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身にまとうのはモチーフに刻まれた「記憶」 足立篤史さんのペーパーアート作品

 物や道具には、使い込むごとに小さな傷などがつき、それぞれが辿ってきた歴史を物語ります。飛行機や船、宇宙服をモチーフに当時の新聞を貼り込み、それが生まれた当時の記憶を具現化した作品を制作しているアーティストがいます。

 物に刻まれた記憶を具現化し、鑑賞する人に訴えかけるような作品を作っている足立篤史さん。これらの作品についてうかがいました。

  •  昔から歴史が好きだった、という足立さん。特に近代史に興味があったものの、学校の授業では時間が足りなくなってほとんど手付かずのままで終わることが多く、現代に直接つながる重要な時代の記録が伝えられにくいことに危機感を抱いていたといいます。

     現代と地続きである近代の記録を伝える重要性を、いかに作品として表現するか。試行錯誤する中で、長年使われた物につく「使用感」や「クセ」に思い至ったそうです。

     「マニュアル車に乗っている時に、その人のクセがクラッチに付いたりすることに気付いたり、あとは靴を履いているとその人のクセによってかかとが削れていくのに変化があったり、そこから『その人のクセ=記録』という事ではないのかと感じたんです」

     また「愛車」や「愛機」といった言葉に象徴される思い入れも、車や飛行機など「物に刻まれた記憶」というインスピレーションを与えてくれたのだとか。

     作品の表面に貼り込まれているのは、当時発行されていた新聞などの印刷物。コピーではなく、実物を張り込むことで、よりその当時の空気やリアリティを感じさせ、刻まれた記憶が現実となって眼前に浮かび上がってくるようです。

    貼り込まれているのは当時発行された新聞などの実物(足立篤史さん提供)

     「僕の作品自体は、学術的な資料、論文などではないので、それ自体に歴史的価値があるかといえば少し違うと思っています。ただ、作品を見ることにより今まで知らなかった事を知る、思い出す、考える『きっかけ』になってもらえれば幸いです」

     たとえば、犬用の宇宙服を立体化した「ライカ(正式な作品タイトルはロシア文字表記)」。タイトルは1957年に打ち上げられた人工衛星(宇宙船)スプートニク2号に乗せられていた犬の名前にちなんでおり、表面に貼り込まれている記事は、その当時ソ連で発行されていた新聞「プラウダ」が主に使われ、時代の空気を伝えています。

    ソ連の宇宙犬をモチーフにした「ライカ」(足立篤史さん提供)
    貼り込まれているのは1957年当時の「プラウダ」新聞(足立篤史さん提供)

     2021年の東京オリンピック2020大会開会式の日に祝賀飛行を実施した、航空自衛隊のブルーインパルス。その使用機T-4をモチーフにした「BLUE_2020」では、2013年9月8日付のオリンピック開催決定を伝える各新聞社の号外を使用し、招致が実現した当時の高揚した気分が見てとれる作品となっています。

    東京2020大会でのブルーインパルスをモチーフにした「BLUE_2020」(足立篤史さん提供)
    背中には招致活動のシンボル(足立篤史さん提供)
    機首には五輪マークと日の丸(足立篤史さん提供)

     近年では零戦や軍艦など、戦争に使われた物をモチーフにすることが多い足立さん。小さい頃から模型、特にミリタリーモデルを作っていたそうですが、長じてそれらの兵器が持つ歴史的背景を知り、ただ「かっこいい」だけでは済まされない存在であること、その複雑な気持ちをリアルな形状と貼り込まれた当時の新聞によって表現しています。

     旧日本海軍の給糧艦、間宮をモチーフにした「1944.12.21」には、戦争当時の食糧事情や食事に関する1941年~1944年の朝日新聞記事(実物)を貼り込み、食糧などを輸送した間宮の性格を反映。作品のタイトルとなっているのは、南シナ海において潜水艦の雷撃により間宮が撃沈された日付です。

