8月8日、ブラウザゲーム『艦隊これくしょん ~艦これ~』で、期間限定イベントであるAL作戦とMI作戦が開催されました。
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これはそれぞれ太平洋戦争におけるアリューシャン列島攻撃とミッドウェー島攻撃をモデルにしたものです。
数ある太平洋戦争の海戦の中でも、様々な説が大量に入り乱れているのが、昭和17年6月に発生したミッドウェー海戦であると言えるでしょう。本稿では、それら諸説を参照しながら、ミッドウェー海戦が『艦これ』や映像作品でどう描かれたかを見ていきたいと思います。
尚、本稿の主眼は、『艦これ』及び映像作品でミッドウェー海戦がどう描かれたかを探ることにありますので、この点を御理解戴ければ幸いです。また、私もまだまだ不勉強な点があることを事前にお詫びしておきます。
太平洋戦争で立案されたミッドウェー作戦の概略は以下の通りです。
・空母隼鷹、龍驤を基幹とする第四航空戦隊(角田機動部隊)がアリューシャン列島を攻撃して陽動作戦を行う。
・第一航空艦隊(いわゆる南雲機動部隊。空母赤城、加賀、飛龍、蒼龍、重巡洋艦利根、筑摩、戦艦榛名、霧島、軽巡洋艦長良など)がミッドウェー島を空襲して同島基地の戦闘能力を奪い、誘い出された米空母を叩く。
・後から来た、戦艦大和を中心とする主力部隊が米艦隊にとどめを刺し、陸上兵力がミッドウェー島を占領する。
『艦これ』の期間限定イベントでも、まずは“北方AL海域”に出撃し、同海域クリア後に“MI諸島”に出撃する流れとなっています。『艦これ』公式ツイッターアカウント(@KanColle_STAFF)によればAL作戦は『北方AL海域へ進出せよ!』『陽動作戦!北方港湾を叩け!』の2つのステージによって構成されています。
そして作戦開始時にはゲーム画面に
「提督、AL作戦が発動されました。軽空母を基幹とした機動部隊を編成、AL方面への陽動作戦を敢行してください。
という説明文が表示されます。
同ツイッターによれば「それぞれの作戦に出撃した艦娘(引用者註・艦船を擬人化したキャラクター)は、別正面の作戦には投入できません」とのことで、つまり、北方AL海域に出撃した艦娘はMI諸島に出撃できないし、逆もまた然りということです。
MI諸島に出撃する艦隊については、同ツイッターから引用致しますと、
「機動部隊本隊 (略)航空母艦が2隻以上必要です(最大4隻まで)。また同艦隊には空母兵力の直衛艦として、戦艦や航空戦艦などの大型艦も最大2隻まで編成に組み込むことが可能です。
「随伴護衛艦隊 (略)軽巡1隻及び多数の駆逐艦で構成される水雷戦隊で構成されます。火力支援や索敵の眼として、重巡洋艦や航空巡洋艦を最大2隻まで組み込むことも可能です。
とのことで、史実のミッドウェー海戦における南雲機動部隊(上記参照)の編成と一致しています。
さて、『艦これ』に登場したミッドウェー海戦由来の台詞を見てみましょう。以下の台詞は、今回の期間限定イベントとは関係なく、以前から艦娘が戦闘中に言っていた台詞です。
赤城「装備換装を急いで!」
→後述する、魚雷から陸用爆弾へ、陸用爆弾から魚雷へ、という兵装転換を指しています。セイロン島沖海戦でも同様の事態をやらかしています。
赤城「直上!」
→後述する、米軍の急降下爆撃機の襲撃を指しています。ミッドウェー海戦を描いた映画でも「敵機直上、急降下!」という台詞が(作品によって多少異なるが)出てきます。
赤城「誘爆を防いで!!」
→後述する、赤城が炎上した時の様子を指しています。
加賀「鎧袖一触よ」
→事前の作戦会議で源田實・第一航空艦隊航空参謀が言った言葉。事前の図上演習や作戦会議で問題点を洗い出し、対策を練っていれば、三千人もの将兵の命が失われることもありませんでしたが、見て見ぬふりをしたせいで大惨敗を招くのです。
飛龍「友永隊、頼んだわよ」
