こんにちは、咲村珠樹です。ミリタリー初心者に向けて、軽いミリタリー知識をご提供する「ミリタリーへの招待」。今回は音楽のお話です。
各都道府県の警察や消防と同様、自衛隊には「音楽隊」というものがあります。主な任務は、国家行事などの儀式で演奏することに、音楽演奏活動を通じて隊員の士気を高めること。そして各地を回って自衛隊の広報大使を務めるという役割があります。吹奏楽系では国内トップクラスの実力を持ち、公務員という安定した立場ということも含めて、プロを目指す管楽器奏者には非常に人気の高い楽団です。
さてその自衛隊の音楽隊。陸海空3自衛隊にそれぞれ編成されています。各々のトップとなっているのは陸上自衛隊中央音楽隊、海上自衛隊東京音楽隊、航空自衛隊航空中央音楽隊。この他に各地方で地域密着の活動をする音楽隊が、陸上自衛隊で20、海上自衛隊で5、航空自衛隊で4、計29編成されています。陸上自衛隊の数が多いのは、それだけ多くの場所に部隊があるからですね。
音楽隊に所属している隊員は「音楽科」という職種に属しています。音楽の象徴とされる竪琴(リラ)をモチーフにした徽章はエレガントなデザイン。音楽科隊員は通常の自衛官採用試験だけでなく、主に夏頃に各地で開催される「説明会」という名のオーディションに合格しないといけません。しかも募集は音楽隊ごとに行われ、異動や退職などで欠員の出たパートのみ。自分の担当楽器が募集されていなければあきらめざるを得ません。そして必要とされるのは即戦力なので、音大や大学院を卒業した人ですらオーディションに落ちることもあるという狭き門です。吹奏楽でプロになろうと思っている人達にとっては、自衛隊の音楽科は憧れの的です。
音楽隊の演奏を聴く機会は、実は結構多いのです。身近な例では大相撲の表彰式や、日本ダービーなど競馬のビッグレースで発走のファンファーレを演奏しているのが自衛隊の音楽隊。この他にも各地の公共施設などで定期的にコンサート(原則として入場無料)を開いており、彼らの卓越した演奏を聞くことができます。もちろん、駐屯地や基地の一般公開行事で演奏する機会もあります。
これらコンサートで特に人気なのが、毎年11月頃に日本武道館を会場にして行われる「自衛隊音楽まつり」。陸海空3自衛隊の音楽隊によるドリル演奏の他、カラーガード隊による演技に各駐屯地・基地にある太鼓チーム(これは音楽科でない自衛隊員によるクラブ活動)などを一気に見られる、素晴らしいショーです。招待者の他、一般は抽選で観覧(無料)することができるのですが、自衛隊関連のイベントの中でも一番の人気で、招待はがきはプラチナチケットと化しています。近年はUSTREAMやニコニコ生放送で映像をライブ配信するようになり、ネット経由でその様子を見ることができます。
音楽隊は「自衛隊の広報」を担っていることもあり、レパートリーは豊富です。クラシックや吹奏楽曲だけでなく、演歌を含む歌謡曲やアニソンまで。さらには器楽曲だけでなく、隊員がボーカルを担当するものまであります。もちろん、隊内で作られたオリジナル曲も演奏します。楽譜なしで演奏できる曲は数百曲あるとか。
中には、自衛隊ならではの曲もあります。チャイコフスキー作曲の序曲『1812年』。ナポレオンの遠征軍をロシアが撃退した故事を題材に、1880年の産業工芸博覧会の式典用に作曲された作品です。クラシックファンには「ああ、あれ」と思われる楽曲ですが、この作品、戦争がモチーフになっている為か、楽譜に大砲が「楽器」として書き込まれているのです。特に終盤、ナポレオン軍がロシアの砲撃によって粉砕され、戦勝の祝砲とどろく中ロシア国歌が流れる……というところでは、これでもかというほど大砲が出てきます。
一般的なオーケストラの演奏では、大太鼓や録音された大砲の効果音で代用しているのですが、装備品として大砲を持っている自衛隊では、ちゃんと楽譜通り大砲を楽器として使用します。
その演奏に使用される「楽器」が、155mmりゅう弾砲、通称「FH70」。全長約12m、砲身長約6m。自衛隊が使用する最大の「楽器」です。
これだけの大きさなので、ステージには乗りませんし、空砲とはいえ、大音響と衝撃波、爆風で演奏者や観客が危険にさらされます。音楽隊が屋内でコンサートを行う際も、当然屋外で「演奏」されることになりますが、そこでも大砲の発射に支障のない駐屯地や演習場に限られます。演奏場所が限られるので、この曲は自衛隊観閲式や総合火力演習など「ここ一番」という機会にしか演奏されません。また、当然ながらこの「楽器」を演奏するのは音楽科の隊員ではなく、普段から取り扱っている、軍隊で言うところの砲兵である特科(野戦特科)の隊員が担当します。自衛隊観閲式の会場である朝霞駐屯地にはFH70が装備されていない為、実戦部隊からは退役していて礼砲用に残されている、先代にあたる装備品、105mmりゅう弾砲M2A1が使用されます。
海外の序曲『1812年』の演奏でも大砲が使われる(もちろん、ホールの外です)ことがありますが、ほとんどの場合が古い野砲で、ずっと小さなものが使われています。これほど豪快な「楽器演奏」は、自衛隊ならではと言えるでしょう。
ところでこのFH70、楽器として使われる際は「打楽器」なんでしょうか? 打つというより、むしろ「撃つ」の方が正しい表現ですよね……。
陸上自衛隊中央音楽隊
http://www.mod.go.jp/gsdf/central/band.html
海上自衛隊東京音楽隊
http://www.mod.go.jp/msdf/tokyoband/
航空自衛隊航空中央音楽隊
http://www.mod.go.jp/asdf/acb/
(文・写真:咲村珠樹)