    給糧艦間宮をモチーフにした「1944.12.21」(足立篤史さん提供)
    当時の食糧事情が分かる記事が貼られている(足立篤史さん提供)

     足立さんの作品作りは、モチーフの歴史を辿ることと不可分です。「モチーフになる物の下調べ、資料集めから始まります、その後それに使う素材の種類や年代などを考え、その素材が家になければひたすら見つかるまで探し続けます」ふさわしい素材が見つかるまで、場合によっては何年もかかることもあるのだとか。

     作品はすべて紙。ダンボール、厚紙、ケント紙など様々な紙を使い、塊から削り出すこともあれば、ペーパークラフトのように組み立てることも。細かいパーツは、パソコンで作成したデータをレーザー加工機で加工しているといいます。

    作品の素材はすべて紙(足立篤史さん提供)
    細かなパーツはレーザー加工機で切り出す(足立篤史さん提供)

     零戦五二型をモチーフにした「1943_zero」の場合、エンジン(栄二一型)を強調するためカウリングを外した状態。貼り込まれた新聞は、零戦が制式化された1940年から終戦の1945年までに発行された朝日新聞の実物、中でも当時の情勢がよく分かる記事が抜き出されています。

    モチーフの零戦五二型が活躍した1943年~45年の新聞記事が貼られている(足立篤史さん提供)

     冷却フィンまで表現された空冷エンジン、吸排気バルブを動かすロッドや配管までも細かく作り込まれています。もちろん、表面には当時発行されていた新聞記事の実物が貼り込まれ、記憶が刻み付けられているのが分かります。

    細かく再現されたエンジンとプロペラ(足立篤史さん提供)

     操縦席内部も細かいところまで表現。計器盤の上に取り付けられる九八式射爆照準器も、実物と同じような形状となっています。

    操縦席内部の作り込み(足立篤史さん提供)
    九八式射爆照準器(足立篤史さん提供)

     作品が「記憶を語る」上で、非常に重要な役割を果たしているのは、当時発行されていた新聞の実物です。少し前までは古書店でも取り扱っていたそうですが、最近では入手が難しくなっているとのことで、ネットオークションなどが主な入手経路になってきているのだとか。

    素材となる昔の新聞(足立篤史さん提供)

     価値を理解して値付けしてある古書店の商品と違い、ネットオークションは価格が読めないのも難点。「1枚数百円から数万円するものもあれば、まとめて〇キロで〇千円というものまで、量も値段もピンキリです」と、入手にあたってのエピソードも話してくださいました。

     入手した新聞や雑誌の記事を貼り込む際「どこに貼るか、何を見せるかは一番気を使います」と足立さんは語ります。替えのききにくい当時の実物だけに、そうそう失敗は許されません。「小さい作品でも、貼る場所、貼る物を選ぶだけで1日が終わってしまうこともあります」

     作品のモチーフに刻み込まれた「歴史の記憶」のうち、象徴されるものは何か、何を伝えたいと語りかけてくるのか。モチーフが生まれ活躍した時代と現代とを行き来しながら、作品作りに取り組む姿が目に浮かぶようです。

     足立さんの作品は2022年4月12日~4月26日、東京・有楽町の阪急MEN’S TOKYO タグボートで開催されている「Small art Collection」にて一部が展示されており、気に入った作品は購入も可能です。また、6月10日~6月26日には、横浜市のBankART KAIKOにて行われる「Under35 2022」で個展(ナカバヤシアリサさんと共催)が開催される予定。

     実物大のロケット特攻機・桜花をモチーフにした「桜花~OUKA~」や、手のひらサイズの「歴史の標本(Specimen)」シリーズなど、これまでの作品や、展覧会の予定は足立篤史さんの個人サイトや、Instagram(atsushi_art_photo)、Facebook(@atsushiadachi.88)、Twitterでも公開されています。

    <記事化協力>
    足立篤史さん(@azirusi/個人サイト:http://adachiatsushi.com

    (咲村珠樹)

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