→友永とは飛龍の飛行隊長・友永丈市を指しています。ミッドウェー島空襲時に、赤城飛行隊長・淵田美津雄に代わって攻撃隊の隊長を務め、日本側三空母が炎上した後には米空母ヨークタウンを攻撃しました。
飛龍「第二次攻撃の要を認めます」
→ミッドウェー島を空襲した友永隊長が発した電文を指すと思われます。
飛龍「たとえ最後の1艦になっても、叩いて見せます!」
→後述するように、ミッドウェー海戦における飛龍の立場を象徴する台詞です。
利根「バカな!カタパルトが不調だと!?」
→『機動戦士ガンダム』のコンスコンを彷彿とさせる狼狽ぶり。ミッドウェー海戦の敗因(の1つ)として利根のカタパルトの不調を挙げる人もいますが、これについては後述します。
伊168「密かに近づいて、確実に沈めるの」
→飛龍の攻撃によって大破した米空母ヨークタウンにとどめを刺したことを指していると思われます。伊168の活躍についてはテレビアニメ『アニメンタリー 決断』を参照されたい。
この他、6月6日のアップデートで登場した劇伴「飛龍の反撃」という曲名もミッドウェー海戦由来と見てよいでしょう。
いよいよここからが本題です。実際のミッドウェー海戦の様子を見つつ、巷間言われている諸説と、各種映像作品での描写を見ていきたいと思います。
こちらは(PDFファイル『太平洋戦争映画配役 ミッドウェー海戦』 ※ダウンロードすると綺麗に見れます。)、ミッドウェー海戦の関連人物を演じた俳優の一覧表です。表に含んだ映像作品は、ミッドウェー海戦を描いた作品ですが、『トラ・トラ・トラ・』のみミッドウェー海戦を描いた作品ではありません。本稿で紹介する映像作品は基本的にこの表で取り上げた作品です。タツノコプロのテレビアニメ『アニメンタリー 決断』(昭和46年放送)は配役がよく分かりませんので、ミッドウェー海戦の回に登場した軍人に「○」を書きました。
そしていよいよ空前の大作戦の始まりです。
本稿で特に見ていきたいポイントは、特に以下の4点です。
・利根4号機について
・山口多聞の意見具申について
・運命の5分間について
■K作戦
5月末、日本軍はK作戦と称して、飛行艇で真珠湾の米空母を監視する作戦を企図しますが、給油地点に米艦がいたためK作戦は中止されました。K作戦の中止はミッドウェー作戦の前提条件を根底から覆すものでしたが、南雲機動部隊には知らされませんでした。このことが後で南雲機動部隊の判断を狂わせる一因になります。
アメリカ映画『ミッドウェイ』ではK作戦中止を南雲機動部隊に知らせない場面があり、『太平洋の嵐』でも小野寛治郎・第一航空艦隊通信参謀(演・宝田明)がK作戦中止を知らずに発言する場面があります。
■アリューシャン列島空襲
現地時間6月3日午前5時40分、空母龍驤の攻撃隊と隼鷹の零戦がアリューシャン列島のダッチハーバーに襲来。いよいよ大作戦の火蓋が切って落とされました。
このアリューシャン列島空襲はミッドウェー海戦の一構成要素ではありますが、映像作品で描かれることはありませんでした。唯一、アメリカ映画『ミッドウェイ』で、アリューシャン列島の空爆が開始されたとの報告が入る場面のみあります。
■ミッドウェー島空襲
現地時間6月4日午前4時30分、友永大尉率いる第一次攻撃隊は、ミッドウェー島を空襲するため発進。この時、赤城と加賀は九九艦爆の殆どを発進させ、逆に飛龍と蒼龍は九七艦攻の殆どを発進させました。
アメリカ映画『ミッドウェイ』では、艦攻・艦爆という用語は使っていないものの、第二次攻撃隊について、赤城と加賀の航空機には魚雷を装備させて待機させ、飛龍と蒼龍の航空機には爆弾を装備させて待機させる、と源田航空参謀が言っていました。
■利根4号機
同時に索敵機も発進しましたが、利根の4号機は発進が30分遅れてしまいます。これについてはカタパルトが故障したからだという説と、そうではないという説がありますが、ミッドウェー海戦を描いた映像作品はどれもみなカタパルト故障説を取っています。
『艦これ』では利根が「バカな!カタパルトが不調だと!?
