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【新作アニメ捜査網】第23回  『うみねこのなく頃に』が見た近代日本

update:

皆さん、こんにちは。今回の「新作アニメ捜査網」は、少し趣向を変えてお送りしたいと思います。現在、円高が世間の耳目を集めていますが、過去にも急激な円高が発生した時期が何度かありました。本稿では、その中でも1980年代に焦点を当て、その時代の国際政治経済情勢を反映したアニメ・特撮作品を見てみたいと思います。


  • まず1980年代の国際政治情勢について。この時代の国際関係で特筆すべきは、新冷戦と呼ばれる情勢です。1979年、ソ連のアフガニスタン侵攻をきっかけとして米蘇の関係は悪化し、東西両陣営による軍拡競争が激化しました。1983年にはレーガン米大統領がソ連を「悪の帝国」と非難すると共にスター・ウォーズ計画と通称される軍拡計画を発表し、軍拡競争は宇宙にまで広がりました。
    それでは、新冷戦を背景にして制作された作品を見てみましょう。

    まずは人形劇『プリンプリン物語』(1979年~1982年放送)。この番組に登場する悪役・ランカー(声・滝口順平)はミサイルを売る死の商人です。当時、ヨーロッパにおけるミサイル配備が東西の緊張を強めていたという世相を背景にした設定と言えるでしょう。

    次にテレビアニメ『魔法のプリンセス ミンキーモモ』(1982年~1983年放送)。この番組の第42話「間違いだらけの大作戦」では、アッチノ連邦とドコカノ国という敵対する国家が手違いによって開戦しそうになります。このエピソードも、一触即発の状態にあった東西両陣営を諷刺したものと言えましょう。

    そして映画『ゴジラ』(1984年公開)。この映画には、宇宙空間から核ミサイルを発射する米蘇の人工衛星が登場し、新時代の核の恐怖を描いています。1954年の『ゴジラ』は核の脅威を間接的に描いたのに対し、1984年の『ゴジラ』は直截的に描いているのです。

    経済面では、1980年代、日本は大変な貿易黒字額を抱えていましたが、特に最大の輸出先はアメリカでした。また当時、アメリカは貿易赤字と財政赤字の“双子の赤字”を抱えていました。そうした状況下で日米貿易摩擦が起きます。1985年の時点で1ドル=240円程度だったそうですが、これに対しレーガン米大統領は、日本に対する貿易赤字とドル高を是正し、日本に内需拡大を要求するため、アメリカ・ニューヨークにあるプラザホテルでG5(日本・アメリカ・西ドイツ・イギリス・フランス)蔵相・中央銀行総裁会議を開きました。この会議において発表された合意が「「プラザ合意」です。この合意によって急激に円高が進行し、1986年末の時点では1ドル=160円となりました。

    この当時を舞台としたテレビアニメが、『うみねこのなく頃に』(2009年放送)です。この番組の舞台となっているのは1986年10月です。物語は、医師から余命3箇月と告知された実業家・右代宮金蔵(声・麦人)の財産を巡り、子供達が骨肉の争いを繰り広げるというものですが、金蔵の歩みは、近代日本の歩みでもありました。
    1923年、関東大震災によって、当時の右代宮家は、経営していた紡績工場や財産を一遍に失ってしまいました。危機的状況に追い込まれた右代宮家を立て直すため、金蔵は、分家の出身でありながら本家の当主を任されたのでありました。太平洋戦争後のGHQによる占領期には、金蔵はGHQとのコネクションを利用して商売します。
    金蔵は西洋にかぶれており、4人の子供にそれぞれ蔵臼(くらうす 声・小杉十郎太)、絵羽(えば 声・伊藤美紀)、留弗夫(るどるふ 声・小山力也)、楼座(ろーざ 声・小清水亜美)という西洋人のような名前を付けていますが、英語を用いアメリカ人と付き合ってビジネスする上で金蔵の西洋かぶれは大いに役に立ったのではないでしょうか。そして1950年に勃発した朝鮮戦争をも利用し、特需の恩恵に預かります。その後30数年の時を経て、アニメ本篇の1986年10月を迎えるのでした。

    劇中、右代宮蔵臼は、物語の舞台となっている右代宮家の私有地・六軒島にホテルを建設し、リゾート事業を行おうとしていました。どうやら、マリンスポーツや釣りをする観光客を呼び寄せるつもりだったようです。ではなぜこの時期、蔵臼はリゾート事業を行おうと考えたのでしょうか。

    それは当時の日本政府(中曾根康弘内閣)が、内需を拡大しようとしていたからです。因みに中曾根首相は中曾根弘文・自民党参議院議員会長の父です。中曾根内閣は内需を拡大させるため、1987年に総合保養地域整備法(通称・リゾート法)を制定、この法律によってリゾート産業を振興させようとします。

