自衛隊には「地方協力本部(地本)」という組織があります。イベントや地域のお祭りなどで「自衛官募集」というブースを見たことがありませんか? あれを出展しているのが地本です。地本はどういう仕事をしているのか、なかなか判りにくいと感じてる人もいるんじゃないでしょうか。今回は、そんな「地本のお仕事」についてご紹介します。
取材に協力していただいたのは、Twitterでの自衛隊っぽくないツイートで知られる、自衛隊千葉地方協力本部(千葉地本)。千葉地本の本部は千葉市稲毛区、JR西千葉駅の近くにあります。アニメ・ラノベ的に立地を表現すると『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』と『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の舞台に挟まれたところ。JR西千葉駅北口からまっすぐに伸びる道を歩いていき、左側にある大学の敷地が切れると、上に「千葉地本」と書かれた建物が見えます。季節柄、クリスマスツリーがありますね。
玄関を入ると、千葉県内に所在する様々な部隊の識別帽や、自衛隊体育学校に所属するオリンピック選手の写真などが並ぶ展示ケースが。今までのイベントなどに合わせて作られた缶バッジも色々あります。種類があるので集める楽しみもありますね。個人的にはハロウィンのがお気に入り。
◆地本を知ろう!
千葉地本の全体像について教えていただいたのは、第30代本部長の前田丈典1等海佐。千葉地本では、6代連続で海上自衛隊から本部長を迎えているそうです。
地方協力本部は、地域における防衛省・自衛隊の窓口となる機関。組織上は陸上自衛隊の各方面隊(地域ごとに防衛・災害派遣を担当する最大の部隊単位)に属しています。千葉の場合は、東部方面隊(関東甲信越・静岡県が担当範囲)の指揮下ということに。県内では本部の他、9カ所(千葉・船橋・市川・柏・茂原・成田・旭・木更津・館山)に地域事務所・募集案内所があり、それぞれの地域における活動を担当しています。
地本の組織は任務ごとに大きく4つに分かれます。
公文書や国民保護、災害発生時の連絡調整に当たる「総務」
自衛官や各種学生、予備自衛官の募集に当たる「募集」
即応予備自衛官の招集や予備自衛官・予備自衛官補の管理、退職する自衛官の再就職支援に当たる「援護」
各自治体などとの窓口業務、父兄会や自衛隊協力会、各種イベントの協力や援護、自衛隊のPR活動に当たる「渉外・広報」
本部長曰く「自衛隊の入口(募集・広報)から出口(再就職援護)まで担当しています」。自衛隊の仕事をぎゅっと圧縮した感じで、防衛省・自衛隊を一般企業に例えれば、地本は地方の支社・営業所といった感じです。
現在、陸海空の各自衛官と防衛事務官、あわせて約100名が所属しているのですが、陸海空自衛官の比率は、時期によって多少の変動はあるものの、おおむね自衛隊全体における各自衛隊の人数構成比と同じだとか。自衛官が地本に赴任してくる経緯ですが、これは通常の人事異動とほとんど変わらないそうです。希望を出して異動してくる人あり、定期的な人事のローテーションあり……。任期は本部長の場合2年、幹部(3尉以上)は2~3年、それ以下の曹士に関しては平均4年程度で異動していくことになっています。あまり長くい過ぎても、今度は仕事のマンネリ化を招く恐れがありますものね。年齢構成は、入隊したばかりの若手はあまりいなくて、中堅クラス以上(千葉の場合、全員3曹以上)の自衛官となっています。
そして、1956(昭和31)年に千葉地方連絡部として発足(2006(平成18)年、地方協力本部に改編)以来、ずっと陸海空3自衛隊の自衛官が一緒に仕事をする、いわば「統合運用」のはしりでもある組織なのですが、仕事の進め方に関しては陸上自衛隊の様式で統一されているそうです。各自衛隊では書類の書式はおろか、用紙から異なるそうなので、海上・航空からやってきた自衛官は着任当初、書類の書き方を覚えるのが大変なんだとか。ただ、海上・航空の各自衛隊に提出する書類は、もちろん先方の様式に合わせて作成されるので、その時は逆に陸上自衛官が様式を覚えるということになります。また通常、部隊では陸海空問わずそれぞれ同じ職種(普通科・特科や航海科・砲雷科、パイロットなど)の人達ばかりの職場環境なのですが、地本では様々な職種の自衛官が一緒に仕事をします。その為、今まで接点のなかった他の職種の人から刺激を受けることもあるようですね。
