おたくの聖地、秋葉原に程近い地に鎮座する神田神社。一般には「神田明神」の名で親しまれ、秋葉原が近いこともあり、IT関連の会社からも崇敬が篤い神社です。
それと同時に、アニメ「ラブライブ!」でも登場したように、アニメやゲームなどの作品とコラボすることも多く、ファンにとっての「聖地」でもあります。その歴史を紐といてみると、ルーツは有名な時代劇作品にありました。
神田神社(神田明神)は「江戸総鎮守」として古くから親しまれている神社。江戸の「下町」と称される神田、秋葉原、日本橋や丸の内の氏神で、江戸城を中心とした武家の鎮守である赤坂の日枝神社に対し、町人の崇敬を集めてきました。
また、かつて日本橋に魚河岸、神田に青物市場があったことから、豊洲魚市場や太田青果市場の氏神でもあります。近年では秋葉原や周辺のIT関連企業も、初詣やその時々の祈願に参拝するようになりました。現在の本殿は関東大震災後の1934年、大江新太郎と佐藤功一の設計で建てられたもの。
そして秋葉原といえば冒頭にも述べたとおり「おたくの聖地」。数々のアニメ、漫画、ゲーム作品にもたびたび登場している神田神社は、それらの作品とのコラボも積極的に行い、ファンも「聖地巡礼」の一環で趣向を凝らした絵馬を奉納し、参拝する人々の目を楽しませています。
さてこの「聖地巡礼」、狭い意味ではアニメ、漫画、ゲーム作品、広い意味ではフィクション作品に登場する場所や建物を訪ね歩く一種のツーリズムを指す言葉。1991年にリリースされたOVA「究極超人あ〜る」で舞台になった長野県のJR飯田線田切駅前には、ファン有志による「アニメ聖地巡礼発祥の地」碑が建立されています。
熱心なファンがフィクションに描かれた場所を訪ね歩く、という行為は古くから見られ、平安時代ごろから「源氏物語」に描かれた場所に行ってみた、などという記録が残されています。フィクションの「聖地」として神田明神が認知されるようになったのは「ラブライブ!」よりはるか以前、有名な時代劇がきっかけでした。
拝殿に向かって右、男坂の階段へ向かう途中に「銭形平次」と書かれた石碑があります。「銭形平次」は野村胡堂によって1931年から断続的に発表された時代小説と、それを原作にした時代劇(映画・テレビドラマ)で、主人公の平次は神田・明神下に住んでいることになっています。
この石碑は1970年、原作小説を刊行していた出版社の社長や、時代劇「銭形平次」を製作していた映画会社にテレビ局、そして野村胡堂と交流のあった作家、作品のファンらが発起人となって建立されたもの。いわば「公式」によって認定された「聖地」の源流ともいえる存在です。
発起人の中には、映画やテレビドラマで銭形平次を演じた長谷川一夫、大川橋蔵の名も。「銀座 銭形」という名前も見えますが、これは1951年に野村胡堂から屋号の使用許可をもらって創業した居酒屋さんで、現在も銀座の地で盛業中です。
石碑をよく見てみると、台座は銭形平次が投げ銭で使う「寛永通宝」の形になっています。周囲に巡らせた柵にも寛永通宝が彫られており、かたわらには毎回「親分!てぇへんだ!」と飛び込んでくる八五郎(ガラッ八)の小さな碑が寄り添っていて、なかなか趣向が凝らされているたたずまい。
一時は時代劇の定番作品として親しまれてきた「銭形平次」ですが、2004年〜2005年に放送された村上弘明さん主演のテレビドラマを最後に、映像化は途絶えています。今はアニメやゲームが席巻している神田神社ですが、いわゆる「聖地」の大先輩として、銭形平次の碑に足を止めてみてはいかがでしょうか。
(咲村珠樹)