おたくま経済新聞

ネットでの話題を中心に、商品レビューや独自コラム、取材記事など幅広く配信中!

【無所可用】第40話 時刻表に載っていた「家」~北海道のバス停のおはなし~

update:

時刻表に載っていた「家」~北海道のバス停のおはなし~毎度痒くないのに掻いてしまうな話題をおとどけしております「無所可用、安所困苦哉」でございます。今回は時刻表にまつわるおはなしです。

時刻表というのは、基本的には国鉄・JRの駅はすべて出ています。ただちょっと例外がありました。それは北海道にのみ存在した「簡易乗降所」という存在です。


  • 時刻表に(臨)付きで表示される季節営業の臨時駅とも異なり、正式な駅ではないけど旅客を扱わない信号所でもない、なんとも中途半端な存在があったのです。
    この簡易乗降所は、北海道内時刻表には掲載されておりました。地図上ではやや小さい丸印で表記されています。また本文では距離表示がありません。これは、乗るときは一つ手前、降りるときは一つ先の「駅」の距離を採用することになっていたためです。これら簡易乗降所は概して作りが簡素で、線路の脇に板張りのホームと小さな待合室があるだけ、というのが通例でした。

    時刻表の地図には、国鉄の駅は全部掲載されていましたが、私鉄の駅は思い切り省略されておりました。特に古い時刻表の地方私鉄ではその省略っぷりはすざまじく、起点と終点しか書いてないというのが当たり前でした。
    鉄道より停留所が多くなるバスでは更に省略は進み、観光地・施設等の主要バス停以外は省略されるのが普通でした。結構な長距離を走っていたバス路線でも、大きな町か観光地でないとバス停名は掲載されていません。

    そんな中、北海道は知床半島の付け根、斜里から根室標津までのバス路線に、ぽつんと不思議な停留所名が掲載されていましました。そのバス停の名前は「平田宅」。

    【写真:平田宅付近広域・交通公社時刻表1985年2月号】

    北海道はアイヌ語由来の地名が多く、「猿払」や「妹背牛」など、普通に読みづらい地名には事欠きません。また「北二十四条」「東六線」など、地図に線を引いてむりくり住所とした場所も多く、そういう地名と信じて疑わず、あまり不思議な感じもしませんでした。
    しかし、「平田宅」バス停は、本当に何にも無いところにぽつんと記載されており、一体何がここにあるのか?という感じでした。もっとも時刻表の地図というのは縮尺や位置関係はいい加減なものですから、そこだろうと思わしき場所を叔母からもらったお古の地図帳で確認したのですが、少なくとも観光地とか町があるとかではなさそうでした。

    ところで、上記画像の交通公社時刻表には、地図に「平田宅」の表記があるのに、時刻表欄には時刻の掲載がありません(路線としては掲載されていますが、「平田宅」という停留所の表記がありません)。
    手元にあるもう一つの資料、鉄道弘済会の道内時刻表、1985年8月号には、「平田宅」の時刻が掲載されています。ちなみにこの時刻表の地図欄には、「平田宅」はありません。

    【写真:越川線時刻表・弘済出版社道内時刻表1985年8月号】

    これによると、「越川」から「平田宅」までは4.8km。そしてバスは1日1往復のみ、ということがわかります。

    不思議な地名に一度行ってみたいという気持ちを持っておりましたが、私が北海道に行けた時にはこの路線は斜里~越川間を以外は運行休止。運行継続区間も学校が休みの期間は運休となってしまっていました。しかし、この北海道旅行中、雨の中宗谷岬へ向かうバスで、はたと「平田宅」の正体に気づくのです。

    雨の中、宗谷岬へ向かう人でいっぱいのバスは、宗谷国道を進みます。程無く稚内の町を出て、人影まばらな地帯になります。
    すると、バス停の名前に「**宅」というものがいくつも現れました。それも結構な距離を置いて。
    そしてバス停の近くにはぽつんと家(たいてい牧場)が……。

    そう、「**宅」というバス停は、「**さんちの前」ということだったのです。「平田宅」とは、「上野松坂屋前」というノリで「平田さんの家の前」のバス停を「平田宅」としていたのです。

