中国では「文房四宝」のひとつに数えられる文房具「硯」。日本においても、書道用具として古くから使用されています。

 近年は、軽量で持ち運びも容易なプラスチック製が普及していますが、それは「石の硯」を知らない人たちの増加という意味でもあり、結果「墨をする」機会も大きく減少。「墨」の文化は今、大きな岐路に立たされています。

 そんな現状を打破すべく、奮闘する墨職人が奈良県にいました。

「硯は石で出来ている。
石だからこそ墨が磨れる。
当たり前のことかもしれんけど、それをこれから学校の子供達や先生に伝えに行きます。
まずはそこから」

 投稿者の長野睦さんは、奈良県奈良市にある墨工房「錦光園(きんこうえん)」にて、奈良由来の伝統的な製法を用いた「奈良墨(ならすみ)」の職人をされている人物。同時に、江戸時代より代々続く墨職人の家系「長野家」の七代目(墨匠)を務めます。

奈良の墨工房「錦光園」7代目当主・長野睦さん。

 明治時代に、四代目当主であった亀吉氏が、職長として所属した墨屋「古梅園(こばいえん)」から独立したのが「錦光園」。実は奈良県は日本の「墨」の一大産地で、国内におけるシェアはなんと9割超。「日本の墨=奈良墨」といっても差し支えないほどの存在感を有します。

 ところが墨汁の流通により、冒頭のプラスチック硯が合わせて普及しました。これにより、錦光園が取り扱う「固形墨」の需要が激減します。

 さらに後継者不足も追い打ちをかけ、墨屋は次々に廃業し、現在では10軒にも満たない数にまで減少。長野さんのような墨造りの職人も、国内で数えるほどしか残っていません。

 「『硯は元々石で出来ている』ということを、常日頃より多くの方に伝えていきたいという思いがありました」

「硯は元々石からできていた」長野さんが注力する学校教育に向けての発信でした。

 存亡の機に直面し、長野さんが目を向けたのが、授業や書初めの宿題などで「書道」に触れる機会が多い「学校教育」。今回の投稿は、今後における「決意表明」が込められています。

 とはいえ、長野さんは既に様々な分野で、精力的に「墨」の普及活動に勤しんでいます。この日の投稿も、「石で墨を磨ってみよう」という趣旨の児童向けワークショップを企画していたところ、長野さんの子供たちが、公園で拾った石で墨を磨っている様子を目にしてのものでした。

子供たちが公園で偶然拾った石で墨を磨る様子を見ての投稿でした。

 「錦光園」においても、工房内での墨に関する講義や、製造現場の見学、実際に墨を制作する体験、ECサイトを通じて墨の無料試し磨りなどを一般向けに実施。体験目的での来訪者は、国内外も含めて年間4000人もの盛況ぶりを見せています。

産地振興のため、多方面から普及活動を行う長野さん。

 他にも、インテリアとしての墨の可能性を模索した「香り墨Asuka」の開発、公式サイトの特設ページ「奈良墨のひと」にて業界関係者を記事にて紹介するなど、多方面から「墨」について発信し、産地の振興を目指しています。

インテリアを意識した新機軸の商品「香り墨Asuka」。

 自らを「奈良墨の案内役」と称した長野さんによる「墨の伝道」は、これからも変わらず続けていくとのことです。

<記事化協力>
長野 睦さん(Twitter/Instagram:@kinkoenjp)
錦光園(奈良県奈良市三条町547)

(向山純平)