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【宙にあこがれて】第34回 救難飛行艇US-2の実力

海上を飛ぶUS-2こんにちは、咲村珠樹です。先日、ヨットによる太平洋横断中に遭難した、ブラインドセーラーとテレビキャスターを救助した海上自衛隊の救難飛行艇、US-2。改めて「海上自衛隊は救難用に飛行艇を持っている」ことが知られるようになった訳ですが、今回はこのUS-2について少々ご紹介しようと思います。

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海上を飛ぶUS-2

  • US-2は新明和工業が製造する国産の水陸両用飛行艇です。US-2の最大の特徴、それは波高3mの水面でも離着水できるということ。通常、飛行艇は湖や湾内など、波のほとんどない穏やかな水面で運用されるもので、外洋など波の高い場所で離着水するものではありません。しかしUS-2は、初めから「波の高い外洋で運用する」ことを前提として作られた飛行艇なのです。

    陸上で運用されるUS-2 海に着水したUS-2

    何故US-2はそんな性能を持っているのか。これについては、原点となる新明和工業製の対潜哨戒飛行艇、PS-1からお話しすることにしましょう。

    新明和工業の前身は川西航空機という会社でした。川西航空機は、中島飛行機設立時の出資者だった実業家、川西清兵衛(日本毛織など川西財閥の総帥)が設立した航空機製造会社で、特に水上機を得意としたメーカー。代表作として九七式飛行艇(九七式大艇)や二式飛行艇(二式大艇)、水上戦闘機「強風」(陸上機型が紫電・紫電改)などがあります。

    PS-1の開発が始まったのは、戦後のGHQによる航空禁止令が解除された直後の1953(昭和28)年。飛行艇など水上機メーカーとして知られていたこともあって、新明和工業は飛行艇で航空機製造に復帰することを決めます。当時主流だった機体(九七式飛行艇とほぼ同時期に作られた、イギリスのショート・サンダーランドやアメリカのコンソリデーテッドPBY「カタリナ」、そして戦後作られたグラマンHU-16アルバトロス)にない、波が高くても運用できる性能を目指すことにしました。

    設計主任となったのは菊原静男。上記の川西航空機の代表作を手がけた名技術者で、YS-11の開発(第29回「YS-11の半世紀」参照)にも参画した人物です。技術実証用の実験機UF-XSを経て、1967(昭和42)年に原型機が初飛行に成功。翌1968年に実施した荒海試験では最大波高4mを記録する中、みごと離着水に成功しています。1970(昭和45)年、海上自衛隊の対潜哨戒機PS-1として制式化されました。

    対潜哨戒機PS-1の任務は、海面に着水して有線吊り下げ式のソナー(ディッピングソナー)を使い、潜水艦を探知すること。波の高い外洋に着水するのを前提として運用される訳です。波が高い水面に着水するには、機体への衝撃を和らげる為、できる限り速度を落とす必要があります。この為、低い速度でも失速しないよう、フラップなどの高揚力装置の性能が高められており、副次的な効果として短距離離着水も可能になりました。

    ところが、PS-1開発当時は信頼性が低かった無線式のソナー(ソノブイ)の性能が上がり、わざわざ海面に降りなくても潜水艦を探知できるようになりました。ソノブイはたくさん撒いて面的な探知が可能な為、一カ所でしか探知できないディッピングソナーより探知範囲が広がり、効率的に哨戒ができます。そうなると、対潜哨戒機は海面に降りられる飛行艇である必要がなくなり、新しい対潜哨戒機P-3C(現在主力の陸上機)導入を契機にPS-1は1980(昭和55)年に調達が打ち切られてしまいます。

    対潜哨戒機としては短命に終わったPS-1ですが、これを汎用化して救難飛行艇にする企画が持ち上がり、1974(昭和49)年に初飛行したのがUS-1です。日本は海に囲まれており、広い海洋で遭難者を捜索・救難したり、離島での傷病者を医療設備が整った場所へ移送するのに、外洋でも離着水できる飛行艇は最適なものでした。

    救難飛行艇US-1は、エンジン出力を増強した改良型のUS-1Aを含め、2005(平成17)年までに20機が製造され、海上自衛隊に納入されました。

    このUS-1Aを大幅に改良し、2003(平成15)年に初飛行したものがUS-2です。形の上では改良開発なのですが、ほとんどが再設計された別個の機体なので、新たにUS-2という名がつけられました。海上自衛隊では、2007(平成19)年から配備されています。

    海に着水するUS-2

    US-2の特徴をご紹介しましょう。まずはUS-1Aより高出力のエンジンとなり、プロペラも3枚ブレードから6枚ブレードになりました。推力向上に伴ってプロペラは小径化され、より波の飛沫をかぶりにくくなりました。飛沫がかかるとプロペラの効率が下がり、推力減少に繋がるので、なるべく飛沫がかからないことが重要。もし飛沫が付着した際は、ブレードにアルコールを吹き付け、除去する装置も装備しています。

