こんにちは、咲村珠樹です。アニメやまんがに登場する飛行機に乗ってみたい、と思ったことはありませんか? 現在東京・秋葉原で、そんな夢を現実のものとした展覧会が開かれています。今回はその展覧会「OpenSky 3.0」をご紹介します。

 この展覧会で展示されているのは、宮崎駿さんの作品『風の谷のナウシカ』に登場するメーヴェに着想を得た飛行機。「PostPet」の開発者として知られるメディアアーティスト、八谷和彦さんによる「自分が乗ってみたいと思う飛行機を作って空を飛ぶ」というプロジェクト「OpenSky」によって生み出された機体です。

八谷さんの著書

 これは宮崎駿さんやスタジオジブリなどと関係はなく、八谷さんや所属する株式会社ペットワークスが独自に「メーヴェのような機体が、現実に人を乗せて飛行可能である」ことを実証するものです。

 会場となっているのは秋葉原、地下鉄末広町駅近くにある、旧練成中学校(2005年3月閉校)の校舎を利活用したアートセンター「3331 Arts Chiyoda」。

会場の3331ArtsChiyoda

 会場入口で出迎えるのは、試験飛行の際に風向を示す器材として利用している、岡本太郎デザインの鯉のぼり「太郎鯉」。飛行場に設置されている吹き流しと同じ役割を果たすものです。

太郎鯉

 特筆すべきことなのですが、この展覧会は動画を含めて「撮影可」であること。展示されている動画作品の全編を動画撮影することを除けば、ほとんどの展示を自由に撮影できます。

撮影可の表記

 さて、この「OpenSky 3.0」の主役は、パーソナルジェットグライダー「M-02J」。メーヴェの機体コンセプトを参考に、1人乗りの機体として制作された飛行機です。

 八谷さんはかつて、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』に登場するホバーボードを実際に作ってみる「エアボード」シリーズを世に送り出していますが、今回の「OpenSky」プロジェクトも同じ「フィクションに登場するものを実現する」というコンセプトの延長線上にあるものだそうです。

M-02J

 八谷さんの作品には、この会場に展示されている「Fairy Finder」シリーズなど、ちょっとした仕掛けを通して「見方を変えると、世界はこんなにも変わる」ということを示唆するものが多く見られます。OpenSky」は、フィクションのものを実現するだけでなく、みんなができっこないと思っている「自分の作った翼で空を飛ぶ」ことを、実はできるんだよ、と証明するプロジェクトでもあるのです。

 OpenSkyプロジェクトが始まったのは2003年。まずメーヴェのようなデザインをした飛行機(分類上は無尾翼機といいます)が実際に飛ぶのかを探る為、模型を飛ばしています。

 実際に飛んだものの、模型と人が乗る実機では違う部分が多い(模型の場合は小さく軽い為、多少設計が甘くてもエンジンの力で強引に飛べてしまうケースがあります)ので、やはりノウハウを持つ専門家に実機の設計を依頼することに。どのような人に依頼すべきかと検討していたところ、八谷さんはネットで四戸哲さん(有限会社オリンポス代表)という航空機設計者の存在を知ったといいます。

 四戸さんは日本大学出身で、日本初の無尾翼グライダー「萱場HK1」を設計した、木村秀政(航研機やYS-11で知られる。HK1のノウハウはロケット機秋水の設計にも活かされた)の薫陶を受けた人物。オリンポス設立時も、木村秀政が顧問として参加しています。

 四戸さんの手により、メーヴェの翼(メーヴェの翼平面形は、元々1910年代の飛行機、エトリッヒ・タウベに似ている)をイメージしつつ、現実的に飛行可能な機体としてデザインされた「M-01」が誕生。これは2005年に開かれた「愛・地球博」のグローバルハウスで展示されました。

 翌2006年、機体の空力特性を検証し、操縦者が訓練する為の初級滑空機(ゴム索曳航機)「M-02」が誕生。2013年には自力で飛行可能なジェットエンジン付きの機体「M-02J」が完成しています。M-02JはM-01の主翼を流用(内部構造の一部改設計などを実施)して制作されました。現在、会場に展示されているM-02は、金沢21世紀美術館の収蔵品となっています。

