「仮想現実」を意味する「VR(バーチャルリアリティー)」。本来そこに存在し得ないはずの「仮想空間」が、現実世界に浮かび上がりそれを体感できるものとして、近年急激に発達しています。この最先端技術を使って、日本古来の遊び(影遊び)を「デジタルアート」にまで昇華させた作品がTwitter上で大きな注目を集めています。

 「#これでフォロワーさん増えました 見えない彫刻作品「不可視彫像」これかなぁ」

 当時Twitterにて、話題のトレンドワードとなっていた「これでフォロワーさん増えました」を使い、自身の作品動画を公開したのは、メディアアーティストの坪倉輝明さん(以下、坪倉さん)。

 坪倉さんは広告制作会社で、イベントや施設での体験型コンテンツを開発するエンジニア職を担った後、現在は独立して「現実とデジタルの境界線をあえて曖昧にした」メディアアート作品を制作しているクリエイティブテクノロジスト。

 今回2万近いいいねが寄せられた投稿は、自身のTwitterフォロワー数が2万人を有するまでにいたった、いわば「飛躍のきっかけ」となった約30秒間の動画。

 「不可視彫像」と名付けられたそれは、美術館内にて、懐中電灯のような形状のものを持った坪倉さんが、作品台に向けて照射。すると、作品が置いていないはずの台の上に、フランスの彫刻家オーギュスト・ロダンの代表的な彫刻作品「考える人」らしき影が。

懐中電灯のようなもので照らし合わせた結果、何もないはずの作品台の上に作品が出現。

 さらに他にも、「忠犬ハチ公」など、様々な彫刻作品の影が、光とともに次々に浮かび上がってきます。一体どういう仕組みなんだ……ゴクリ。

「考える人」以外にも様々な影が。

いずれの作品も写し出されているのは「影」。まさに「不可視彫像」。

 実は坪倉さんが手に取っていたのは、映像を生成させるための専用のトラッキングセンサー。トラッキングとは、特定の地点を追跡(Track)することで、焦点を当てた対象に映像を発生させる映像技術。

 今回の場合は、先述の彫刻作品の「影」という、本来肉眼では見えないはずの「不可視(Invisible)の彫刻(Sculpture)」という映像が出現。さらにそれを動的に生成させたプロジェクションマッピングなんです。

 坪倉さんが不可視彫像を制作したのは、今から4年前の2017年。当時所属していた広告制作会社で「体験型コンテンツ」の開発エンジニアだったこともあり、常に“新商品開発”に追われていた中、とあるアイデアが浮かび上がりました。

 「コンセプトとしては、『美術館に置いたときに1番映える作品』を考えていました。その時に『美術館には作品台があり、その上に作品が乗っている』という、ある意味で“当たり前”の風景を逆手に取り、『作品のない作品台に存在を感じさせる』という現在の不可視彫像の形を思いつきました」

予め現実と同じサイズの3D空間を作成。

 そんな不可視彫像ですが、あらかじめ坪倉さんは、「現実空間」と同じサイズの3D空間を制作。それを、先述の作品台の上に本当に乗っているかのように、センサーで位置調整。この“下ごしらえ”により、センサーを当てると反応し、天井に設置しているプロジェクターより、映像がマッピングされるという構図になっています。

 日本古来の遊びの「影遊び」を、「VR」という最新技術を駆使して、デジタルリメイクした作品である「不可視彫像」。さらに坪倉さんは、展示室のサイズやプロジェクターの位置に合わせたソフトウェアも合わせて開発。様々な場所で、作品を披露できる体制を整えています。

 これだけでも、十二分に見応えのあるのですが、坪倉さんはフリーのメディアアーティストとして、企業のイベントや常設展示の体験型のコンテンツを開発。光と影に、様々な色が織り交ざったデジタルアート作品を披露しています。

「七色小道」では、通路が虹色にプロジェクションマッピング。

壁面から様々なバーチャルアニメが出現する「つくもがみ」。

触れると、粒子状のVRが発生する「Vertexceed」。

「AchromaticWorld」では、子供たちに様々なデジタルアートを披露。

 その作品群は、各会場で都度評判を呼び、「総務省 異能vation ジェネレーションアワード2018」 で、作品のひとつ「空想ジオラマ」が最優秀賞を受賞。対外的にも高く評価され、様々なメディア媒体にも出演する希代のクリエイターなんです。

