アール・ヌーボーやアール・デコの作品に代表されるように、昆虫はアクセサリーなどのモチーフとして用いられることのある生き物。その身体形状は多岐にわたり、クリエーターの美的センスを刺激する存在です。

 そんな昆虫をリアルに映し取った、グラスアート作品を作っているのは、つのだゆきさん。「硝子昆虫」と名付けられた一連の作品について、話をうかがいました。

 硝子昆虫作家のつのだゆきさんは、意外にも虫が苦手だったのだそう。その意識が転換したきっかけは、美大での卒業制作でした。

 卒業制作のテーマとして「気持ちが悪いものを作りたかった」というつのださん。「私の中で一番嫌悪感を抱くものが『昆虫が密になっている』というものだったため、実物大に近いアリやハチなどをリアルに作れるガラスを使い、作り始めました」と、作品誕生のきっかけを語ってくれました。

 それまでガラス細工の経験はなく「アリを作るためだけにガラスを始めました」という状態で、モチーフに取り組んでいったそう。リアルに表現するためには、対象の徹底的な観察が必要です。

 冷静にモチーフの昆虫を細部まで見ていくうち、いつしか「この昆虫はここが面白い形をしている、こういう習性がある、何を食べてどこに住んでいるのか……と知っていくうちに、だんだん面白くなってきました」と、それまでの苦手意識か変化していったんだとか。今でも苦手な虫はいるものの「だいぶ好きになりました」と語ってくれました。

「硝子昆虫」ハキリアリ(つのだゆきさん提供)

 作品の大きさは原寸大を基本にしつつ、あまりに小さすぎて見えないという場合は、見やすい大きさに拡大して作ることもあるといいます。「基本は1.5cm~6cmくらい、大きいものになると20cmほどになります」とつのださん。

つのだゆきさんの「硝子昆虫」(つのだゆきさん提供)

 吸った血で腹を赤くした蚊などは、造形の巧みさもあいまって、見ているだけで痒くなってしまいそう。細い脚にある縞模様の表現も見事です。

「硝子昆虫」蚊(つのだゆきさん提供)

 作品と実物のマイマイカブリを並べた写真では、どちらが本物が一瞬分からないほど。硝子昆虫も体表が艶消しになっているため、ピンを刺してある昆虫標本でなけれは区別がつきません。

左が実物で右が「硝子昆虫」のマイマイカブリ(つのだゆきさん提供)

 美は細部に宿る、という言葉もあるように、細かい部分の表現には力を入れています。細い脚の先端にある「ふ節」や、その先端の爪などは特に丁寧に作っているとのこと。

脚先の爪をつける(つのだゆきさん提供)

 実際に、脚先端にある爪を作る作業を動画で見せてもらいましたが、バーナーで柔らかくした脚先に糸のように細いガラスをつけ、ちょうどいい長さでちぎれるよう加工するのは非常に繊細。ちぎれて縮こまった形状が爪と同じにならなくてはいけないので、ものすごく神経を使う作業です。

爪の完成(つのだゆきさん提供)

 ガラスは温度差が生じると割れやすい素材のため、加工には神経を使うそうです。「厚みがあると芯部の温度との温度差で割れてしまったり、薄くて平らだと冷めるのも早いため、火の当たり具合ですぐにヒビが入ってしまいます」

 トンボのように薄く透明な羽根はガラスの美しさが際立ちますが、加工する際は温度をコントロールしつつ、造形する苦労が重ねられているのですね。

「硝子昆虫」オニヤンマ(つのだゆきさん提供)

 個展がある場合は年間230ほどの作品と、それとは別にアクセサリーを約180点、ガラスペンを150点ほど作っているという、つのださん。お気に入りのモチーフをうかがうと、アリとマイマイカブリ(オサムシ科の甲虫でカタツムリを捕食することで知られる)とのことです。

 この2種について「アリはシンプルだからこそ、バランスやシルエットが崩れると“らしさ”がなくなってしまうので、とても奥が深いモチーフです。マイマイカブリは全体のフォルムと、地域や個体による色の差が面白くて好きです」と語ってくれました。

「硝子昆虫」アリ(つのだゆきさん提供)

 ほぼ実物大でリアルかつ、神経の行き届いた繊細なディティール表現が見る人の目を楽しませる、つのだゆきさんの硝子昆虫。Instagram(tunoda.yuki)でも作品を見ることができ、公式サイトには硝子昆虫やガラスの植物といった作品のほか、展覧会やイベント参加予定、販売についての情報も掲載されています。

<記事化協力>
つのだゆきさん(@tunoda_yuki)

(咲村珠樹)