初級滑空機M-02

 M-02Jが搭載するのは、オランダのAMT(Advanced Micro Turbines)Netherlands製「Titan E-start」。最大推力40kgfの1段遠心圧縮式ターボジェットエンジンで、大型飛行機模型や、NASAによるブレンデッドウイングボディの無人実験機X-48C(ボーイング製)にも使われているものです。

 一般的にジェットエンジンはレシプロ(ピストン)エンジンに対し、操作に対するエンジン出力の反応が遅くなる傾向がありますが、このエンジンは反応の良さが特徴。機体の空気取り入れ口には、FOD(Forein Object Damage=異物による損傷)を防ぐ為にネットが設置されています。

ボディアップ

 機体は胴体や翼のパーツごとに分割でき、コンパクトなコンテナに収納することができます。

コンテナ

 さて、ここで「飛行機を自分で作って飛ばす」という行為について、少しお話しましょう。航空機というものは、日曜大工や夏休みの工作などと違ってむやみに壊れたり墜落したりしてはいけない為、空を飛ぶ為に十分な安全性(耐空性)を持っているかというのを審査する仕組みがあります。これは自動車などでもそうですが、人の命に関わる乗り物であるからこそ、安全性が重要視されている訳です。

 会場の一隅にある本棚。ここには空や飛行機に関する様々な本が置いてあり、来場者は自由に手に取って読むことができます。その中に黒い背表紙の本とファイルが置いてあります。黒い背表紙が「耐空性審査要領」、ファイルがM-02Jの申請に関する資料を綴じたものです。

 筆者はこの棚を周りのものと対照的な「現実の棚」と呼んだのですが、八谷さんもその辺りを考慮して、これらの資料を置いたようです。耐空性審査要領は辞書のような分厚さですが、この中にびっしりと航空機が空を飛べるようにする為の検査項目や条件などが書かれています。

図書コーナー

棚のアップ

 現在空を飛んでいる、我々が一般的に目にする航空機は、この耐空性審査要領に則って審査を受け、認定を受けているのですが、この耐空性審査は主に企業が製造し、不特定多数に販売される「量産機」を念頭に置いた審査項目。個人が自分だけの為に航空機を作り、飛ばす(これらの機体を「自作機」あるいは「ホームビルト機」といいます)には、あまりにも高いハードルです。

 設計段階、製造過程、完成後の機体において適合性を検査されるのですが、非常に煩雑で時間もかかり、金銭的負担も重くなります。そこで、航空法第11条第一項の「ただし書」を基準として飛ばすことが認められているのです。

航空法第11条
航空機は、有効な耐空証明を受けているものでなければ、航空の用に供してはならない。但し、試験飛行等を行うため国土交通大臣の許可を受けた場合は、その限りではない。
2 航空機は、その受けている耐空証明において指定された航空機の用途又は運用限界の範囲内でなければ、航空の用に供してはならない。
3 第一項ただし書の規定は、前項の場合に準用する。

 もともと、耐空証明を受ける際、飛んでみないと判らない部分を検査する為に「試験飛行」を行う訳ですが、これを利用して自作機は試験飛行名目で飛行が許可されているのです。……もちろん、飛行以前に十分な機体の安全性が確保されていることが試験飛行の条件となっています。

 この考え方は1976(昭和51)年に、当時の運輸省から出された「空乗第155号」の別紙「ホームビルト機の飛行許可に関する考え方(全5項目)」の末尾に書かれた文章にも表れています。

5. 一般
 我が国の場合、ホームビルト機が他人の人命、財産に損害を与える可能性がない場所を自由に飛行することは非常に困難である。しかし、このことを理由にすべてのホームビルト機に対して一般の航空機と同等の安全性を要求することは全くホームビルト機を否定してしまう結果になる。したがってこれらの点を考慮し、個々に条件を付して許可されるべきである。

 日本の場合、欧米と較べてエアラインやミリタリー以外の民間人による航空、いわゆる「ゼネラルアビエーション(General Aviation)」の裾野が広くない為に、なかなか一般の人が航空レジャーやスカイスポーツに親しむ機会がありません。向こうでは飛行機の組み立てキットであるキット機(大戦中のドイツ戦闘機、フォッケウルフFw190の原寸大レプリカキットもある)をコツコツ組み立て、空を飛ぶなんて趣味があったりします。日本ではそういった文化が希薄で縁遠い部分がありますが、お役所としては完全に自作機を否定している訳ではないことが判ります。