と言っていますが、何と8月8日に、パワーアップしたバージョンの利根に新たな台詞が与えられました。その台詞とは
「この時のために、カタパルトは整備したのじゃ!
というものです。個人的には、『艦これ』がミッドウェー海戦をどう描いたかに注目する時、最大の見所がこの台詞だと思います。
■第二次攻撃隊の要ありと認む
現地時間午前7時00分、ミッドウェー島を空襲し終えた友永大尉は、空襲の効果不充分と判断し、「第二次攻撃隊の要ありと認む」と電文を送ります。『艦これ』で飛龍が言っているのがこれです。
この時点で、赤城と加賀は九九艦爆が殆ど出撃しているので九七艦攻が残っており、逆に飛龍と蒼龍は九七艦攻が殆ど出撃しているので九九艦爆が残っていました。
この時、索敵機は米空母を発見していないことから、南雲忠一・第一航空艦隊司令長官は、近海に米空母はいないと判断。また『太平洋の嵐』『連合艦隊司令長官 山本五十六』(昭和43年版)では明後日のミッドウェー島上陸までにミッドウェー基地の戦闘能力を奪わなければならないと赤城の司令部が焦る場面が描かれています(但し『太平洋の嵐』の台詞では明日と言っている)。
そして現地時間午前7時15分、南雲長官は、ミッドウェー島に第二次攻撃隊を発進させるため、米空母出現に備えて魚雷を装備していた赤城と加賀の九七艦攻に対して、陸用爆弾への兵装転換を命じます。『艦これ』で赤城が言っている「装備換装を急いで!」というシチュエーションはミッドウェー海戦で2回出てきますが、そのうちの1回目です。
■米艦隊発見
現地時間午前7時28分、利根4号機が「敵らしきもの10隻見ゆ」と報告。『太平洋の嵐』では草鹿龍之介・第一航空艦隊参謀長が「敵らしきものじゃ分からん!」と苛立っています。
現地時間午前7時45分、南雲長官は、「敵艦隊攻撃準備、攻撃機雷装、其の儘」即ち赤城と加賀の九七艦攻に兵装転換の中断を指示。魚雷から陸用爆弾への兵装転換は30分間しか行なわれていないことから、陸用爆弾の装備は一部の九七艦攻しか完了しなかった模様です。
現地時間午前8時20分、利根4号機は、米艦隊が巡洋艦5隻、駆逐艦5隻だと報告。
『連合艦隊司令長官 山本五十六』(昭和43年版)では、この報告を受信したため、近海に米空母はいないと判断し、魚雷から陸用爆弾に兵装転換する命令を発したことになっていますが、これは史実とは順番が異なっています。
一方、『太平洋の鷲』では草鹿参謀長が「しかしおかしいなあ。空母も連れずにノコノコ出てくるのは」、『軍神山本元帥と連合艦隊』でも草鹿参謀長が「しかし空母が伴わないで来るような、そんな馬鹿な
、『太平洋の嵐』では山口多聞・第二航空戦隊司令官が「しかしおかしいな。空母を伴わずに敵艦隊が出てくる筈は。空母を伴わずに」と利根4号機の報告に疑問を呈しています。
■敵はその後方に空母らしきもの一隻を伴う
現地時間午前8時30分、利根4号機は、「敵はその後方に空母らしきもの一隻を伴う
と報告しました。
ここで、利根4号機に対する評価が分かれています。即ち、
・「利根4号機の発進が30分遅れたせいで、米空母の発見が遅れ、敗因の1つになった」説
・「利根4号機は、発進が30分遅れたおかげで米空母を発見できた」説
・「筑摩の索敵機が米空母の上空を通過したのに発見できなかったのがいけない」説
各種映像作品はみんな「利根4号機の発進が30分遅れたせいで、米空母の発見が遅れ、敗因の1つになった」説を取っています。
■直ちに攻撃隊発進の要ありと認む
さて、米空母を発見した南雲機動部隊は決断を迫られますが、ここがミッドウェー海戦で最も注目を集める瞬間であります。山口司令官は南雲長官に「直ちに攻撃隊発進の要ありと認む」と意見具申しますが、これについても諸説入り乱れています。
・「空母の飛行甲板を破壊すれば使用不能になるから、飛龍と蒼龍の九九艦爆36機と、陸用爆弾を装備し終えた赤城と加賀の九七艦攻数機を米空母に向けて発進させるべきだった」説
