどこかに不具合が生じたものと考えられます。

     現時点では各種データを精査している段階のため、まだ見当がついていない状態。そして指令破壊のコマンドを送信した時点で、ロケットはフィリピン東方の太平洋上にあり、高度も国際宇宙ステーションの軌道(高度400km)を超える状態になっていたため、残骸の回収は考えていないと語られました。

     会見では、H3プロジェクトの岡田PM(プロジェクトマネージャ)、宇宙輸送技術部門の布野理事が異口同音に「この2年苦労したLE-9(第1段エンジン)が予定通り燃焼したことについては、よくやったなと思う」と語る場面も。それだけに、その後指令破壊に至ったことにショックを隠せない様子でした。

    記者会見での岡田H3プロジェクトマネージャ(JAXA公式YouTubeチャンネルからのスクリーンショット)

    ■ 第2段エンジン「LE-5B-3」とは

     H3ロケットの第2段エンジン「LE-5B-3」は、国産初の実用液体ロケットエンジンLE-5(H-Iロケット第2段に採用)をベースに改良を重ねてきたもの。1986年のH-Iロケット初飛行以来、ミッション失敗につながる重大なトラブルは発生していませんでした。

    燃焼試験に供されるLE-5B-3(画像:JAXA)

     今回の事象も「点火しなかった」ということなので、エンジンの機械的な設計や製造上の不具合によるもの、という可能性はゼロではないものの、かなり低いと考えられます。岡田PMは「結果について自信を持ってはいけない」と自らを戒めていましたが、新設計ではない分、懸念はLE-9に比べれば大きくなかったものと思われます。

    ■ 今後の影響は?

     H3ロケット試験機1号機が指令破壊で失われたことで、搭載していた先進光学衛星「ALOS-3(だいち3号)」も失われました。このことで、今後の地球観測に大きな影響を及ぼしそうです。

    H3試験機1号機に搭載されていたALOS-3(だいち3号)(画像:JAXA)

     記者会見では失われてしまった衛星について、再度作るかを含む今後の予定は検討中と発表されました。同じものを再度作るにしても、予算編成から実機の製作まで時間がかかりますから、政府の判断が待たれるところです。

     また、ALOS-3(だいち3号)とペアを組む予定の先進レーダー衛星ALOS-4(だいち4号)は、2023年度にH3ロケットにより打ち上げ予定でした。今回の指令破壊に至った原因究明と対策が終わるまで、H3の打ち上げはできませんから、こちらの打ち上げ予定も白紙に戻ったことになります。

     現在運用中の「だいち2号」は、2014年5月の打ち上げから9年近くが経過し、設計寿命(5年/7年目標)を超えています。設計寿命を過ぎたからといって急に壊れるわけではありませんが、搭載機器や衛星本体の姿勢制御などに、経年劣化による不具合が生じる可能性があります。

     地球観測衛星「だいち」シリーズは、東日本大震災(2011年)での津波被害や御嶽山の噴火(2014年)など国内の自然災害に加え、ネパール地震(2015年)やトンガ火山噴火(2022年)といった海外の自然災害でも貴重な観測データを提供しています。日本が貢献できる衛星活用分野に、影響が出てくるかもしれません。

     まだ事象が発生したばかりということもあり、記者会見では今後の見通しを含め不透明な状況でした。原因究明が進み、早期に打ち上げが再開されるよう、今は祈りたいと思います。

    <出典・引用>
    JAXA(宇宙航空研究開発機構) プレスリリース
    画像:JAXA(宇宙航空研究開発機構)

    (咲村珠樹)

    あわせて読みたい関連記事
  • 華の会メール・バナー
    PR

    オトナ世代の恋愛マッチング

  • 華の会メール・バナー
    PR

    趣味でつながる30代からの恋愛マッチング \華の会メール/

  • 画像提供:木林きききさん(@hageourzee)
    社会, 経済

    宇宙に飛ばして撮影 ブラックモンブランのパッケージには様々な想いが!

