かつて上野から札幌を結んでいた寝台特急「北斗星」。個室寝台の種類が豊富で、フランス料理を主体としたメニューを提供する食堂車など「豪華寝台特急」のはしりとなった名列車です。
惜しまれつつ2015年に運行が終了した「北斗星」。しかし、この列車に乗ることを夢見ていたファンにより、北海道でワゴン車として生まれ変わりました。ベース車から「北斗星ファーゴ」と呼ばれるこの車のオーナーさんに、車に込めた思いをうかがいました。
青函トンネルの開業に合わせ、1988年に運行が始まった寝台特急「北斗星」。1人用A寝台個室「ロイヤル」をはじめとする個室寝台主体で、フランス料理が食べられる食堂車、ロビーカーといった編成は従来の寝台特急と一線を画し「豪華寝台特急」と呼ばれました。
最盛期は1日3往復が設定され、高い人気を誇った「北斗星」でしたが、車両の老朽化に加え北海道新幹線の走行試験が青函トンネルで始まることもあって、2015年に惜しまれつつ運行を終了。ブルーの車両を使った寝台列車としては最後の存在だったこともあり、運行終了時には「ブルートレインの時代が終わる」と話題になりました。
この北斗星に憧れ、一度乗ってみたいと夢を温めていたのが、北海道に住む「北斗星ファーゴ」のオーナーさん。愛車を「北斗星仕様」にするきっかけは、車体の一部が腐食したハイエースを入手したことだったといいます。
「走行27万km、腐食部分に鉄板を当てて白く塗装してもすぐに錆色が浮かび上がる有様でした。錆が目立たない色として青く塗ることを思い立ち、我が子らと刷毛で全塗装してブルートレイン仕様のハイエースが生まれました」
お子さんと一緒に手作りで完成した、ブルートレイン風のハイエース。しばらくはその状態で走っていたのですが、バックしている時に誤って壁にぶつけ、リヤゲート周辺を損傷してしまいます。
ここでオーナーさんは考えます。修理するのであれば、部品代と同じお金をかけたら顔(鉄道車両の後部)が作れるのでは?
リヤ部分を修復するとともに窓を3分割する形でシートを貼り、北斗星の電源・荷物車であるカニ24形のように姿を改修。フロントにはヘッドマークを掲げた「北斗星ハイエース」が誕生しました。
その後、ちょっとしたハプニングを経験した「北斗星ハイエース」は、後部をカニ24形から客車のオハネフ25形のように手直し。北海道北斗市にオープンした「茂辺地 北斗星広場」にも訪れ、スタッフさんのご好意で本物の「北斗星」とツーショットも実現しました。
しかし、オーナーさんの元に来た時から車体の腐食がひどかったハイエースは10年後、ついに修復が不可能になり手放すことに。入れ代わりに入手したのがいすゞ・ファーゴ(初代)でした。
この当時、JR東日本の豪華列車「TRAIN SUITE 四季島」が運行を始めたこともあり、ファーゴは「四季島」仕様にする予定だったのだとか。シャンパンゴールドの車体をどう再現するかが壁となり、塗装屋さんと検討しているうち、ひょんなことで国鉄「青20号」の実物塗料が手に入ったといいます。
国鉄「青20号」は14系客車や24系客車の車体に採用された、まさに「ブルートレイン」の色そのもの。これは何かのお導きかもしれないと、オーナーさんはファーゴを青20号で塗装し、ハイエースの跡を継いで「北斗星ファーゴ」が誕生しました。
これを機に、オーナーさんは「北斗星ファーゴ」をより北斗星に近づけるべく、各所に手を入れていきます。ホームセンターや100円ショップで材料を調達し、北海道内で列車を牽引する函館運輸所(旧:五稜郭機関区)のDD51に似せたフロントマスクを作ります。
先にデッキ部分とヘッドマークを取り付け、続いてDD51のフロントマスクを作っていきます。イメージスケッチは数十枚にも及んだのだとか。