・「この時点では攻撃隊に護衛の零戦を付けられないから、もし山口司令官の意見を採用していたら、史実より死者が増えていた」説
・「そもそもこの時点では直ちに攻撃隊を発進させるのは不可能だった」説
読売新聞の連載記事『昭和時代』でミッドウェー海戦を取り上げた時は、山口の意見を高く評価していましたし、映画『永遠の0』では赤城の零戦パイロット(演・岡田准一)が、空母は飛行甲板を破壊すれば使用不能になるから陸用爆弾で攻撃すべきだと主張していました。
ただ、実は米軍が撮影した写真により、飛龍と蒼龍の飛行甲板には九九艦爆が並んでいなかったそうなので、山口司令官が言うような、直ちに攻撃隊を発進、というのは不可能だったようです。
その理由としては、既に南雲機動部隊は米軍の航空隊による度重なる空襲を受けており、上空直衛の零戦が発艦と着艦、及び燃料・弾薬の補給を繰り返していたからです。このため、南雲機動部隊の空母の飛行甲板に、艦攻・艦爆を並べる余裕はなかったと聞きます。
同じ頃、ミッドウェー島を空襲した第一次攻撃隊が母艦上空まで帰ってきていました。第一次攻撃隊の燃料は尽きかけており、第二次攻撃隊の発進を優先させれば、第一次攻撃隊は海水に不時着するのが確実でした。
零戦は上記の通り、第一次攻撃隊と上空直衛に参加しており、もし第二次攻撃隊を発進させても護衛の零戦をつけるのが困難でした。護衛の戦闘機なしで艦攻・艦爆が発進すれば、多数の死者が出ることは目に見えていました。
以上のような事情から、南雲長官は山口司令官の意見を採用せず、第一次攻撃隊の収容を優先します。その間に飛龍と蒼龍の九九艦爆には対艦用爆弾を揚弾させ、赤城と加賀の九七艦攻のうち既に陸用爆弾を装備してしまったものに再び魚雷を装備させることにしました。そして、護衛の零戦、魚雷を装備した九七艦攻、対艦用爆弾を装備した九九艦爆が揃った上で米空母を攻撃することになったのです。
このため、赤城と加賀の九七艦攻の一部は、魚雷から陸用爆弾に兵装転換して更に陸用爆弾から魚雷に兵装転換する羽目になりました。『艦これ』で赤城が言っている「装備換装を急いで!」という台詞は緊迫した口調ですが、この赤城の焦った口調が、ミッドウェー海戦における2度目の兵装転換の様子を物語っています。
■南雲長官の決断
では、各種映像作品でこの場面がどのように描かれたかと言うと、『太平洋の鷲』でも『連合艦隊司令長官 山本五十六』(昭和43年版)でも、赤城の司令部で、陸用爆弾で米空母の飛行甲板を破壊すべきだという意見と、第一次攻撃隊が帰ってきているし護衛の戦闘機も付けられない、魚雷の方が有効だ、という意見が対立し、最終的に、南雲長官が、護衛の零戦を付けられない点を最も重視し、決断を下すという流れになっています。『太平洋の嵐』でも南雲長官は護衛の零戦を付けられない点を重視して決断を下しています。
『軍神山本元帥と連合艦隊』では他の映画ほどの議論はされていませんが、やはり南雲長官は護衛の零戦を付けられない点を重視しています。『軍神山本元帥と連合艦隊』は、「陸用爆弾よりも魚雷の方が有効」という台詞が全く出てこない点が大きな特徴となっています。
アメリカ映画『ミッドウェイ』では、第一次攻撃隊の燃料が残りわずかであることが主要な理由として描かれていました。
尚、このタイミングで飛龍と蒼龍の艦爆機に言及した映像作品が『太平洋の鷲』と『軍神山本元帥と連合艦隊』の2作品です。しかも『軍神山本元帥と連合艦隊』ではちゃんと36機とまで言っています。1950年代の時点で、映画の作り手は南雲機動部隊の状況を結構正確に把握していたことが窺えます。
『連合艦隊』では、赤城の司令部で2つの意見が対立するところまでは上記の作品と同じですが、草鹿参謀長による「空母は魚雷で、魚雷で叩くべきです!」という台詞が強調され、南雲長官は護衛の零戦を付けられない点について何も言いませんでした。『連合艦隊』の本篇監督は『太平洋の嵐』と同じ人で、脚本家は『連合艦隊司令長官 山本五十六』(昭和43年版)と同じ人なのですが、どうしてこうなったのでしょうね。