    なんという贅沢、という気もしますが、北海道の広さということも考えなければなりません。人があまり住んでいない所では、数キロ行っても地名が同じ、なんてこともあるのです。前述したような「奥コッタロ原野北十四条西十六線」というバス停よりも、「平田宅」のほうがわかりやすいという事情もあるのでしょう。しかし、こうした個人の家の名を冠したバス停が時刻表に記載された例は極めて稀です。

    ところでこの「平田宅」、元がいい加減な時刻表の地図ですので、どのあたりにあったのかよくわからないのです。すでにバス路線自体が配線になっていますし、斜里町内の越川地区であったのだろうという推測は出来るのですが、現在では越川線自体が廃止になっており、越川というバス停もどこなのかわかりません。

    ところで、このバス路線が時刻表に乗る前は、旧国鉄根北線が斜里~越川間を通っていました。開通からわずか13年で廃止された短命の路線です。元々は斜里~根室標津間を結ぶ路線として建設されたものですが、この区間しか開通しませんでした。しかし、昭和初期に作られた「鉄筋の入っていていないコンクリート製の橋」である越川橋梁跡(第一幾品川橋梁。根北線は全通しなかったため列車が通ったことはありません)は、国の登録有形文化財に指定されて保存されています。この当時の北海道の鉄道建設の例に漏れず、悲惨な言い伝えとともに。

    (文:エドガー)

    あわせて読みたい関連記事
  • 「読書の秋」に読んでほしい!本好きライターオススメの小説&ノンフィクション5冊
    ライフ, 雑学

    「読書の秋」に読んでほしい!本好きライターオススメの小説&ノンフィクション5冊

  • 給油口の位置が運転席から分かるって知ってた? 意外と知らないドライバーのための豆知識
    ライフ, 雑学

    車に潜む「モイランの矢」って知ってる? 給油口の位置を示す小さな矢印

  • 学生時代の“謎文化”が続々集結!「○○してたら恋人募集中」アンケート結果まとめ
    ライフ, 雑学

    学生時代の“謎文化”が続々集結!「○○してたら恋人募集中」アンケート結果まとめ

  • “視える世界”を歩く 霊能者監修「視える人には見える展 -零-」体験レポ
    オカルト・ミステリー, 雑学

    “視える世界”を歩く 霊能者監修「視える人には見える展 -零-」体験レポ

  • 男も日傘を差す時代へ アラフォー男性が1年日傘を使って感じたメリット
    ライフ, 雑学

    男も日傘を差す時代へ アラフォー男性が1年日傘を使って感じたメリット

  • イルカは「体当たりされるだけでやばい、でかい野生生物」
    ライフ, 雑学

    「イルカ=友好的」は間違い!元水族館職員の絵本作家が伝えたい“危険性”

