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【宙にあこがれて】第28回 零戦、最後の里帰り

【宙にあこがれて】第28回 零戦、最後の里帰りスタジオジブリ、宮崎駿監督の新作劇場アニメが、自身のコミックを原作とした『風立ちぬ』と発表されました。零戦の設計者、堀越二郎を描いた作品です。堀辰雄の作品と同名ですが、堀越も堀辰雄の『風立ちぬ』主人公と同様、太平洋戦争開戦前後に過労から胸を患い、群馬県藤岡市の自宅で療養しています。それをふまえてのタイトルなんですね。


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    さて、その堀越二郎の代表作である零戦(零式艦上戦闘機)、しかもオリジナルの栄21型エンジンで飛行可能な世界唯一の機体が、現在日本に「里帰り」しています。埼玉県所沢市にある、所沢航空発祥記念館で開催中の「日本の航空技術100年展」の目玉として、12月より展示中。1日・2日には栄エンジンの始動見学会(各日3回、計6回)が開催され、その勇壮な音を響かせました。今回はその様子を中心にお伝えします。

    初日である12月1日、エンジン始動見学会には多数の人が開館前から詰めかけ、各回420枚(計1260枚)の整理券を求めて、行列が記念館を取り囲みます。とにかくものすごい数でした。人が殺到して館の収容限度を超え、危険な状態になった為に整理券配布時間が繰り上げられ、しかもそれがあっという間に無くなってしまったので、配布終了後、まだ整理券があると思って会場に到着した人が、係員に抗議する様子も見られました。

    館外の行列

    今回里帰りした機体は、アメリカ・カリフォルニア州チノにある「プレーンズ・オブ・フェイム航空博物館(Planes Of Fame Aviation Museum=POF)」が所蔵する零戦五二型61-120号。前述の通り、オリジナルの栄21型エンジンで飛行できる世界唯一の零戦であり、世界的にも有名です。尾翼に記された数字は「第二六一海軍航空隊の120号機」を表し、この機体の所属部隊を表しています。

    零戦61-120号側面

    機体銘板によると、零戦五二型61-120号は1943(昭和18)年5月、群馬県の中島飛行機小泉工場(現:パナソニック東京事業所)で製造された、中島第2354号機(三菱製造分と中島製造分は、別々に製造番号が振られている)です。機体の外側には「第5357号」と書かれていますが、これは捕獲(鹵獲)された際に実際の製造機数を敵に知られない為の「欺まん数字」です。撃墜マークは演出で、実際のものではありません。定期的な塗り直しのたび、微妙にパターンが変化しており、かつては国籍章(日の丸)の後ろに二重の山形帯(シェブロン)が描かれていました。現在の航空機登録記号「NX46770」の書体は、日本をイメージしたといわれる「バンブー」が使われています。この書体は、日本に拠点を置く米海軍機の所属表記にも使われているもの。また、主脚格納部などの内装色である「若竹色」の再現もなされていません。

    胴体表記 主脚収納部

    五二型という表記は原型を「一一型」とし、前の数字は機体の仕様変更の回数、後ろの数字はエンジン変更の回数を示したもの(四は「死」に通じるので飛ばして五に)。萱場製作所(現:KYB)製の主脚柱についている製造銘板には「零式2号艦上戦闘機3型」とありますが、これはエンジンを栄21型に変更した零式2号艦上戦闘機(三二型以降)の3番目の型(三二型、二二型に続く)という意味です。海軍では二種類の呼称が使われていました。

    主脚銘板

    製造後、1943年6月に鹿児島基地で編成された第二六一海軍航空隊(通称:虎部隊)に配備。部隊の移動に伴い、千葉県の香取基地から硫黄島を経由して、1944年2月末にサイパン第一基地(後のアスリート飛行場)に進出します。以降、ここを拠点にパラオやペリリュー島などの防衛戦に従事していました。

    1944年6月18日、アメリカ海兵隊がこのサイパン第一基地(アスリート飛行場)を奪取します。この際、他の11機と共に61-120号は鹵獲されました。第二六一海軍航空隊自体は、6月11日のサイパン迎撃戦で8機が出撃し、無事だった3機はサイパンに着陸できずグアムに退避して、以後グアムに拠点を移しています。鹵獲された機体は、何らかの原因で稼働できないものだったようですね。実質的に放棄された機体だった為、ほぼ無傷で米軍の手に渡ったようです。

    米軍の手に渡った機体は4機が再整備され、海軍と陸軍航空隊に2機ずつ研究用として配分されました。海軍所有となった61-120号は、1944年8月23日からメリーランド州のパタクセントリバー基地で、米英の海軍・海兵隊と民間のパイロットによってテスト飛行が繰り返されます。テストパイロットの一員として、ニューヨーク~パリ間無着陸飛行で知られるチャールズ・リンドバーグも、1944年10月18日にこの機体を操縦しています。テスト終了後の1945年1月11日にはサンディエゴのノースアイランド基地に移され、前線兵士の敵機教材用として使用されました。米軍に鹵獲されてから廃用となるまで、190時間あまり飛行しています。

