鉄道趣味には様々なジャンルがあり、撮影して楽しむ「撮り鉄」、乗って楽しむ「乗り鉄」など以外に、鉄道車両の部品やグッズを収集する「収集鉄」というものがあります。
鉄道ファンの利根川智史さんは、そんな収集鉄の1人。いろいろな鉄道部品を集め続け、自室に201系電車の運転台を作るだけでなく、ついにJRの115系電車を丸ごと入手。後世に伝えるため、修復費用の一部をクラウドファンディングで募集しています。
Twitterでは「小田急3264F」の名前で活動している利根川さん。小さい頃から機械いじりが好きだった利根川さんは、鉄道も気づいたら好きになっていたそうで、プラレールや鉄道模型を経て、中学2年の時に113系電車の車掌スイッチ(ドア開閉用のスイッチ)を購入したことをきっかけに、鉄道部品収集の道へ入っていきました。
これまで販売会や鉄道部品取扱店、オークションなどで収集したのは、行先表示器(方向幕ユニット)や運転士が操作する運転機器、車掌が操作する放送機器にオルゴール、ドアスイッチなど、15年で300個以上。基本的には電気を通せば動く機器が中心だそうで、通電させて楽しむこともあるのだとか。
■ 自室に201系電車の運転台を再現!
鉄道部品収集を始めた頃から目標にしていたというのが、大好きなJR201系電車の運転台を再現すること。中学2年生の夏に前面の行先表示器を入手したことを契機として、機会があるごとに201系の部品を収集。中学3年の秋に部活で豊田車両センターを見学し、引退まもないクハ201-1の乗務員室に入ったことで、運転台再現を夢見るようになったといいます。
部品を買い揃えると同時に、実車の図面を見ながら自室におさまるよう独学で図面を作成し、ホームセンターで購入した木材を加工し、大学1年時にベースとなる運転台が完成したそうです。そこからは規模や再現度を高めていき、シミュレータとの連動や、圧縮空気でブレーキ装置の再現機構まで組み込んでいきました。
完成した「201系運転台」の写真を見せていただきましたが、まるで実車の写真と見間違えるほどの出来栄えで、操作に連動して計器も動き、これが部屋の中に構築されているとは信じられないような光景。この運転台は東京から長野へ転居する際に分解され、現在は未組み立ての状態で保存されているそうです。
■ 実物の電車を保有する夢
鉄道部品を集める「収集鉄」として、究極の夢ともいえるのが、鉄道車両を丸ごと所有するということ。利根川さんも、高校生の時代からその夢を抱くようになりました。
幸い、車両を置く土地については候補となる場所があったそうですが、車両を鉄道会社から譲渡してもらうというのは、個人にとってはとてもハードルの高いこと。それでも大学を卒業し、鉄道車両用品製造会社に就職してからも、ずっと機会を探っていたのだそうです。
転機となったのは2021年春。鉄道車両用品製造会社を退職し、長野県千曲市の日帰り温泉施設「万葉超音波温泉」を運営する株式会社翠明荘の経営に携わるようになってのことです。この施設は利根川さんの先祖が開設し、現在は父親が代表として経営しているもの。
利根川さんは父親を説得。最終的に、趣味で終わらせるのではなく、会社としてしっかり利益を出すことを前提とした活用方法であることを条件に、計画にゴーサインが出ました。
しかし、いざ譲渡可能な鉄道車両を探してみると、鉄道会社から民間企業に対し展示用途での譲渡は法的にほぼ不可能、という現実が立ちはだかりました。過去には譲渡が可能だった時期もありましたが、時代が変わり、条件が厳しくなってしまっていたのだとか。
■ クハ115-1106との運命の出会い
そんな時、父親のつながりで長野県小県郡長和町にある「ブランシュたかやまスキー場」に、JR東日本から譲渡された115系電車の先頭車、クハ115-1106があることを聞きつけます。2015年10月の廃車後、スキー客の休憩所として利用されていましたが、雨ざらしの状態で設置されていたため、老朽化が進んでいました。
たまたま父親が長和町にコネクションがあったこともあり、利根川さんはダメ元で長和町へ赴き、町長に譲渡を前提とした交渉を行いました。その際、車両の機能をできる限り復活させ、地域活性化のために活用する計画についても説明したといいます。
およそ8か月にわたる交渉で、お互いの利害が一致した利根川さん(株式会社翠明荘)と長和町。2022年4月に譲渡が決定し、クハ115-1106が「万葉超音波温泉」の敷地内にやってくることになりました。
諸々の下準備が完了し、車両の陸送を実施したのは2022年夏。この際、利根川さんはクハ115-1106にバッテリーを持ち込み、車内の照明などを点灯した「生きた」状態での陸送を実現させました。これは世界中探してみても、電源の入った状態で鉄道車両が道路を移動するのは、おそらく史上初ではないかと利根川さんは語ります。
