こんにちは。咲村珠樹です。今回の「建物萌の世界」通称「たてもえ」は、夏休みも近いことですし、東京から離れて長野県に行ってみようかと思います。
長野県は諏訪市。諏訪湖と温泉が有名ですが、結構素敵な建物も揃っています。JR上諏訪駅近くは古くからの酒蔵が軒を並べていて、非常に興味深い街並みを形成しているんですが、JRの線路を越えて諏訪湖畔に行ってみましょう。
8月中旬と9月上旬に湖上花火大会も行われる諏訪湖。その湖畔、木立に囲まれて建つ洋風建築が、今回ご紹介する片倉館です。今年、国の重要文化財に指定されました。
竣工は1928(昭和3)年。この周辺を本拠とする製糸会社(片倉財閥)の2代目当主、片倉兼太郎がヨーロッパ視察旅行で目にした農村の慰安保養施設をモデルに、近郷の人々に温泉を楽しんでもらおうと考えて建設した、日本初のクアハウス(西洋式温泉施設)です。設計したのは森山松之助。東京駅などで知られる辰野金吾の弟子で、この他には台湾総督府(台北に総統府としてまだ現役)なども設計しています。
総工費は、当時の貨幣価値で新しい製糸工場が複数建てられるほどの金額をつぎ込んだそうです。それだけ贅を尽くして、従業員だけでなく一般住民の福利厚生に供した訳ですから、すごい評判だったでしょうね。施設は、完成の翌年に設立された財団法人が運営しています。
塔が印象的なこの建物。木立との関係もあいまって、ヨーロッパ的な雰囲気です。
表面の仕上げは、この時代の特徴であるスクラッチタイル。窓枠は現代の物に交換されているようですが、使い続けてきた歴史を考えると、これはやむを得ないでしょう。
そして、建物各所に施された装飾も魅力的です。
……なぜか、唐突に熊なんかもいますが。
熊の上に見える軒下のタイルも、なんだかウルトラマンタロウの胸にあるプロテクター状のパーツみたいですね。建物手前にある池の縁は、モザイクタイルで彩られています。
さて、クアハウスと紹介したのですから、肝心の浴室もご紹介しましょう。上諏訪温泉を引いた浴室は「千人風呂」という名前がついていますが、たとえば青森県・酸ヶ湯温泉の千人風呂ほど広くはありません。本当に1000人が入浴できる訳ではなく、いわゆる「大浴場」としての広さを表現するものですね。
男湯・女湯とも同じ広さで、デザインも共通です。いわゆる「ローマ風呂」的な雰囲気ですね。当時この手のデザインが流行していて、1930(昭和5)年に作られた群馬県・四万温泉の積善館や神奈川県・江ノ島の岩本楼なども似た系統のデザインを持つ浴室です(どちらも国の登録有形文化財)。
浴槽は大理石。プールのような手すりがついていますが、それもそのはず、深さは最大1.1メートルあります。底には大きめの玉砂利が敷き詰めてあり、足裏を刺激するようになっています。深さからすると立って入るような形になりますが、もちろん縁の方には段差がついており、そこに腰掛けて入浴することも可能です。
浴室の壁面を飾るステンドグラスや彫刻も印象的ですね。
一応お断りしておきますが、これらの浴室写真は営業時間外に撮影したものです。営業中に浴室で撮影する行為は、いわゆる盗撮として迷惑防止条例等に抵触する恐れがありますのでご注意ください。
また、温泉に入る浴場棟だけでなく、近郷住民の社交場になるよう、大広間を備えた建物(会館棟)も隣接しており、渡り廊下で行き来できるようになっています。
正面の車寄せや、その上に見える装飾などのディティールが、浴場棟と統一感のある雰囲気をかもし出していますね。
側面に回り込むとこんな感じ。屋根上に並ぶ窓がリズミカルな印象です。
浴場棟が鉄筋コンクリート造なのに対して、こちらの会館棟は木造です。展示されていた写真パネルに、竣工当時の様子を写したものがありました。
浴場棟に掲げられた旗が、なんだか時代を感じさせます。
片倉財閥関係は結構いい建物が多く、この片倉館の隣に建つ諏訪市美術館(今年7月に文化審議会より登録有形文化財に登録するよう答申)も、かつては1943(昭和18)年に建てられた片倉財閥の教育施設「懐古館」でした。戦後諏訪市に寄贈され、美術館となったそうです。
隣接する敷地に建つホテルも片倉系なのですが、こちらには片倉館と同じ1928(昭和3)年に建てられた片倉財閥の迎賓館と離れ(これらも今年7月に文化審議会より登録有形文化財に登録するよう答申)が移築されています。この他にも、東京・京橋には1922(大正11)年に建てられた本社ビルがあり、なかなかいい雰囲気だったのですが、こちらは残念ながら取り壊され、現在再開発中です。
湖畔に建つ西洋風のクアハウス。入浴料もお手頃(大人600円・子供400円)なので、近くに行った機会に日帰り入浴されてみてはいかがでしょうか。
◆片倉館
https://www.katakurakan.or.jp/
【文・写真:咲村 珠樹】
某ゲーム誌の編集を振り出しに、業界の片隅で活動する落ちこぼれライター。
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