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江戸の市民が楽しんだパワースポット「東国三社巡り」と2つの要石

update:

 江戸時代には「お伊勢参り」のほか、さまざまな信仰の旅がありました。その中でも江戸の人々が小旅行気分で楽しんだものに、香取神宮(千葉県)と鹿島神宮(茨城県)、そして息栖神社(茨城県)を船で参拝して回る「東国三社巡り」という旅があります。お伊勢参りの仕上げとしても親しまれた、東国三社巡りを体験してみました。
(※取材は2021年11月に行いました)

  • ■ 香取神宮と鹿島神宮の歴史と東国三社巡り

     1000年以上の歴史がある香取神宮(下総国一宮)と鹿島神宮(常陸国一宮)は、古くから対の神社として捉えられてきました。

     香取神宮の祭神であるフツヌシノカミと、鹿島神宮の祭神タケミカヅチノカミは、古事記や日本書紀に記された「国譲り神話」においてオオクニヌシノカミと対峙した高天原の神で、武神としての性格を有しています。

     江戸時代に始まった利根川の東遷事業が始まる以前、約1000年前の奈良~平安時代において、千葉県の銚子から茨城県の霞ヶ浦周辺は「香取海」と呼ばれる大きな内海になっていました。香取神宮と鹿島神宮はその両岸に位置し、香取海における門番のような存在になっていたようです。

     今では銚子に河口を付け替えられた利根川水系からの土砂が堆積したり、干拓事業で埋め立てられたりしたため、香取海があったとは思えないほど陸地が広がっています。しかし、香取神宮と鹿島神宮は周囲より高い台地に位置していることから、昔の様子を想像できるかもしれません。

    鹿島神宮・香取神宮・息栖神社の位置関係

     平安時代に成立した「延喜式神名帳」で、伊勢のほかに「神宮」の社号で呼ばれていたのは、香取神宮と鹿島神宮だけとなっています。このことからも古来、人々の信仰を集めていたことが分かりますが、江戸から川伝いに船で参拝できることから、ちょっとした小旅行気分で香取・鹿島の両神宮と息栖神社に参拝する「東国三社巡り」が、江戸時代の人気レジャーとして親しまれていました。

    ■ 鹿島神宮へ参拝

     江戸時代の東国三社巡りでは、香取神宮・息栖神社・鹿島神宮の順で参拝していたのですが、古くからの「鹿島立ち」という言葉から、まずは鹿島神宮へ向かいましょう。鉄道ならばJR鹿島線の鹿島神宮駅が最寄駅、また鹿島神宮のすぐ近くには高速バス乗り場があり、東京駅からのアクセスはバスの方が便利です。

     鹿島神宮は中臣氏、また中臣鎌足を祖とする藤原氏が氏神として信仰している神社。「鹿島鳥居」と呼ばれる形の大鳥居は、石造のものが2011年の東日本大震災で倒壊したため、境内の杉を用いて2014年に再建されました。

    鹿島神宮の大鳥居

     本殿と拝殿は、徳川二代将軍秀忠の寄進によるもの。1619(元和5)年に完成し、現在は国の重要文化財となっています。

    鹿島神宮の拝殿

     本殿・拝殿から続く奥参道は、祭神タケミカヅチノカミの荒御魂が祀られた奥宮へと続いています。その途中にあるのが鹿園。

    鹿島神宮の鹿

     国譲り神話で、鹿の神であるアメノカクノカミが使いとして派遣されたことから、鹿は神の使いとして大事にされており、奈良時代に鹿島神宮から奈良の春日大社へとタケミカヅチノカミが分霊された際、神様が白鹿に乗って移動したという逸話も残ります。鹿島神宮の鹿は一旦絶えてしまったのですが、かつて鹿島から移動した春日大社の鹿が分けられ、現在の鹿園で暮らしています。

     奥宮の社殿は1605(慶長10)年、徳川家康が関ヶ原の戦勝記念に寄進したというもので、かつての本殿でした。秀忠が現在の本殿・拝殿を寄進する際、曳家によって現在地まで移動したといいます。

    鹿島神宮の奥宮(工事前)

     現在、鹿島神宮では2026年に斎行される12年ごとの大祭「御船祭」に先立ち、社殿の修繕工事が進められています。この影響で、奥宮は2022年半ばまで工事用のシートで覆われており、祭神であるタケミカヅチノカミの荒御魂は、本殿・拝殿の向かいに位置する仮殿に移されているので注意が必要です。

    現在の鹿島神宮奥宮

    ■ 鹿島神宮のパワースポット「要石」と「御手洗」

     奥宮の裏手にあるのが、有名な「要石」。地中で暴れる大ナマズを押さえているとされる石です。

    鹿島神宮の要石

     要石は、地表に出ている部分の直径が20cm前後といった大きさで、真ん中がへこんでいます。しかし、地中深くまで続いており、水戸藩二代藩主で「水戸黄門」の名でも知られる徳川光圀が、好奇心から要石の大きさを確かめようと掘らせたところ、7日7晩を費やしても先端まで到達しなかった、という逸話が残ります。

    鹿島神宮の要石は真ん中にへこみがある

     鹿島神宮の中でも、このところパワースポットとして知られるのが「御手洗(みたらし)」。奥宮の正面から坂を下った先に位置していますが、古くはこちらが表参道だったといいます。