 この他に、自作機が空を飛ぶ為に関係してくる法律は、航空法第28条(航空機の操縦資格について定めたもの)の第三項、同じく第79条(航空機の発着場所について定めたもの)のただし書、そして実際の試験飛行に関しては、2002(平成14)年3月に出された「航空機検査業務サーキュラー No.1-006」(国空機第1357号)が基準となります。

 このサーキュラーに基づき、M-02Jに対し付与された識別記号は「JX0122」。機体には定められた方法(記載場所、文字の大きさと間隔、線の太さ)で識別記号が記されています。

識別記号

 試験飛行を申請する前には、エンジンの試運転と地上滑走試験を一定時間行う必要があります。会場にはエンジンの試運転に使われたテストベッドも展示してあります。乗っているのは初代のエンジンであるフランス・JPX製のT340(推力30kgf)。滑走試験中にトラブルが生じた為、現在は使用されていません。エンジンはレールの上に乗っており、動かすと推力によってレール上を移動し、繋がったバネばかりで推力が計測できる仕組み。サーキュラーには、予想される飛行姿勢の状態にして支障なく運転できることを確認するよう書かれているので、取り付けてあるハンドルによって様々な姿勢がとれるようになっています。

エンジンテストベッド

 地上滑走試験は合計1時間以上実施することが求められます。このうち高速滑走を8回以上、そして前輪もしくは尾輪のみを地上から浮かした状態(離陸寸前の姿勢)での滑走を30分以上含めなければなりません。この際、低速時にふらついて翼端が接地する事態が発生した(このM-02JやSVTOL機ハリアーなど、自転車のように車輪が前後一列に並ぶ「タンデム式」降着装置では発生しやすい……自転車をゆっくりこぐのを想像してください)ので、翼にアウトリガー(姿勢安定用の補助輪)が追加されました。

降着装置

 また、このサーキュラーに基づき、機体には様々な計器や装備があります。速度計・高度計やエンジンモニタ、パラシュートや消火器、操縦者を固定するハーネス(安全ベルト)など。アニメやまんがでは身ひとつでヒラリと乗れますが、現実の「航空機」ではちゃんとした安全装備が必要です。

装備品

 十分な試運転・滑走試験を行った後に、はじめて試験飛行を申請することができます。試験飛行は2段階に分かれ、それぞれに申請と許可が必要です。

第1段階:わずかに空中に浮き上がる、高度3mまでの「ジャンプ飛行
第2段階:人家や物件などの上空、飛行場の管制圏を除く、発着場所周辺の「場周飛行

 第2段階の飛行を申請するには、最低でも20回以上の「ジャンプ飛行」が必要です。申請は第1段階のジャンプ飛行の場合、飛行の1ヶ月前までに行う必要がありますが、すぐに許可が出る訳ではありません。八谷さんも他の方が製作した80%スケールの零戦レプリカ(濱尾式080型・JX0110)の飛行許可が難航している話を聞き、ある程度覚悟していたそうですが、やはり申請から飛行許可が出るまでの4ヶ月ほどはやきもきしたそうです。

 そしてこの展覧会が始まった2013年7月に試験飛行許可が出て、千葉県の野田市スポーツ公園場外離着陸場において、M-02Jは初めてのジャンプ飛行に成功しました。現在まで8回のジャンプ飛行を実施しています。展覧会の主要展示物でもあるので、M-02Jの飛行試験は原則休場日で、気象条件に加え八谷さんや協力者のスケジュールが合う時に限られており、まだまだ十分な試験を行えないようです。おそらく会期終了後、ペースが上がっていくことでしょう。

 飛行機の解説については、会場に展示されたあさりよしとおさん作の『まんがサイエンス』特別編ともいえる書き下ろしまんが『無尾翼機のひみつ』が判りやすく、参考になると思います。ちなみに、先生役の無尾翼法典(むびよく・のりすけ)さんの姿は、ホルテンHo229がモデルのようです。

無尾翼機のひみつ

 これと同時に、以前八谷さんが「日本のデザイン2010」展(会場:東京ミッドタウン・デザインハブ)に際して行った、ホンダジェットと三菱MRJの開発主任にインタビューした記事も展示されており、飛行機開発の実際(様々な苦労やこぼれ話など)を垣間見ることができます。なかなか表に出ない話なので、来場者も興味津々の様子。

