家や建物を建てる際、世の中には縁起を担ぐ様々な儀式や行事が存在します。ある不動産業のTwitterアカウントが、古い井戸を埋める際に行う「井戸祓い」という耳慣れない儀式についてツイートしました。

 井戸が少なくなった現代で、井戸を埋める際の儀式「井戸祓い」についてツイートしたのは、東京都で不動産業を営む株式会社大興ネクスタの公式Twitterアカウント。1976年の設立以来、土地建物の分譲やリフォーム、賃貸管理に不動産コンサルティングを手がけています。

■ 「井戸祓い」とは

 ツイートによると、買い入れた土地に井戸があり、埋めてしまう場合に行うのが「井戸祓い」とのこと。これまで水を供給し続けてきた井戸の神様に対し、埋める前に神職を招き「今までありがとうございました」と感謝する儀式だそうです。

 古来、人類は水資源の確保に大きな労力を割いてきました。今でも水利権を巡って武力紛争が発生するなど、水は人の生活で非常に重要な存在です。

 また、日本では井戸の水脈は土地の「気」の流れと密接につながっているという信仰もあり、各地に水の神を祀った「水神社」や、水脈を司るとされる竜に関係した地名や言い伝えが残されています。神様は守り神であると同時に、災いをもたらす存在として描かれることもあり、その災いのことを「祟り(たたり)」と呼んでいます。

 井戸祓いは、ちゃんと井戸の神様をお送りすることで、その土地に災いが起こらないようにする、という縁起を担ぐ儀式ということですね。日本には様々なものに神様が宿る、という考えが古くからありますから、井戸をなくす時も神様にご挨拶が必要、と思っての儀式なのでしょう。

■ 地鎮祭や上棟式の現状

 ほかにも、家や建物を建てる際には様々な儀式が昔から行われてきました。最初に工事の安全を祈念する「地鎮祭」や、家の構造が屋根部分までできた際に行われる「上棟式」などが代表例です。

 このことについて、大興ネクスタのTwitter担当さんにうかがうと「不動産業界としての井戸祓いや地鎮祭、上棟式といった儀式は、昔からずっとやっている『しきたり』や『験を担ぐ』ため、今でも根付いています」とのこと。

 施主(建築主)さんによっては「儀式はしない」という考えの方もいるようで、それはそれで尊重されるべきこと。しかし、多くの物件を手がける不動産業者からすると「今でも残っている験担ぎですし『やった方が安心する』から続けています」とも話してくれました。

 また「大手企業ほど、売買物件に井戸の存在や、埋め立てた記録があると『井戸祓いをしたか否か』を強く気にするところが多いそうです。業界的にも、お祓いをしたか否かは結構気にされるポイントのようです」というお話も。大手ほど縁起を担ぐ傾向にある、というのも興味深いですね。

 ちなみに、地鎮祭で神職が祝詞を奏上したのち、盛り土に対して施主や建築する側の代表がくわで耕すような真似をする「くわ入れ式」ですが、日本独特のものではないようです。海外でも、企業が新たな土地に工場などを建てる際、盛り土にスコップを入れる「Ground Brakeing Ceremony」というものがあり、着工にあたって工事の安全を祈り、縁起を担ぐのは洋の東西を問わない様子。

 上棟式は家の構造部分が出来上がり、屋根までの全体像が見えた時点で日にちを選んで実施される行事。この際に上棟の日付と施主、工事の責任者を記載した「棟札(むねふだ)」というものを棟の柱に取り付けますが、現在は棟札の設置を省略することも多いようです。

 上棟式というと、ある一定の世代以上は、その後に屋根からお餅やお菓子などをばら撒く「饌具(せんぐ)まき」や「たてまえ」という儀式を覚えているかもしれません。これも目にする機会が少なくなりました。

 これらの現状についてうかがうと「新築戸建てでの地鎮祭・上棟式は、基本的にお客様(お施主様)にご希望をおうかがいしてから実施しています。近年の現場では地鎮祭のみで上棟式を省くことが多く、上棟式まで行ったのは過去に数度あるくらいです」とのこと。上棟式を見かけない理由が分かったような気がします。

 その土地に長年住んでいる方の場合、地鎮祭を希望すると同時に土地の氏神を祀る神社を指名し、連絡先を教えてくれるとのこと。そして業者側から神社に連絡し、日程のすり合わせなどの準備を進めるそうです。

 とはいえ、多くの場合は儀式について知らない方が多く「やった方がいいんでしょうか?」と問われるのだとか。これに対し「やった方がいいです」と返答していると教えてくれました。

 「というのも、縁起を担ぐ意味とともに、家を建てるという1つのけじめをつけるタイミングであったり、新しい暮らしを始めるというおめでたいことの始まりですので、お祝いはした方が良いという考えからです」

 地鎮祭は施主の親族をはじめ、施工業者や不動産業者などの関係者が一堂に会する貴重な機会。「お互いの人となりを認識し、改めて建築工事の安全と、お家が建った後の安心できる暮らしや今後のお付き合いが円満なものになるようお祈りしています」と、それぞれが顔合わせする意義についても話してくれました。

■ このほかにもある家の験担ぎ民俗学・トイレ編

 不動産業に関わる儀式についてはこのような感じですが、筆者が学生時代に専攻していた民俗学では、古い家に見られる「験担ぎ」も研究対象になっていました。

 代表的なものが、トイレのそばにヤツデやナンテンを植えるというもの。トイレは「ご不浄」という呼び名のある通り、よくない気が集まる場所、という民間信仰があります。

 これに対し、魔や厄災を払うとされる「天狗の羽うちわ」に似た葉をつけるヤツデを植え、悪い気を払いのけようとするものです。またナンテンは「難を転ずる」という意味で植えられるもの。

 これらの植物がトイレのそばに植えられている家は、歴史のある建物であったり、古くからのしきたりや験担ぎを受け継いでいる家だったりすると考えていいでしょう。家は身近な生活の場ですが、よく見てみると古くから伝わる意外な発見があるかもしれません。

<記事化協力>
株式会社大興ネクスタ公式Twitterアカウント(@daikonexta)

(咲村珠樹:宮崎県民俗学会会員)