    鹿島神宮の御手洗

     御手洗は、鹿島神宮に参拝する人が潔斎(神前に進む前に心身を清める儀式。みそぎ)する場所として作られたもの。すぐそばから湧出する水が絶えず流れ込んでいるため、非常に澄んだ池となっています。

    御手洗の水源である湧水

     現在はここでの潔斎をせず、手水舎で手と口を清める簡略化された作法で参拝するため、普段この御手洗は使われていません。しかし年始の際だけは別で、200名もの人々がここで大寒禊(寒中禊)をしています。

    年始には寒中禊が行われる

    ■ 息栖神社とパワースポット忍潮井

     鹿島神宮を後にして、次の神社へ。かつて船で東国三社巡りをしていた際は、鹿島神宮と香取神宮を隔てる浪逆浦を横断していたのですが、その中間点にあたる「息栖の津」にあるのが茨城県神栖市の息栖神社です。

    息栖神社

     息栖神社は現在地に遷座して1200年以上という歴史ある神社。息栖の地名は「おきす(沖洲)」から転じたとされ、ちょうど浪逆浦の中洲だった場所にあります。江戸時代に東国三社巡りをした人は、ここで一旦小休止をしたんだとか。

    息栖神社の拝殿

     一時は鹿島神宮の摂社という扱いを受けていた時期もあり、両神宮に比べるとちょっと地味な印象もある神社ですが、ここの祭神は「国譲り神話」において、タケミカヅチノカミとフツヌシノカミを道案内したアメノトリフネノカミという神様。神様の乗る船の神格化と考えられており、航路安全の神としても知られています。

     この息栖神社では、利根川の支流(かつての浪逆浦)に面した場所に立つ鳥居の左右にある「忍潮井(おしおい)」という泉がパワースポットとして有名です。この辺りは海水と川からの真水が入り混じる汽水域に位置しているのですが、ここから湧き出ているのは清水(真水)とのこと。

    息栖神社一の鳥居と忍潮井

     大きめの鳥居が立っている方が「男瓶(おがめ)」、小さめの鳥居がある方は「女瓶(めがめ)」といい、男性が女瓶の、女性が男瓶の水を飲むとその2人は結ばれるとの言い伝えもあるんだとか。現在はここの水を直接飲むことはできないとのことですが、境内の手水舎奥にある湧水は忍潮井と同じ清水で、お水取りができるそうです。

    男瓶
    女瓶

     息栖神社と鹿島神宮との関係を示しているのが、境内の灯籠。鹿島神宮で神の使いとされている鹿の姿が見えます。

    鹿が彫られた息栖神社の灯籠

    ■ 香取神宮へ参拝 鹿苑と練習艦かとりの錨も

     息栖神社から利根川を渡り、千葉県へ。香取神宮へ参拝します。公共交通機関ではJR成田線の香取駅が最寄駅なのですが、無人駅の上そこから徒歩30分(約2km)と道に迷いやすいので、隣の佐原駅からタクシー、もしくは東京駅から鉾田駅行きの高速バスを利用し、香取神宮前で下車するのが一般的です。

    香取神宮の大鳥居

     黒漆塗り檜皮葺の本殿と拝殿は1700(元禄13)年、徳川幕府によって造営されたもの。1977年には国の重要文化財に指定されています。

    香取神宮の拝殿

     実は香取神宮にも、神様の使いとして鹿がいることをご存知でしょうか。本殿の裏手を進んでいくと、鹿島神宮よりもこじんまりとした鹿苑があります。境内案内を見ると、鹿島神宮では「鹿園」ですが、香取神宮では「鹿苑」の表記となっています。

    香取神宮の鹿苑
    鹿が彫られた香取神宮の石燈籠

     また、拝殿の横にある大きな錨は、海上自衛隊の練習艦かとりのもの。旧海軍の時代から練習艦は香取神宮と鹿島神宮にちなんで命名されており、旧海軍の練習巡洋艦香取と鹿島、そして海上自衛隊初の専用練習艦として1969年に就役したのが「かとり」です。

    練習艦かとりの錨

     練習艦かとりは、幹部候補生学校を卒業した初任幹部の実習訓練で世界中を航海し、1998年に退役。1995年に就役した後継の練習艦かしまにその任を託しました。この錨は退役にあたり、ゆかりの香取神社に奉納されたものです。

    ■ 香取神宮にもある要石

     鹿島神宮の要石は有名ですが、香取神宮にも要石が存在します。現在の主要な参拝ルートから離れているため分かりにくくなっていますが、大鳥居前の駐車場横から坂を登っていく旧表参道からアクセスすることができます。

    香取神宮の要石

     香取神宮の要石は、鹿島神宮が表面にへこみがあるのに対し、盛り上がった形。凹凸で対となっていることが分かります。2つの要石で、大ナマズの頭と尾を押さえているという話も。

    香取神宮の要石は盛り上がった形

     こちらも鹿島神宮同様、水戸黄門こと徳川光圀がどこまで続いているのか掘らせたところ、7日7晩経っても先端を見極めることができなかった、との逸話が残っています。どちらも掘ってみようと考えるあたり、光圀の好奇心旺盛な面がうかがえます。

     江戸時代では数日がかりの旅行だった東国三社巡りですが、現代では車を使うと1日で回り切ることも可能。初詣で一気に巡拝してみると、より充実感のあるものになるかもしれませんよ。

    <参考>
    鹿島神宮公式サイト
    息栖神社公式サイト
    香取神宮公式サイト
    春日大社公式サイト

    (咲村珠樹)

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