一方、『太平洋の嵐』では山口司令官が「3機でも5機でもいい、付けられるだけの戦闘機を付けて」陸用爆弾で米空母を叩くことを主張し、『アニメンタリー 決断』では山口司令官が第一次攻撃隊を収容せずに陸用爆弾で米空母を叩くことを主張しました。
因みに『艦これ』では、護衛の戦闘機が艦攻・艦爆にとってどれほど重要かを分かりやすく表現しています。
■敵機直上、急降下!
現地時間午前10時20分台、米空母から発進した急降下爆撃機が赤城、加賀、蒼龍に殺到しました。『艦これ』で赤城が言っている「直上!」という台詞はこの時の様子を表しています。各種映像作品でも空母乗組員が「敵機直上、急降下!」(作品によって若干違うが)と叫んでいます。この急降下爆撃により、瞬く間に赤城、加賀、蒼龍は爆発炎上しました。
急降下爆撃が大成功した理由は、上空直衛の零戦が米雷撃機との戦闘で低空に降りており、高空がガラ空きになっていたためです。映画『永遠の0』では赤城の零戦パイロットが「囮だったのか!!」と悔しがる場面がありました。結果的に囮になったというだけで、わざと雷撃機を囮にした訳ではないとは思いますが。
アメリカ映画『ミッドウェイ』では、上空直衛の零戦が低空に降りた理由として、雷撃機と戦ったという理由の他に、生存者を捜していたから、という理由が語られていました。アメリカ映画なのに日本の軍人がいい人に描かれていますね。
■誘爆を防いで!
日本側空母が炎上してしまった理由の1つとして、魚雷から陸用爆弾に兵装転換して更に陸用爆弾から魚雷に兵装転換したため、陸用爆弾が床に散乱しており、それら陸用爆弾に誘爆したからだ、とよく言われます。
『アニメンタリー 決断』では、床に散乱した陸用爆弾がわざわざ画面に映し出されているぐらいで、『艦これ』でも赤城が「誘爆を防いで!」と必死に訴えています。『太平洋の鷲』では、台詞が早口でよく聞き取れませんが、「魚雷を移動する時間がない
と言っているようで、魚雷に誘爆する様子がアップで映し出されています。
■運命の5分間
さて、この三空母炎上については、よく取り沙汰される有名な伝説があります。それは通称「運命の5分間」と呼ばれるもので、海軍軍人の著書、即ち、淵田美津雄と奥宮正武の共著、及び草鹿龍之介の著書に出てくる話で、要約すると以下のようなものです。
「第二次攻撃隊は飛行甲板に上げられ、発進準備が完了していた。戦闘機の1機目が発進したタイミングで敵急降下爆撃機が襲いかかってきた。あと5分間あれば第二次攻撃隊が全機発進できた」
これはかなり有名な伝説なのですが、後世の研究により、事実ではないことが明らかになっています。
各種映像作品では、日本側空母から航空機が発進しようとするタイミングで米急降下爆撃機が襲いかかっていますが、実はこれは史実を或る程度反映しています。というのも、赤城から上空直衛の零戦が1機飛び立ったところで赤城に米急降下爆撃機が襲いかかっているからです。
『連合艦隊司令長官 山本五十六』(昭和43年版)『アニメンタリー 決断』では赤城から九七艦攻1機が発進したタイミングで、アメリカ映画『ミッドウェイ』では加賀から航空機が1機発進したタイミングで米急降下爆撃機が襲いかかっています。『太平洋の嵐』では飛龍から九七艦攻が発進しようとしたら米急降下爆撃機が襲いかかってきたので九七艦攻は空に飛び立てず海に落下してしまいました。
「運命の5分間」の真相は、あと5分間で第二次攻撃隊が全機発進するというのは事実ではないが、赤城の上空直衛の零戦が1機飛び立ったタイミングで米急降下爆撃機が赤城に襲いかかってきたのは事実、ということのようです。
各種映像作品を見ると、ミッドウェー海戦の場面でほぼ必ず「もう5分です!」といった類の台詞が登場していますが、よく見ると、作品によって台詞のニュアンスが異なっていることが分かります。
■もう5分です!