    61-120号は1951年、余剰物資のスクラップとして売りに出されます。それをPOF創設者のエドワード・T・マロニーさんが買い取り、自身が1957年に設立した航空博物館(POFの前身)に展示することになりました。博物館が現在地に移動した後の1973年から飛行可能な状態へと修復を開始し、1978年6月28日に完了。再び空へと舞い戻ったのです。

    過去に、修復完了直後の1978年と1995年の2回、日本への里帰り飛行ツアーを行っており、これが3回目の里帰り。ただ、機体とエンジンの老朽化が激しくなっており、日本への里帰りはこれが最後になるだろうとのこと。

    零戦五二型61-120号

    当初は夏に来日する予定だったのですが、アメリカ政府の輸出(国外への運び出し)許可がなかなか下りず、関係者をやきもきさせました。ようやく10月5日に許可が下り、10月24日にPOFを出発、11月26日に所沢へやってきました。POFでは毎月第1土曜日に「LIVING HISTORY FLYING DAY」という、テーマを決めて所蔵する機体を飛行させるイベントを開催しており、実は12月1日は真珠湾攻撃にちなんだ「日本軍機の日」で、そこで61-120号が飛行する予定になっていたのです。POF側が「東日本大震災の被災者支援の為に」と、予定を変更してこの来日が実現しました。ちなみにPOFの「日本軍機の日」では、九九式艦上爆撃機のレプリカが代わりに飛行したそうです。

    11月26日・27日には、梱包を解いて解説を聞きながら組み立てを見学する、事前申込式の「組み立て見学会」を実施。200人の定員に対し1200人の応募が殺到するという人気で、参加費の3000円は、全額東日本大震災の義援金となりました。

    今回はPOFから3人のスタッフが来日。このうちのスティーブン・ヒントンさんは1995年の里帰りツアーでも来日し、零戦を操縦してP-51Dムスタングと共に日本の空を飛んでいます。「日本の航空技術100年展」の監修者である東大大学院教授、鈴木真二さんも栄エンジンの音を聴くのはこれが初めてということで、感慨深げな表情を見せていました。

    監修の鈴木真二教授

    戦時中は、エンジンカウル下部にクランクハンドルを挿入してエナーシャ(慣性始動機)を回し、規定回転数に達した時点でプロペラ軸に接続(コンタクト)することでエンジンを始動していましたが、修復時に利便性を考えセルモーター(部品の規格が共通なP&W・R-1830ツインワスプのもの)を装着したので、外部にバッテリーをつないで始動させます。台車に載せられたトラック用のバッテリーが接続されるのは、ちょっとシュールな状況でしたが……。

    エンジンカウル

    数回プロペラが回転し、栄が目を覚まします。星形複列14気筒、28リッターの鼓動です。10分ほどの運転でした。

    ▼零戦エンジン始動動画
    http://www.nicovideo.jp/watch/1356074310

    地上運転のみなので、オーバーヒートを防ぐ為カウルフラップは全開位置。アイドリング(1200rpm未満)から離昇出力付近(1700rpm~2000rpm)まで回転数を上昇させます。POFでは貴重な栄エンジンの保護の為、出力を最大でも80%(本来の離昇回転数は2700rpm)に制限して運用しています。個人的な感想ですが、1995年の里帰り飛行で聴いた時よりも、エンジンはよく回っているように感じました。1995年の時は、もう少しバラバラとした音だったので、17年前よりもさらに良く整備されているのでしょう。

    プロペラ回転

    ただ、日本機の欠点と言われているオイル漏れについてはやはり防げず、運転を終えた機体を見ると、プロペラにはガバナー(ピッチ調整機構)から漏れ出たオイルが黒い筋を作り、機体下部のオイルクーラーからもポタポタとオイルが垂れ落ちていました。

    プロペラオイル漏れ

    エンジン始動見学会は各420人の定員制ですが、それ以外の時間帯は自由に見学できます。全国から多くの人が訪れ、1日は約4000人、日曜の2日には約6000人の見学者で賑わいました。

    たくさんの見学者

    その中には、かつて中島飛行機太田工場で生産に従事していた82歳の男性、そして栄エンジンの主任設計者である小谷武夫の娘さんの姿もありました。POFのスタッフも、修復作業で零戦設計者である堀越二郎の助言を受けた経験はあったものの、栄エンジンの生みの親である小谷武夫の親族に会ったのは初めて。彼らも感激していました。零戦は人を呼び寄せるんですね。

    現在は屋内展示に移行していますが、昨年同時期の3倍に及ぶ来館者で賑わっているそうです。「日本の航空技術100年展」は、来年3月31日まで開催中。会期最後となる3月30日・31日には、再びエンジン始動見学会が予定されています。最後となる栄21型のエンジン音を聞きに、所沢へお出かけになってみてはいかがでしょうか。

    操縦席アップ

    「日本の航空技術100年展」サイト
    http://tam-web.jsf.or.jp/spevent/

    (文・写真:咲村珠樹 / 取材協力:所沢航空発祥記念館)

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