他の職種といえば、地本は一般と防衛省・自衛隊とを結ぶ窓口。部隊にいる時と違って、仕事で自衛隊ではない一般の人と接する機会も増えます。一般の人達が自衛隊をどのように感じているのか、外からの「自衛隊観」というものを知る機会が多くなり、それがまた参考になるといいます。
同じ方面隊に属しているそれぞれの地本は、互いに交流しています。本部長の場合は年に数回本部長が集まる会議(支店長会議みたいですね)があり、そこで情報交換をする他、他県に出張のおり、そこの地本を訪問したりするとか。各部署もそれぞれ情報交換をしており、目に見えるところでは合同で広報イベントを開いたりしているそうです。
◆広報の裏側拝見
今度は渉外・広報室の広報担当者、千葉地本公式Twitterの中の人(二代目さん)から、広報の任務について教えていただきます。まずはオフィスに案内してもらいました。一般企業のオフィスとほとんど変わりませんね。そして、二代目さんのデスクにはパソコンが2台。上にあるのはTwitter用のパソコンだそうです。
二代目さんによると「Twitterはこのパソコンでしか行わないことになってるんです」とのこと。公式なのでログインする端末をひとつに限定して運用してるんだとか。
「スマホとかでやってるとお思いでしょうが、イベント会場でもこのパソコンを持っていってつぶやいてるんですよ」
さりげなく、この取材に関してつぶやかれてるし……。しかもネタバレっぽいじゃないですか!
Twitterでおなじみの「定点」と呼ばれている、国旗がはためく屋上にも上がらせてもらいました。毎日の朝礼もここで行われているとか。あの「定点」の構図ですが、後ろに他の建物が写って住んでいる人や所有者に迷惑がかからないよう工夫した結果だそうです。一度だけ上に登って撮影した給水塔も見えます。
千葉地本といえば、Twitterなどネットで「痛車」と呼ばれた広報車(ラッピングカー)。これの誕生秘話もうかがいました。
「費用対効果を考えた時に、掲示板などにポスターを貼るとしたら、その(掲示)場所を通る人の目にしか触れない。普段我々が乗る業務車をポスター代わりにラッピングすれば、走る先々で『自衛隊の車だ』と注目して興味を持ってもらえる。より多くの人に見てもらい、広報効果を上げる方法として考えたんです」
広報車として長期間使用する為、素人の手づくりではなく、あえて耐久性が保証されるプロの業者に「業務車ラッピング」の名目で入札を実施し、委託することにしたそうです。デザインはもっと奇抜なものも考えたそうですが、自衛隊員には「品位を保つ義務(自衛隊法第58条)」があるので、やり過ぎないよう現在のデザインに落ち着いたんだとか。
「ラッピングは5年保証なので、業務車の耐用年数いっぱいまでもつ計算です。イベントがある時には積極的に装備品と一緒に展示して、本部から動かない時は、外から見える一番手前の駐車場所に置くようにしています。」
広報の基本として、短期的な成果を追わず、自衛隊の存在をよく知ってもらい身近に感じてもらうこと、という長期的な目標を置いているそうです。そして新たな層を引きつける為、絶えず新しいことにトライしていくとも。Twitterも広報車も、その一環として実現した訳です。
学校の職場体験の窓口業務も行っており、千葉県教育委員会から「ちば家庭・学校・地域応援企業等」として登録されています。より多くの人に自衛隊を身近に感じてもらい、子供であれば将来の職業に「自衛隊」という選択肢を考えてもらえるとありがたいですし、その他の世代であれば「自衛隊がどういう人達か」というのを知ってもらうことで、大きな災害や有事の際「あの人達がいるから安心だ」と思ってもらえるように心を砕く、ということですね。
なるべく多くの人に自衛隊を知ってもらう為、出展できるイベントには可能な限り出るようにしているとか。渉外・広報室で広報を担当しているのは3名なのですが「限界までスケジュールを詰め込んでる(二代目さん談)」ので、絶えず様々な調整で飛び回っています。駐屯地や基地での一般開放行事の場合、それぞれの部隊の都合(各上級部隊内での調整)で日程が決定するので、海上自衛隊と陸上自衛隊が同日に県内で開催……という時もあり、当日の人手の確保も大変なようです。
◆イベントでの広報はどうなってる?