『太平洋の鷲』では草鹿参謀長が「もう5分で全機発艦終わります」と航空機の状況を見ずに言っています。「運命の5分間」伝説を採用している訳ですが、昭和28年に製作されたことが原因でしょう。
『軍神山本元帥と連合艦隊』では草鹿参謀長が「もう5分で攻撃機隊全機、発艦準備を終了します
と言っています。『太平洋の鷲』とは台詞の意味が異なることに注目されたい。昭和31年の時点で既に「運命の5分間」伝説を忠実には再現していないことが分かります。
『太平洋の嵐』では、飛龍の川口隘・飛行長(演・平田昭彦。因みに飛行長と飛行隊長は別の役職)が「もう5分で発艦準備終わります」と言っていますが、その後の場面で「発艦準備よし!」と報告しています。この場面では飛龍の飛行甲板上で航空機のプロペラが回っていました。
『連合艦隊司令長官 山本五十六』(昭和43年版)では、草鹿参謀長が艦橋から飛行甲板を見下ろしたところ、航空機のプロペラが回り始めていたので「あと5分で発進準備が終わります」と南雲長官に報告するシチュエーションとなっています。同作のタイトルクレジットでは、参考資料として淵田美津雄と奥宮正武の名前が挙げられているのですが、デアゴスティーニの『東宝・新東宝戦争映画DVDコレクション』によれば、件の「運命の5分間」が記された本が参考資料にされたそうです。
『アニメンタリー 決断』では、飛龍で山口司令官の隣にいた人が、赤城、加賀、蒼龍の惨状を目の当たりにし、「あと5分敵が来なかったら、こんなやられ方はしなかったのに!」と悔しがっています。同作では、米急降下爆撃機の襲来は第二次攻撃隊が発進しようとしたタイミングだったとしています。
アメリカ映画『ミッドウェイ』では、兵装転換が完了し、南雲長官が全機発進を命じたタイミングでした。特に5分間という台詞は出てきません。
『連合艦隊』では、赤城の飛行甲板から「あと5分間で作業は終わります」という報告がもたらされます。文脈的に第二次攻撃隊発進準備を指すんじゃないかと思うのですが。
■南雲機動部隊と合流せよ
現地時間11時20分、山本五十六・聯合艦隊司令長官は、アリューシャン列島に行っている角田機動部隊(龍驤、隼鷹基幹)に対して南雲機動部隊と合流するよう命令を下しますが、アリューシャン列島とミッドウェー島では距離が離れすぎていて無理でした。『艦これ』で艦娘がAL作戦とMI作戦の片方にしか参加できない設定になっているのは、この辺りの史実を反映していると言えるでしょう。
■我、今より航空戦の指揮を執る!