  • 「地球の歩き方」と漫画「宇宙兄弟」がコラボ!物語の舞台をめぐりながら地球や宇宙をトラベル
    商品・物販, 経済

    「地球の歩き方」と漫画「宇宙兄弟」がコラボ!物語の舞台をめぐりながら地球や宇宙を…

  • 2700円であなたも月の土地オーナーに?分譲中の月の土地を1エーカー買ってみた
    宇宙・航空

    2700円であなたも月の土地オーナーに?分譲中の月の土地を1エーカー買ってみた

  • 窓の外に地球が見える!宇宙旅行気分が味わえる丸窓液晶ディスプレイに注目
    インターネット, びっくり・驚き

    窓の外に地球が見える!宇宙旅行気分が味わえる丸窓液晶ディスプレイに注目

  • 変形型月面ロボット「SORA-Q」
    商品・物販, 経済

    変形型月面ロボット「SORA-Q」を玩具で再現 「宇宙兄弟」モデルも

  • 新しい月面用宇宙服「AxEMU」(画像:アクシオム・スペース)
    宇宙・航空

    NASAの新しい月面用宇宙服お披露目 民間企業が開発

  • 記者会見で笑顔を見せる米田あゆさん(YouTubeライブ配信映像より)
    宇宙・航空

    記者からのプライベートな質問を断った宇宙飛行士候補の米田あゆさん その優れた資質…

  • 「事実」の正しい使い方。「H3ロケット打ち上げ延期」を描いたイラストに共感。
    インターネット, 社会・物議

    「事実」の正しい使い方 「H3ロケット打ち上げ延期」を描いたイラストが伝える「真…

  • 画像は2022年12月7日に公開されたトレイラームービーのスクリーンショットです
    ゲーム, ニュース・話題

    宇宙ステーション建設シム「IXION」が配信開始 日本語インターフェースとテキス…

  • 宇宙の歩き方 太陽系トラベルブック01
    商品・物販, 経済

    これで宇宙旅行も安心!「宇宙の歩き方 太陽系トラベルブック」が発売

  • おたくま編集部Editor

    記事一覧

    おたくま経済新聞・編集部による監修or執筆

    ▼こちらのライターの最新記事▼

  • じゃじゃ丸たちが帰ってきた!「にこにこ・ぷん NEO」で令和に復活
    TV・ドラマ, エンタメ

    じゃじゃ丸たちが帰ってきた!「にこにこ・ぷん NEO」で令和に復活

  • 誤使用で窒息やケガのおそれ ピジョン、「電動鼻吸い器SHUPOT」改良部品を無償配布
    商品・物販, 経済

    誤使用で窒息やケガのおそれ ピジョン、「電動鼻吸い器SHUPOT」改良部品を無償…

  • Yahoo!乗換案内「乗車位置」が全国拡大 乗換や降車がもっとラクに
    企業・サービス, 経済

    Yahoo!乗換案内「乗車位置」が全国拡大 乗換や降車がもっとラクに

  • 期間限定で大阪・関西万博をモチーフにしたデザインも登場
    イベント・キャンペーン, 経済

    モリサワ、「フォント de スタンプ」公開 大阪・関西万博モチーフも

  • メガ“豚”級のウマさ 日清「ガーリックスタミナ豚丼」全国発売
    商品・物販, 経済

    メガ“豚”級のウマさ 日清「ガーリックスタミナ豚丼」全国発売

  • 警告画面
    インターネット, サービス・テクノロジー

    Google、goo.glリンク廃止方針を一部撤回 アクティブなリンクは継続

  • トピックス

    1. じゃじゃ丸たちが帰ってきた!「にこにこ・ぷん NEO」で令和に復活

      じゃじゃ丸たちが帰ってきた!「にこにこ・ぷん NEO」で令和に復活

      今の30代~40代が幼い頃に夢中になった「にこにこ、ぷん」が、令和の時代に新たな姿でよみがえります。…
    2. 定番の「のり弁」が“冷やし”スタイルで登場?オリジン新作が猛暑に効く

      定番の「のり弁」が“冷やし”スタイルで登場?オリジン新作が猛暑に効く

      夏になると、どうしてもあっさりしたものばかり選びがち。そんな中、「のり弁を冷やして食べる」──気にな…
    3. カレッタ汐留の「ハードコア立ち食いそば」が異次元すぎる 辛つゆと極硬麺がクセに

      カレッタ汐留の「ハードコア立ち食いそば」が異次元すぎる 辛つゆと極硬麺がクセに

      東京・汐留の商業施設「カレッタ汐留」にある異色の立ち食いそば屋「そば さやか」がSNSで話題です。極…

    編集部おすすめ

    1. 誤使用で窒息やケガのおそれ ピジョン、「電動鼻吸い器SHUPOT」改良部品を無償配布

      誤使用で窒息やケガのおそれ ピジョン、「電動鼻吸い器SHUPOT」改良部品を無償配布

      育児用品メーカーのピジョン株式会社は8月6日、同社が2023年6月より販売している管理医療機器「電動鼻吸い器 SHUPOT(シュポット)」に…
    2. 怨念渦巻く家で、ナダルと村重杏奈が「リフォームホラーハウス」に挑む

      一軒家を魔改築する「リフォームホラーハウス」、MBSテレビで放送

      一軒家を丸ごとホラー仕様に魔改築する前代未聞のホラー×バラエティ番組「リフォームホラーハウス」が、8月8日と15日の深夜にMBSテレビで放送…
    3. RTA in Japan、任天堂作品を2025年夏大会で除外 無許諾利用の指摘受け

      RTA in Japan、任天堂作品を2025年夏大会で除外 無許諾利用の指摘受け

      「RTA in Japan」は8月4日、2025年夏大会において、任天堂株式会社のゲームを利用しないことについて、経緯を説明。法人による任天…
    4. Nick Turley氏(@nickaturley)の投稿

      ChatGPT、週次アクティブユーザー7億人目前に 4か月で2億人増加

      米OpenAIが開発する対話型AI「ChatGPT」の人気が、再び急上昇しています。ChatGPTのプロダクト責任者であるNick Turl…
    5. 日本でも導入して欲しい!北欧のスーパーにある“アボカドスキャナー”が便利すぎる

      日本でも導入して欲しい!北欧のスーパーにある「アボカドスキャナー」が便利すぎる

      アボカドはギャンブルです。スーパーなどで見かけても、どれくらい熟してるのかは見た目ではわかりません。触って確かめることもできますが確度は高く…
    Xバナー facebookバナー ネット詐欺特集バナー

    提携メディア

    Yahoo!JAPAN ミクシィ エキサイトニュース ニフティニュース infoseekニュース ライブドア LINEニュース ニコニコニュース Googleニュース スマートニュース グノシー ニュースパス dメニューニュース Apple ポッドキャスト Amazon アレクサ Amazon Music spotify・ポッドキャスト