HondaJetとMRJ開発主任記事に見入る人

 M-02Jは法律など様々な制約がある為、八谷さんしか乗ることはできませんが、会場にはシミュレータが設置され、本体保護の為に設定された体重などの条件をクリアできれば「M-02Jを操縦する感覚」を体験することができます。操縦桿がなく、ハンググライダーのように体重移動で操縦する為、独特な感じで自在に操るにはコツが必要。子供達に大人気です。また、質問コーナーがあり、来場者が質問をホワイトボードに書いておけば、八谷さん本人が直接回答を書いてくれます。

シミュレータ

質問コーナーで回答を書く八谷さん

 八谷さんの夢として、このM-02Jをアメリカ・ウィスコンシン州オシュコシュで毎年開かれているエアショウ「EAA AirVenture Oshkosh」に出展することがあります。

 自作機の祭典として半世紀以上の歴史を持つこのイベントで、ホンダジェットが初めてお披露目された時の感動的なエピソードを「日本のデザイン2010展」インタビューの際に開発主任の藤野道格さんから聞き、心の中に「いつかはオシュコシュ」という夢が芽生えたといいます。

 これと同時に、次回(2015年)のパリエアショウ(Le Salon du Bourget)とパリ・ジャパンエキスポへの出展もできたら……と思っているとか。現地への機体輸送費用がネックとなっているそうですが、資金面がクリアされ、フライトラインに並ぶ姿を見てみたいですね。海外の人がどのような感想を口にするか楽しみです。

 さらに、この「OpenSky 3.0」の併催イベントとして「すすめ! なつのロケット団」が開催されています。あさりよしとおさんのまんが『なつのロケット』をきっかけに、様々な人々が集まって結成された民間による宇宙開発を目指す謎の秘密結社「なつのロケット団」による、これまでの軌跡と将来像を展示するもの。

ロケット団会場

 なつのロケット団では、液体燃料ロケットによる衛星打ち上げを目指して、エンジンを開発してロケット打ち上げ試験を行っています。液体燃料ロケットを選択したのは、固体燃料では大型化すると民間で扱いにくい(燃料が爆発物取締罰則に抵触する他、ミサイルに転用すると思われて治安上の疑いがかけられる)為。

 現在は入手しやすいエタノールと液体酸素を使用しています。技術者を含めたメンバーにより、できる限り手作りで進められた試行錯誤の記録が、実物資料を用いて紹介されているのでこれも貴重です。8月10日に打ち上げられ、最大高度6553.6m、最大速度マッハ1.16を記録した最新ロケット「すずかぜ」の実機も展示に加わりました。

ロケットの展示

すずかぜ

 「OpenSky」も「なつのロケット団」も、一般的に無理だと思っていたことに対して「そんなことないよ。できるんだよ」と語りかけてくれる展示です。

 飛行機もロケットも「できない」のではなく「していない」。願わくばこれらの展示を見て、空や宇宙に興味を持っている人達(特に若者や子供)が「自分達もやってみよう」と実際に製作を始めてくれればいいな、と思います。もちろん、法律を守り、安全を確保しながら。

展示を見る子供

 9月12日には、八谷さん自身によってこの「OpenSky」プロジェクトの歩みをまとめた書籍『ナウシカの飛行具、作ってみた 発想・製作・離陸—-メーヴェが飛ぶまでの10年間』(猪谷千香さん・あさりよしとおさんとの共著)が幻冬社から発売されます。

 会場では9月14日に出版記念イベント、15日には八谷さんと倉田光五郎さん(巨大人型四脚ロボット「KURATAS」を製作したアーティスト)、樋口真嗣さん(映画監督)、寺田克也さん(イラストレーター)によるトークショー『特撮ナイト(仮)』が展覧会のクロージングイベントとして予定されています。

 会期は9月16日まで。日にちが残り少なくなっていますが、ぜひ会場に脚を運んでみてください。夢と現実が案外近いところにあることに気付けますよ。

「OpenSky 3.0」
9月16日まで(火曜日休場)
会場:3331 Arts Chiyodaメインギャラリー
東京都千代田区外神田6丁目11-14
八谷和彦 個展「OpenSky 3.0 ―欲しかった飛行機、作ってみた―」公式サイト http://hachiya.3331.jp

(文・写真:咲村珠樹)