下の部分には、発泡スチロールで密着自動連結器も作ります。これらの後付けパーツは、法令に定められた範囲に収まるよう、寸法と見た目を調整して取り付けられているとのこと。
完成したフロントマスクを見ると、ファーゴからDD51が顔を出しているみたい。ヘッドライトも点灯可能です。
後ろは初代の「北斗星ハイエース」と同じく、オハネフ25仕様。車両間のホロやステップが折り畳まれている様子も忠実に再現し、赤い尾灯はブレーキランプとして動作します。
側窓には「特急 北斗星 札幌」の方向幕と、食堂車グランシャリオのエンブレムが輝きます。この方向幕も点灯させることが可能。
初代のハイエースと違い、ファーゴはハイルーフ仕様。これを活用し、オーナーさんは車内もより忠実な「北斗星仕様」に仕立てました。
車室が長いため、前半部分はリビングスペースとして食堂車「グランシャリオ」仕様に。テーブル上にある灯具もグランシャリオ風。テーブルの下にはゴミ箱があるのですが、ブルートレインのデッキ部にあった「くずもの入れ」になっているのも芸が細かいですね。
後半の寝台部分は開放型B寝台をイメージ。最初から2段寝台の上段が固定式になった、北斗星用オハネフ25形200番台の内装に準じた作りになっています。
夜間、オーナーさんが似た布地を使ってミシンで縫ったというカーテンを閉めると、本物のブルートレインに乗っているかのよう。本物のB寝台車を思わせる、折りたたみ式のハシゴも雰囲気を演出します。
運転席すぐ後ろに設置してある号車札は、実際の「北斗星」でオハネフ25形が連結されていた1号車ではなく「2号車」となっています。これは、初代「北斗星ハイエース」を1号車として、その跡を継いだ「2号車」という意味なのだとか。
「こうして見てみると『たまたま偶然が重なって』がとにかく多くて、まるで廃車になった北斗星ハイエースの魂に導かれているみたいです。確かに作っている時は、北斗星ハイエースへの鎮魂歌(レクイエム)の思いを込めて作っていただけに、それも頷ける話です」
北斗星ファーゴは、見る人をほっこりさせる効果があるようだ、とオーナーさんは話してくれました。鉄道イベントなどに乗っていくと、たくさんの人が声をかけてくれるんだとか。また、DD51ディーゼル機関車のような汽笛(ホイッスル)を鳴らす機能もついているので、それを「ピー」と実演すると、みな子どものように喜んでくれるといいます。
「これからも北斗星ファーゴで、いろんな鉄道イベントに出向いたり『北斗星スクエア』に泊まりに行ったりしたいです。そして、かつて北斗星ハイエースが日本縦断したように、北海道を飛び出していろいろな鉄道イベントに顔を出してみたいですね」
ただ、北斗星ファーゴを維持するにあたって、オーナーさんはちょっと心配もしています。ベースとなったファーゴは1995年に生産が終了しており、スペアパーツを確保するのが難しくなっているとのこと。部品取り用の個体など、パーツや修理に関する情報があったら、ぜひ連絡してほしいと語ってくれました。
2015年に運行が終了してもなお、夢をのせて北の大地で走り続ける「北斗星ファーゴ」。いつか日本全国のイベントへ出かけられるよう、末長く維持されることを願っています。
かつてブルートレインに憧れ、自転車にヘッドマークを付けて「ガタンゴトン」と言っていた少年は、大きくなっても愛車にヘッドマークを付け、汽笛を鳴らして「出発進行」と言っていたりします。
広い世の中、子供みたいな、こんな大人もいたりします。 pic.twitter.com/gjC6NrU1Ug— 北斗星ファーゴ (@hokutoseihiece) May 22, 2022
<記事化協力>
北斗星ファーゴさん(@hokutoseihiece)
(咲村珠樹)