    蔵臼はこの法律が制定されることを察知し、リゾート産業が儲かると考えました。
    そこで、六軒島にホテルを建設してリゾート事業を行おうとしたのです。
    蔵臼がリゾート事業のために建設したホテルは、劇中では親族が泊まるゲストハウスとして利用されているもので、その外観は、東京都北区に現存する古河虎之助邸(元々は陸奥宗光邸だった)をモデルにしています。興味がおありの方は、一度おいでになると興味深いでしょう。
    劇中そのままの姿で我々を出迎えてくれます。

    『うみねこのなく頃に』とほぼ同じ時代を舞台としたテレビアニメに、『WHITE ALBUM』(2009年放送)もあります。この番組は、女性歌手を擁する芸能プロダクションの興亡を描いた作品です。
    第1話「そう、あの時はもう、スイッチが入ってたんじゃないかなあ」は、1986年11月から物語が始まりました。劇中のテレビニュースでは、「日経平均株価16804円15銭、1ドル=163円」と言っています。
    続く第14話「チューニングが合ったためしがない。もっと良好な場所があると思ってしまう」では12月に移り、「日経平均株価18909円61銭、1ドル=160円」というニュースが登場しました。
    第15話「見つからないものが、まわりを壊す。そこにないから、手の打ちようがない」では1987年正月を迎えます。劇中、「プロ野球の契約更改で初の一億円プレイヤーが誕生」というニュースが登場しました。
    これは、中日ドラゴンズに移籍した落合博満のことですね。バブルの足音が聞こえてくるような景気のいい話を出して、高揚感を漂わせようとしているのでしょう。

    そして第26話(最終回)「僕達は一緒に座っている、一晩中、動くこともなく」。物語の中心となる歌手・森川由綺(声・平野綾)と緒方理奈(声・水樹奈々)は2人で新レーベルを設立して新曲を出し、更なる高みを目指すのでありました。時は1987年。
    劇中のニュースでは「日経平均株価の終値は21705円63銭」と伝えられました。由綺と理奈が芸能界において更なる高みを目指すのと歩調を合わせるようにして、日本経済もまた更なる高みを目指すことになります。1989年12月29日には、日経平均株価が38915円87銭を記録するのでした。
    由綺と理奈の快進撃は、元気に溢れた日本経済ともリンクしていたのではないでしょうか。即ち、本作における歌手や芸能プロダクション関係者が芸能界という坂を登っていく姿は、経済成長という坂をどんどん突っ走る日本の姿と重ね合わせて描かれていたと言えるでしょう。
     
    さて、1980年代後半には日本経済はバブル景気と呼ばれる好景気に突入します。
    ハリウッド映画にはしばしば強い力を持った日本企業が登場しますが、これはバブル期の日本のイメージが投影されたものです。バブル期にはソニーがコロンビア・ピクチャーズ・エンタテインメントを買収、三菱地所がロックフェラー・センターを買収した他、安田火災海上がゴッホの『ひまわり』を58億円、大昭和製紙の名誉会長がゴッホの『医師ガシェの肖像』を125億円で、ルノアールの『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』を119億円で購入しています。

    1990年代に入るとバブルも崩壊の時を迎えます。1991年12月14日に公開された映画『ゴジラVSキングギドラ』はバブルの空気が充満した映画でしたが、公開された時点では既にバブルは崩壊していたと考えられます。とは言うものの、バブル崩壊を実感していた人はあまりいなかったと聞きます。
    この映画のストーリーは、未来の地球において日本が突出して繁栄し過ぎているので、未来人がタイムスリップして歴史を改変し、日本の国力を削ごうとする、というものです。GDPにおいて日本が中国に追い抜かれそうだと言われている今となっては信じられない話ですが、当時の空気を反映しているのでしょう。

    バブル景気の前後というのは色々な意味で激動の時代であり、物語の題材としては相応しいのかもしれませんね。

     <参考文献>
    宮本憲一『経済大国 日本の奇跡とゆれうごく世界』1989年、小学館
    『週刊朝日百科日本の歴史 現代⑦高度成長とその後』2004年、朝日新聞社
    渡辺啓貴・編『ヨーロッパ国際関係史 繁栄と凋落、そして再生』2002年、有斐閣

    ■ライター紹介
    【コートク】

    本連載の理念は、日本のコンテンツ産業の発展に微力ながら貢献するということです。基本的には現在放送中の深夜アニメを中心に当該番組の優れた点を顕彰し、作品の価値や意義を世に問うことを目的としていますが、時代的には戦前から現在まで、ジャンル的にはアニメ以外のコンテンツ作品にも目を向けるつもりでやって行きたいと思います。そして読者の皆さんと一緒に、日本のコンテンツ産業を盛り上げる一助となることができれば、これに勝る喜びはございません。

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