    救難飛行艇US-1A 6枚プロペラと波消し装置が特徴

    そして、US-1Aまでは低空で飛行する対潜哨戒機の特徴を受け継いで、機内は予圧されていなかったのですが、救難専用となった為に機内が予圧されるようになりました。これにより、搬送される遭難者や患者の快適性が向上し、容態の悪化を防ぎやすくなります。

    また、空気抵抗の少ない高い高度で飛行することができるようになり、より速く・より遠いところまで進出できるようになりました。燃料搭載量が増えた関係もありますが、具体的には、現地で2時間捜索するという前提で、US-1Aでは半径1500kmの行動半径だったのが、US-2では1900kmと行動半径が拡大しています。これは東京を基準とすると、日本最東端の南鳥島、日本最南端の沖ノ鳥島まで行ける距離。日本中どこでも行けると言っても過言ではありません。

    この他にも自動操縦装置やデジタル計器(グラスコクピット)化、コンピュータを介在させた操縦システムであるフライ・バイ・ワイヤ、夜間でも捜索可能な赤外線探査装置(FLIR)を新たに採用、航法システムや波高計も最新のものになっています。機体構造も一部に炭素繊維複合材(CFRP)を採用して軽量化されました。

    US-1Aから受け継がれた技術としては、波の飛沫をコクピットやプロペラ、エンジンにかけない為に、溝型波消し装置(チャイン)や、スプレー・ストリップがあります。機体の底部(艇体)が押しのけた水を下や横に受け流し、上に跳ね上げない構造です。

    溝型波消し装置の構造

    また、圧縮空気の吹き出しによって翼を流れる気流を制御し、揚力を増すBLC(境界層制御)装置を装備。これにより、時速約90kmという極低速での飛行が可能になり、離着水時の波による衝撃を緩和しています。副次的に離水距離約280m、着水距離約330mという、狙ったところに降りられる短距離離着水性能をも得ました。ちなみに陸上では離陸距離約490m、着陸距離約1500mとなっています。

    ▼US-2の超低速飛行(US-2の超低速飛行。時速およそ90km。):http://www.nicovideo.jp/watch/1373616969

    ▼着水するUS-2(11日):http://www.nicovideo.jp/watch/1355120070

    現在は5機が、2機のUS-1Aと共に山口県の岩国基地にある海上自衛隊の第71航空隊で運用されており、神奈川県の厚木基地にも分遣隊として、常時1機は任務に備えて待機しています。実際の救難捜索ではP-3Cとペアで出動し、速度の速いP-3Cが先行して捜索を開始し、US-2が着水して救助するという手法をとっています。

    先日のブラインドセーラーとテレビキャスターを救助した事例(金華山沖1200kmの海上)では、たまたま厚木に2機来ており、最初の機が着水を断念して引き返しても、次の機がリレーすることが可能でした。また、波高が3mを超える状態でもあったようですが、うまく間隙を突けたようですね。着水にあたっては波の高さだけでなく、波の間隔(波長)も大きく関係しており、パイロットは波長が機体の何%なのかという部分でも、着水技量資格が決められています。機長(海上自衛隊では、必ずしもパイロットが機長ではなく、全体の指揮をとる航空士が機長となります)の判断とパイロットの腕が最高レベルにあったということなんでしょうね。

    また、離島での急患搬送にも力を発揮します。小笠原諸島では、硫黄島と南鳥島(どちらも一般住民はいません)を除いて飛行場がなく、通常の交通機関は船だけ。その為US-2とUS-1Aは頼りにされています。父島には飛行艇が上陸できるスロープがあり、厚木から飛来したUS-2・US-1Aは、ここで患者を収容して羽田空港へ搬送するというのが一般的なパターン。2013年6月には4件の搬送事例(7日・15日・22日・28日)がありました。

    このUS-2の機体規模・性能は、現在運用されている他の飛行艇(カナダのボンバルディエCL-415や、ロシアのベリエフBe-200など)を上回るものです。US-1Aは、前身が対潜魚雷や爆弾などの攻撃兵器を運用する対潜哨戒機だったので、武器輸出三原則に抵触しましたが、US-2は最初から救難用に特化して設計された機体なので、三原則緩和の流れもあわせて、民間転用して海外輸出が可能ではないかと考えられています。

    2009(平成21)年5月、フィリピンで開催された「ASEAN地域フォーラム災害救援実動演習」に海上自衛隊からUS-2が参加し、マニラ湾に着水して遭難者を救助する……という想定で活動して、各国から高い評価を得ました。現在インド政府と導入に向けての交渉が準備段階に入っており、他にも興味を示している国があるといいます。

    現在、海上自衛隊における救難飛行艇の定数は7機となっており、年平均の生産数はUS-2の場合わずか0.42機(12年間で5機製造)となっています。これだけの性能を持った飛行艇が、わずかな国内需要だけで終わるのはもったいないですよね。離島の多い国はたくさんあるので、そこで必要とされるならば活躍してほしい、と願ってやみません。問題は、生産数が少ない為に機体価格が高価なこと。さすがに世界の飛行艇需要も多くはないので、大きさが手頃なボンバルディエのCL-215やCL-415(合計で150機)ほど売れるとは思いませんが、リース契約なども駆使して海外に普及できるといいのですが……。

    (文:咲村珠樹)

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