さて、赤城、加賀、蒼龍は爆発炎上してしまいましたので、ミッドウェー近海における日本側空母は飛龍だけになってしまいました。ここから、飛龍の孤軍奮闘が始まるのです。『艦これ』で飛龍が言っている「たとえ最後の1艦になっても、叩いて見せます!」という台詞は、この時の状況を表しています。『艦これ』において6月6日のアップデートで登場した劇伴「飛龍の反撃」の曲名も、この時の状況が元ネタでしょう。
飛龍の孤軍奮闘ぶりは、日本製実写映画では、飛龍を主役に据えた『太平洋の嵐』は勿論のこと、『太平洋の鷲』『軍神山本元帥と連合艦隊』『連合艦隊司令長官 山本五十六』(昭和43年版)でも描かれています。『アニメンタリー 決断』のミッドウェー海戦の回では、日本側三空母炎上までで1話使い、飛龍の孤軍奮闘ぶりで1話使っています。アメリカ映画『ミッドウェイ』も飛龍の孤軍奮闘ぶりに多くの時間を割いて描写しています。
『太平洋の嵐』では山口司令官が以下のような信号を発信するのでありました。
「我、今より航空戦の指揮を執る!」
飛龍の航空隊は、現地時間午前11時20分に小林道雄大尉率いる艦爆隊が米空母ヨークタウンに爆弾を命中させ、現地時間午後2時30分に友永大尉率いる艦攻隊がヨークタウンに魚雷を命中させます。『艦これ』で飛龍が言っている「友永隊、頼んだわよ!」という台詞は、友永隊がミッドウェー島を空襲したことを表す台詞と言うより、ヨークタウンを攻撃したことを表す台詞と解釈する方が、より飛龍の台詞として相応しいのではないでしょうか。
尚この時の、友永大尉が片側の燃料タンクだけで発進し、ヨークタウンに突っ込む描写は『太平洋の鷲』『太平洋の嵐』『アニメンタリー 決断』『ミッドウェイ』に登場します。
日本側は、爆弾を命中させた米空母と魚雷を命中させた米空母は別の空母だと判断しましたが、実は両方ともヨークタウンでした。この辺りの誤解は『アニメンタリー 決断』『ミッドウェイ』で描かれています。
友永大尉がヨークタウンに突っ込む史実は各種映像作品で頻繁に描かれていますが、小林大尉が実名で登場する映像作品は『アニメンタリー 決断』『ミッドウェイ』の2作品だけで、特に実写映画に限るとアメリカ映画『ミッドウェイ』だけということになります。アメリカの映画人が日本の軍人に敬意を表していることが窺えます。
■ミッドウェー海戦の終了
現地時間午後5時30分、薄暮攻撃を企図していた飛龍も米機の攻撃を受け炎上。その夜、山本長官は遂にミッドウェー作戦中止を決定しました。
現地時間6日、潜水艦伊168が大破したヨークタウンを発見、9時間程機会を窺った後、魚雷を命中させ、現地時間7日にヨークタウンは沈没しました。『艦これ』で伊168が言っている「密かに近づいて、確実に沈めるの」という台詞は、ヨークタウンを撃沈した時の様子を語っているものと思われます。『アニメンタリー 決断』は飛龍の孤軍奮闘ぶりで1話使っていますが、伊168の活躍でも1話使っています。
■まとめ
ここまで、『艦これ』や他の映像作品も交えてミッドウェー海戦の経過を見てきました。最後に、『艦これ』から赤城の台詞を引用し、論評を加えたいと思います。
「この勝利に慢心しては駄目。索敵や戦線を大事にしないと・・・って、頭の中で何かが・・・」
ミッドウェー海戦敗戦の原因は沢山ある訳ですが、世間でよく言われるのが、南雲機動部隊に驕り、慢心があった、ということです。
ミッドウェー海戦の2箇月前、セイロン島沖海戦において、敵基地と敵艦隊の二兎を追った上での魚雷と陸用爆弾の兵装転換、索敵の不徹底、防空体制の不備が露呈していたにも拘らず、急降下爆撃の大成功に気を取られて南雲機動部隊はセイロン島沖海戦の戦訓を活かしませんでした。結局、ミッドウェー海戦においてセイロン島沖海戦と全く同じ過ちを繰り返すことになります。