  • ワクチン誤情報で命が失われた? 東京大学などが明らかにした「もしも」の世界(画像:PhotoAC)
    社会, 雑学

    ワクチン誤情報で命が失われた? 東京大学などが明らかにした「もしも」の世界

  • 詐欺電話に“うっかり出た”読者の実体験 あなたの不安に付け入る手口とは(画像:PhotoACより)
    社会, 雑学

    詐欺電話に“うっかり出た”読者の実体験 あなたの不安に付け入る手口とは

  • 画像:筑波大学発表プレスリリースより
    社会, 雑学

    ツクツクボウシの「合の手」に規則性 筑波大が発見

  • 汚れたサクラクレパスのお手入れ方法を公式が指南 巻紙は無料印刷も可能
    季節・行事, 雑学

    汚れたサクラクレパスのお手入れ方法を公式が指南 巻紙は無料印刷も可能

  • おたくま編集部Editor

    記事一覧

    おたくま経済新聞・編集部による監修or執筆

    ▼こちらのライターの最新記事▼

  • YouTube、永久停止クリエイターに「再出発の機会」 新チャンネル申請を可能にする試験導入を発表
    インターネット, サービス・テクノロジー

    YouTube、永久停止クリエイターに「再出発の機会」 新チャンネル申請を可能に…

  • 南インド伝統のチキンカレー「ケララチキンカレー」
    商品・物販, 経済

    松のやが南インド伝統の味を再現 「ケララチキンカレー」新発売

  • 毛玉とるとる Pro(KC-NW825)
    商品・物販, 経済

    ストッキングやタイツも可の毛玉取り器誕生 マクセルイズミ「毛玉とるとる Pro」…

  • キヤノンの名機が「ガシャポン」で復活 歴代カメラ5種を精密ミニチュア化
    商品・物販, 経済

    キヤノンの名機が「ガシャポン」で復活 歴代カメラ5種を精密ミニチュア化

  • 時事通信、男性カメラマンを厳重注意 生配信中に「支持率下げてやる」発言
    社会, 経済

    時事通信、男性カメラマンを厳重注意 生配信中に「支持率下げてやる」発言

  • ゴロっとチキンのカレーナポ
    商品・物販, 経済

    パンチョ初の人気投票1位「カレーナポ」が進化 期間限定で復刻登場

  • トピックス

    1. 藝大卒の声楽家が1時間1000円で自分を貸し出す理由 フリー芸術家ならではの戦略

      藝大卒の声楽家が1時間1000円で自分を貸し出す理由 フリー芸術家ならではの戦略

      プロの声楽家として活動する傍ら、1時間1000円から自分の時間を「レンタル」している男性。キャリア豊…
    2. ドムドムが“カニまるごと”の衝撃バーガーを再販 新作コチュジャン味を食べてみた

      ドムドムが“カニまるごと”の衝撃バーガーを再販 新作コチュジャン味を食べてみた

      ドムドムハンバーガーは10月14日に、カニを丸ごと挟んだ「丸ごと!!カニバーガー」を販売開始しました…
    3. 丸山製麺が「ラーメン大好き小泉さん」とコラボ!小麦麺使用の新感覚「らーめん缶」を実食

      丸山製麺が「ラーメン大好き小泉さん」とコラボ!小麦麺使用の新感覚「らーめん缶」を実食

      丸山製麺が10月6日から、人気ラーメン漫画「ラーメン大好き小泉さん」とコラボした「らーめん缶」を、東…

    編集部おすすめ

    1. 毛玉とるとる Pro(KC-NW825)

      ストッキングやタイツも可の毛玉取り器誕生 マクセルイズミ「毛玉とるとる Pro」を発売

      マクセルイズミ株式会社は、ストッキングやタイツなどの繊細な衣類にも対応する毛玉取り器の新モデル、「毛玉とるとる Pro(KC-NW825)」…
    2. キヤノンの名機が「ガシャポン」で復活 歴代カメラ5種を精密ミニチュア化

      キヤノンの名機が「ガシャポン」で復活 歴代カメラ5種を精密ミニチュア化

      キヤノンが、バンダイの「ガシャポン」とコラボレーション。歴代のカメラとレンズをミニチュア化した「Canon ミニチュアカメラコレクション」を…
    3. 時事通信、男性カメラマンを厳重注意 生配信中に「支持率下げてやる」発言

      時事通信、男性カメラマンを厳重注意 生配信中に「支持率下げてやる」発言

      時事通信社は10月9日、自民党本部での取材中に「支持率下げてやる」などと発言した本社映像センター写真部の男性カメラマンを厳重注意したと発表し…
    4. 「ちいかわの世界に行きたい」ファン、考えた末に鎧さん化 再現度がガチすぎた

      「ちいかわの世界に行きたい」ファン、考えた末に鎧さん化 再現度がガチすぎた

      言わずと知れた人気コンテンツ「ちいかわ」。かわいくもハードなあの作品世界に入っていきたいと願う人は多いはず。筆者もその1人です。しかし二頭身…
    5. ネカフェの個室に不気味なトランプが……Xユーザーの“恐怖体験”に17万いいね

      ネカフェの個室に不気味なトランプが……Xユーザーの“恐怖体験”に17万いいね

      キーボードに差し込まれたトランプのジョーカーと、その裏に書かれた「げぇむすたあと」の文字。Xユーザーの「たーけ」さんが、たまたま入ったネット…
    Xバナー facebookバナー ネット詐欺特集バナー

    提携メディア

    Yahoo!JAPAN ミクシィ エキサイトニュース ニフティニュース infoseekニュース ライブドア LINEニュース ニコニコニュース Googleニュース スマートニュース グノシー ニュースパス dメニューニュース Apple ポッドキャスト Amazon アレクサ Amazon Music spotify・ポッドキャスト