ここには、利根川さんが譲渡交渉でも言及していた「車両の機能を復活させる」というビジョンが大きく影響しています。これまでの鉄道部品収集歴、そして鉄道車両用品製造会社に勤務していた経験から、車両図面の読み方や鉄道車両の構造について理解を深めていたのも、大きな助けとなりました。
「クハ115-1106は廃車~スキー場時代、電気系統や空気系統は現役時のままで一切手を入れられていませんでした。絶縁試験を行い車両の電気配線も何ら問題がないことが分かり、実車の図面を見ながら通電試験や圧縮空気を入れるテストを行った結果、現役時代の機能が喪失せず、そのまま生きていることが判明したんです」
照明の灯った状態で運ばれる姿に、利根川さんは「クハ115-1106はまだ生きている」というメッセージを込めたかった、と語ります。また、この陸送は話題となり、地元のテレビニュースや新聞記事となったことで、多くの人に認知されるきっかけにもなりました。
■ クハ115-1106を「動態」保存するためのクラウドファンディング
新しい設置場所は、日帰り温泉施設「万葉超音波温泉」駐車場の一角。雨をしのげるよう屋根を設置することとし、改めて車両の状態を確認すると、屋根や外板の各所に腐食が見つかり、雨漏りしている部分もあったといいます。
「車体は一度スキー場スタッフの手で塗装が塗り直されましたが、屋根などがなく風雨にさらされ、さらに冬季は雪が大量に積もるスキー場という特殊な環境だったことで、腐食がかなり進行しています」
優先度の高い屋根の応急補修は、長野県埴科郡坂城町が保存する「169系電車S51編成」のボランティア組織「坂城町169系保存会」の協力で実施されました。しかし、各所の腐食を修復するには専門的な技術と予算が必要です。
そこで株式会社翠明荘「万葉超音波温泉」では向こう10年を見据え、修繕・保存に必要な総額4000万円にものぼる予算の一部、1000万円をクラウドファンディングで募集することに。修繕に関しては115系の修繕経験がある会社に発注し、専用の電気設備(三相交流440V)を設置して屋根上のクーラーAU75を稼働させ、車内冷房を行うとのこと。
モーターがないため走行はできませんが、ほかの部分はできる限り現役時代と同じように稼働させる「動態保存」の試みは、鉄道会社以外が保存する電車としては、おそらく全国初ではないでしょうか。しかも115系は現在知られている限り、このクハ115-1106以外には、新潟市の新津鉄道資料館にしか保存されていません。
社是ならぬ「車是」として「走行以外現役同等」を掲げる、クハ115-1106。まだしなの鉄道やJR東日本・西日本に車籍のある車両が残っているため、今後保存車が増える可能性はありますが、これほど「動態」を維持した保存は見込めないでしょう。
利根川さんはクハ115-1106の活用法として、日帰り温泉利用者の休憩所としてだけでなく、地元の幼稚園・保育園の活動の場、イベントやワーケーション会場など、地域のコミュニティスペースになってほしいと語ります。「万葉超音波温泉」がある長野県千曲市の小川市長とも話をし、市と協力してこの車両を活用したイベントの開催も計画しているとのこと。
また、鉄道ファン向けには「生きた」運転機器を使ったシミュレータ体験なども考えているとも語ってくれました。
「既に複数の鉄道関連団体様より車内貸切でのイベント開催や懇親会会場としての打診を受けております。また『ブライダルトレイン』として結婚式会場としてご利用いただくなど、非常に幅広い活用方法を検討中です。私としては、鉄道車両部品販売イベントをクハ115-1106の車内で開催、というのをやってみたいところではあります(笑)」
株式会社翠明荘が進めるクラウドファンディング「希少な115系車両『クハ115-1106』を末長く後世へ」は、クラウドファンディングサイトREADYFORにて、2022年11月30日まで実施予定。目標未達なら全額返金する方式をとっており、達成までは苦しい状況ですが、より良い未来がひらけることを期待してやみません。
ほぼ同年代のフォロワーさんや同級生
・結婚しました!
・プロポーズしました!
・子供が産まれました!一方ワイ
・鉄道部品買いました!(収集16年目)
・自室に運転台作りました!(数年前)
・電車買いました!(今年)
・スバル車楽しい!(スバル歴9年)もう手遅れかもしれない pic.twitter.com/iBU0Jtu1MN
— 小田急3264F@RA-R & Tc115-1106 (@OER3264F) November 13, 2022
<記事化協力>
株式会社翠明荘 万葉超音波温泉(@manyoonsen)
小田急3264F(利根川智史)さん(@OER3264F)
(咲村珠樹)