また、ミッドウェー海戦前の作戦会議において、敵の航空隊が襲いかかってきたらどうするのかという問いが発せられた時、源田航空参謀は「鎧袖一触」と言って問題にしなかったのも、驕りの表れと言えるでしょう(この台詞は『艦これ』では加賀が言っています)。
『連合艦隊』ではナレーターが「連戦連勝の驕り」と言っていますし、『太平洋の鷲』でも『連合艦隊司令長官 山本五十六』(昭和43年版)でも赤城の司令部のせいでミッドウェー海戦に負けたかのような描かれ方をしています。
赤城の司令部に責任があるのは勿論ですが、南雲機動部隊の慢心だけでミッドウェー海戦を片付けるのは不充分なのではないでしょうか。
というのも、南雲機動部隊は不安を抱えており、聯合艦隊司令部にミッドウェー作戦の延期を求めていたそうです。理由は「搭乗員、乗組員に疲労が溜まっていたこと」「人事異動があったので訓練の必要があったこと」「空母翔鶴と瑞鶴が参加可能になるのを待つため」だそうです。しかし延期の申請は聯合艦隊司令部によって却下されてしまいます。上層部が現場に無理を押し付ける構図と言えます。空母4隻でミッドウェー島空襲、米空母撃滅、上空直衛の3つを同時に行うのは極めて困難だったのです。
このことは、事前の図上演習でミッドウェー島を攻撃している時に突如出現した米空母によって加賀が撃沈される場面があったことから、容易に予想できたことですが、聨合艦隊参謀長によって加賀は沈没しなかったことにされてしまいました。
実は、ミッドウェー作戦時に南雲機動部隊が翔鶴と瑞鶴を欠いていたことに明確に言及した映像作品は『連合艦隊』だけです。同作では、宇垣参謀長が草鹿参謀長に「但し瑞鶴と翔鶴はこの作戦から外す。(略)空母4隻じゃやれんと言うのか?」と通告しています。
『連合艦隊』は、ナレーターが南雲機動部隊に驕りがあったと指摘していますが、登場人物の台詞に注目すると、上記の台詞や、聯合艦隊旗艦の大和が米空母出現の徴候を掴んでいたのに南雲機動部隊に教えてあげなかったことなど、聯合艦隊司令部が南雲機動部隊に冷淡な様子をはっきりと描いています。
長々と見てまいりましたが、ミッドウェー海戦敗戦の責任が南雲機動部隊にあることは言うまでもありません。しかし一方で、聯合艦隊司令部は現場の南雲機動部隊に無理を押し付けており、聯合艦隊司令部の責任も大きい。それにも拘らず、映像作品におけるミッドウェー海戦の場面では、赤城の司令部”だけ”が悪いというような描かれ方が散見されます。
その理由は、実写映画もテレビアニメ『アニメンタリー 決断』も山本五十六または山口多聞を主役に据えているため、「山本五十六は悪くなかった」「山口多聞は悪くなかった」という描かれ方になり、表裏一体の関係として、「赤城の司令部が悪い」という描かれ方になることが考えられます。それではミッドウェー海戦から得られる教訓を見落としてしまうでしょう。
本稿を締め括るにあたり、『太平洋の嵐』よりミッドウェー海戦後のシーンを引用したいと思います。
聯合艦隊司令部からは炎上する飛龍の処分命令が下りますが、飛龍の中には多くの乗組員がまだ生存していました。魚雷を発射する駆逐艦巻雲で喇叭が鳴らされると、画面は炎上する飛龍の艦内に切り替わり、喇叭の音色を背景にして飛龍乗組員達の姿が描かれます。そして巻雲は魚雷を発射し、飛龍は沈没します。沈没した飛龍の艦橋には、兵士の霊が歌う軍歌が響き、山口司令官と加来艦長の霊が今後の人命の損失を憂えるのでした・・・。
太平洋戦争で亡くなられた戦歿者に哀悼の意を表し、本稿を終わります。
【追記】
本稿執筆中の7月28日、『ミッドウェイ』で南雲長官を演じた俳優であり歌手でもあるジェームズ繁田さんがお亡くなりになりました。謹んで哀悼の意を表します。
※画像は『艦隊これくしょん~艦これ~』より。
(文:コートク)