防犯カメラの映像が事件解決に大きく貢献!という報道を見聞きするようになった頃、勤務先にも防犯カメラが導入されました。これから悪さをしようとする人間を思い留まらせる効果も期待して【防犯カメラ作動中】と書かれたステッカーも目立つ場所に大々的に貼りつけ、これで悪人は寄り付くまい!と思っていたら、犯人ではなく警察関係者が寄り付くようになってしまいました。つまり、勤務先に良からぬことが起きたわけではなく、捜査の手がかりになるような映像がないかを求められるようになったのです。
おかげで制服以外で職務遂行する警察関係者の方々と接するという、またとない経験をすることになったのですが、その服装が大変に興味深く、しかも色んなパターンがあることに気づいてしまいました。今回はその「警察官の服装」に関するお話を少し。
■ ある日、突然やって来た怪しい人物
平日の昼間に突然やってきたのは、ヘアセットに失敗したような髪型で、着古したTシャツと、そのTシャツと全く同じ色のズボンを穿いた全身1色の人物。何を入れたらそうなるのかわからないほどパンパンに膨らんだ同じ色のリュックサックも背負っていました。中身が怖いものだったらどうしようと、思わず身を引きました。
こんな格好でいきなり現れ、「外の防犯カメラについて伺いたいのですが、あれは本物ですか?」と警察手帳を見せられて、すぐに信じる人がいるでしょうか。どこからどう見ても怪しさしか見当たりません。
巧妙な手口の劇場型詐欺もあることから、まずは身元が確認できる連絡先を教えて欲しいと伝えました。すると「自分が言うのもおかしな話ですが、そう感じられるのはごもっともです」という回答。「ん?この人、自分の怪しさを自覚してる?」と警戒100%のうち0.02%くらい信用できる要素が生まれましたが、まだ安心はできません。
「今後もこのような訪問があった場合は、すぐには信用せずに同じように対応して下さい」と言って、連絡先を教えてくれました。その連絡先に問い合わせると間違いなく実在の警察関係者でした。
電話口で対応してくれた警察の方に「え、でも、なんかすごい変な格好なんですけど……」と口走りそうになるのはなんとか堪えたものの、やはり、目の前のご本人を見ると感じてしまう、その風貌の特殊性。制服以外での捜査の服装が個々のセンスに委ねられているのだとしたら、それをチェックする係などはいないのでしょうか。色々疑問が湧いてきます。
この方は数年後に別の事件で再び訪ねてこられたのですが、その際のいでたちが、初訪問日からタイムスリップしてきたかのように寸分違わず、「ひょっとして、これがこの方の勤務時の制服……?」と感じたほど。捜査に関わる機密事項だったらまずいと思い、尋ねるのはやめにしましたが……あれは一種の変装だったのかな?と今でも疑問に思っています。
■ ダジャレのクオリティが低い現場監督
先に訪れた「独特のセンスの私服」の方とは違って、職種が限定される服装での訪問もありました。
お腹周りが立派な中年のその方は、どこかで見たことがあるような、ないような工務店の名前入りの上着を着て、下は普通のスラックスでした。普段は現場に立つことはない要職で、たまにチェックのために現場に立ち入るといった風情。
荷物は工事関係者がよく持つようなバインダーひとつ。その佇まいが、近隣の公共工事の際に挨拶に来たことがある責任者そのものだったので、安全帽を脱ぎながら警察手帳を見せられた時は、一瞬、状況が掴めずに固まりましたが、瞬時に昭和の刑事ドラマが思い浮んで思わず興奮。署内でのニックネームはなんだろうと、密かに盛り上がってしまいました。
私なら「親方」と呼ぶかな…などと、ひねりのない思いつきを楽しんでいた一方で、やや強面な雰囲気に気圧されていたことを察知されたのか、本題とは無関係な世間話をする気遣いをみせてくれました。他愛のない会話の中に登場するダジャレのクオリティが余りに低かったおかげで緊張が解け、警察手帳を見せられたことを忘れて、本物の工事現場監督と話しているような錯覚に陥ってしまいました。
■ 洗練された欧州の香り漂う洒落者
またある警察関係者は短髪をきれいにセットして、上品なフレームのメガネをかけ、パリッと糊の利いたシャツに、洗練されたデザインのジャケットを着こなしていました。この方の手荷物は途中でこちらの話をメモするためにジャケットのポケットから取り出した皮表紙の小さな手帳だけ。
まるで、私立の幼稚舎から一貫教育を受けて育った良家の子息のような雰囲気……。なぜか既視感すらあります。とはいえ、自分の人生には無縁のタイプなので冷静に考えてみたところ、自分が脳内で作り上げた「ブルジョア」の総合イメージそのものでした。
こんな少女マンガに登場するような完璧なイメージを具現化しているのが警察関係者とは……。防犯カメラのモニター前で正座をして膝の上に手を置くという行儀の良さが、徹底した演出なのか、普段からそういう方なのかは知る由もありませんが、これまでの男臭いタイプとは対極のこの方の登場により、警察組織の人材の多彩さをまた一つ、知る事ができたのでした。
■ 棟梁と今時の遠慮のない弟子
その日は朝食を摂らずに出勤していたのでとても空腹で、昼食時に事務所を飛び出しました。すると、敷地の端で単色で地味な作業着の親方風の人物と、ド派手なカラーリングの作業着で大きな大工道具を担いだ若い人が何か話しているのが見えたのですが、修繕かなにかで出入りしている業者さんだろうと気に留めずにいたら、「すいませーん!こちらの会社の方ですかー?」と声をかけられたのです。
見ると派手な作業着の若者が水戸黄門の印籠のように私に向かって何かを掲げていました。距離がありすぎて、よく見えなかったので近づいてみると、なんとそれは警察手帳。「ちょっと、私はサバンナ育ちじゃないんだから見えないって!」と思わず心の中でツッコミを入れたら独り笑いがこみ上げてしまい、その笑顔のままご挨拶となりました。
「すみません、お急ぎですか?」と尋ねられたので、昼食に出るところだったことを伝えると、とてつもない大事なことを邪魔したかのように恐縮されてしまいました。もしや……そう感じさせてしまうような雰囲気を醸し出してしまっていたのでしょうか。2人が手短に済ませようと努力している会話が、まるでコントのようにコミカルだったので、私の中の「警察というのは年功序列の窮屈な縦社会」というイメージが崩れました。
目がチカチカするような派手な色の作業着は人目を引いて好ましくないのではないかと気になりましたが、敷地を出ると、周辺で行われていた工事現場の若い作業員たちがみんな似たような派手な作業着で仕事をしており、もしかしたら、事前に周辺の状況を調査して周囲の空気になじむ服装が選ばれているのかもしれません。
工具を担いで2人並んで歩いている姿はまさに棟梁と若い弟子そのもので、この姿を見て警察の上官と部下を想像する人はいないでしょう。
■ 捕まえるのは人間
以上はあくまでも私が関わった方たちの話ですが、どの方も常識的で礼儀正しく、ギャップ萌えに弱い方ならグッとくるような人物ばかりでした。
テレビやマンガで見るようなドラマティックな捜査は架空の話と勝手に決めつけていましたが、実際のところはどうなのでしょう。防犯カメラは確かに事件解決には大きく貢献しますが、犯行の一部始終が完璧に記録されていたとしても、そこに映っている犯人を現実の世界から探し出して捕まえるのは人間なので、そのために体を張って地道な努力を重ねている方々に比べれば私にできることは微力ですが、せめて、いつでも快く協力できるように朝食は食べてから出勤するようにしようと思ったのでした。
(佐伯プリス)