「空想ジオラマ」は総務省 異能vation ジェネレーションアワード2018 で最優秀賞を受賞。

 不可視彫像に関しても、「VRクリエイティブアワード2017審査員特別賞」「Mashup Awards 2017 Interactive Design部門 優勝」を受賞した自身の代表作。実は、この作品の大元となったのは、学生時代に制作したとある作品から。

 「元々は10年前に、大学の卒研で制作した『Shadowtouch』という作品がベースなんです。これはデジタル技術を使って、『何もない場所に物体が存在する』という錯覚を作るVRの研究で制作しました」

 坪倉さんに当時の動画を紹介いただいたのですが、そこには暗闇の部屋の中で、今回と同様に懐中電灯らしきもので、何やら照らし出そうとする若き日の坪倉さんの姿。それにより、照らし出された立方体状の「映像」に対し、坪倉さんは指に球体状のものをはめ込み、つまむかのような動作。すると“掴まれた”立方体は、指の方向へ動き出すという、まさに今回の不可視彫像の「プロトタイプ」ともいえるトリックアート。

 当時在籍していた金沢工業大学にて、VRの研究をしていたという坪倉さんは、「デジタル技術を使って、何もない場所に物体が存在するかのような錯覚を作る」コンセプトを元に、「Shadowtouch」を開発。

 これまた懐中電灯のようなセンサーに、指先に装着した専用キャップで赤外線を反射させた結果、影が動いているように見えるといういわば「だまし絵」。その作品は、「文化庁メディア芸術祭」の学生CGコンテストの受賞作品として展示され、高い評価を受けました。

 ちなみに、この時坪倉さんが使用したセンサー機器はというと、なんと当時販売されていた家庭用ゲーム機専用のリモコン。これは当時の時代背景もあったからだそう。

 「今でこそVR機器などは市販され、安価に3Dモーションキャプチャー環境が手に入るようになりましたが、当時はセンサー機器類も市販されておらず、なかなか手に入らなかったんです。機材を取り揃えて作った『不可視彫像』は、『Shadowtouch』を現代版にリメイクした作品でもあるんですよ」

 先述のVRを含めた先端技術群「XR」は、昨今の「ポケモンGO」の爆発的ヒットにより、AR(拡張現実)が急速に浸透し、VRにしても、先述のセンサー類をはじめ各種機器が市販化され、身近に感じるものになってきました。

 また、「デジタルトランスフォーメーション」「デジタルマーケティング」などという言葉が生み出されるほどに、日本の各企業が販売戦略のひとつとして、デジタル技術を積極的にビジネスに活用されるようになっている側面もあり、現在進行形で日々発展し続けています。

 しかしながら、「十年一昔」とはよくいったもので、まだ「黎明期」であった2010年前後においては、坪倉さんたちのような技術者が粉骨砕身した結果、発展した事実であることも、筆者も含めたユーザーは認識しなければいけませんね。

 そんな坪倉さんですが、残念ながら昨今のコロナ禍によって、2020年は作品展示の大半が中止に。そこで、仮想空間の使い手の真骨頂というべきか、そんな苦境を逆手に取り、WebやVR空間といったオンラインにて作品展示を実施。

 さらに、ソーシャルVRプラットフォームである「VRChat」上でも活動しており、こちらについては、自身のYouTubeチャンネルにて動画が配信されています。

コロナ禍にあっても坪倉さんの活動は留まることを知らず。活躍の場をVRに移しました。

 また、先述のVR空間内では、美術館を建設し、同時にオフィスも“開設”。そこでは、とうとう坪倉さん自身がアバターとしてバーチャル化。“空間内”で様々なイベントも開催し、その結果1万人を超える来場者を記録。「ピンチはチャンス」という格言がありますが、坪倉さんにとっては、そもそもピンチという概念すら存在しないのかもしれません。

 2021年は、これまで行ってきた各地を巡回しての展示会についても、春ごろから徐々に再開していく予定で、当面は「バーチャル」と「リアル」を並行して活動していくとのこと。しかし一方で、「ニーズにはしっかり目を向けたい」とのことで、メインで活動する場所は柔軟に対応していくとも話されていました。

 いずれにしても、今回のコロナ禍においても実証されたように、時代の変化にも都度アジャストして活動されていくことは間違いなさそう。筆者も、「空間の魔術師」の今後の活躍に注目したいと思います。

https://twitter.com/kohack_v/status/1358742395404251138

<記事化協力>
坪倉輝明@メディアアーティストさん(@kohack_v)

(向山純平)