さて、そんなイベントでの広報ですが、基本的に一般のイベントの場合、主催者から出展の依頼があって初めて参加することになります。
このイベントへの出展依頼ですが、ルートは大きく分けて3つ。
各地域事務所を通じた依頼
地本の本部に直接来る依頼
方面総監部や幕僚監部など、上級部隊を通じての依頼
上級部隊を通じての依頼(例えば幕張メッセの「ニコニコ超会議」)の場合、上級部隊の方で既に内容が決定しているので、それに従って地本は支援する、という立場。それに対して、各地域事務所や本部に依頼された場合、イベント主催者と部隊を取り持つ窓口としてフル回転します。
まずはイベント主催者の方から開催の日付と時間、会場の場所と出展内容についてのリクエスト(広報ブースの規模や展示する装備品など)を聞きます。この際「◯◯持っていきましょうか?」と地本の側から持ちかけることはないそうですよ。そして、リクエストされた装備品を保有している部隊に対し、貸し出しが可能か打診します。中には「ヘリコプターを」というような無茶なリクエスト(法律により、航空機は基本的に捜索・救助を除けば、定められた飛行場及び場外離着陸場でしか離着陸ができません)もあるそうですが、門前払いせず、必ず部隊に問い合わせるそうです。陸上自衛隊の場合は部隊に直接、海上自衛隊や航空自衛隊の装備品の場合は、上級部隊である方面総監部にいる海上・航空の各連絡官を通じて部隊に打診します。
貸し出しが可能であれば、部隊の負担を減らす為、自動車や炊事車など、地本の人員が運用可能なものであれば装備品のみ、不可能であれば運用する人員を含めて借用する、という形になります。イベント来場者にも人気の軽装甲機動車(LAV)は、通常の車と違って視界が狭く死角が多い為に練成(訓練)が必要で、誰でも運転できるものではないそうですよ(高機動車は誰でも運転可能)。
◆主催イベント「マリンフェスタ in FUNABASHI」
ほとんどがイベント主催者からの依頼で実施しているイベント広報ですが、千葉地本が唯一主催する広報イベントが「マリンフェスタ」です。ここ数年は船橋市の京葉埠頭を会場とした「マリンフェスタ in FUNABASHI」として開催しています。2014年には横須賀の第11護衛隊に所属する護衛艦やまゆき(DD-129)がやってきて艦内を公開、そして航空自衛隊のペトリオット、陸上自衛隊の軽装甲機動車といった装備品が展示されました。やまゆきは信号マストに「WELCOME」の国際信号旗と艦のマスコットである鯉のぼりを掲げて来場者を歓迎します。
海上自衛隊の艦艇を呼ぶ「艦艇広報」の場合、色々と準備が大変で、企画は開催の前年から動き出します。まず岸壁を確保しなければならないので、所有者に使用の許可を取らなければなりません。許可がもらえたら岸壁の長さ、水深のデータを艦隊司令部(今回は横須賀地方総監部)に送り、艦艇の派遣を依頼します。護衛艦の場合、艦首のソナーが大きく下に張り出す構造の為、艦の大きさの割に水深が必要だったりするので水深のデータは重要。派遣可能な艦艇の回答が返ってくるのは、年度末になるとのこと。これと平行して、他の装備品の貸し出し依頼や各方面への協力要請も行います。ほぼ1年がかりで準備し、当日を迎えているんですね。
地本の募集ブースにはたくさんの資料が。様々な人が手に取っていきます。ちょっと見た目は、同人誌が並ぶコミケットのサークルスペースみたいにも見えますね。
イベントで装備品に負けない人気を誇るのが、千葉地本のマスコットキャラクター「千葉3兄妹」。陸の千葉衛(ちば・まもる)、海の千葉未来(ちば・みらい)、空の千葉翔(ちば・かける)の3人です。動物ではなく人間の姿をしているので、キャラがぶれないよう「喋らない・肌を出さない」ことを徹底しています。老若男女を問わず、記念写真やハイタッチなどで引っ張りだこ。
この千葉3兄妹、それだけじゃありません。会場で行われた陸上自衛隊高射学校音楽隊(千葉市若葉区・下志津駐屯地)のコンサートにゲスト出演し、キレッキレのダンス(特に未来)まで踊っちゃうんです。
これも自衛隊に親しみを持ってもらう為、特訓したみたいですよ。衛と翔は、まだ出来が今ひとつですが……。
自衛隊と市民を繋ぐ為、様々な努力をしている地方協力本部。イベントでの広報ブースや、お近くの地域事務所を気軽に訪れてみてはいかがでしょう? 先入観とはちょっと違った「自衛隊」に会えると思いますよ。
(取材:咲村珠樹)