「うちの本棚」、今回も水島新司が野球漫画で知られるようになる以前の作品から『いただきヤスベエ』を取り上げます。戦国時代からの流れを組む「白銀(しろがね)一族」のヤスベエの活躍やいかに!?
本作は、秋田書店の「少年チャンピオン」に1971年36号~1972年11号にかけて連載されたもので、単行本は朝日ソノラマの「サンコミックス」で刊行されたあと、講談社の「KCスペシャル」でも刊行されたようだ。
初出の「少年チャンピオン」では、その後『ドカベン』が連載され水島の代表作となるわけで、野球漫画家というイメージとなる以前の作品といってもいいだろう。
タイトルにもついてる「いただき」という言葉は、主人公とその周辺の登場人物たちがスリであるからだろう(本編ではただのスリではなく「かすみ者」という忍者のような流れを持つ一族という設定である)。とはいえ単にスリを主人公にした作品ということではなく、スリグループ同士の闘争がメインとなっている。主人公が属する白銀(しろがね)一族とかつては同じ一族だったが分派した黒十字組である。後半になるとさらに鬼政一家が加わり、3つのグループで東京・山手線のシマを奪い合うことになる。また3つのスリグループの中心人物、白銀一族のヤスベエに黒十字組の若、鬼政一家の鬼政に鬼刑事の異名を持つ立脇が登場し、スリの3人が立脇の警察手帳をスリ取るという勝負に挑む。
原作の牛 次郎はビッグ錠とのコンビで『包丁人味平』や『釘師サブやん』などのヒット作があるが、突飛な設定や展開で楽しませてくれる原作者だ。本作でも影イタチという黒十字組のスリの武器が屁であったり、取り調べ中に容疑者を平気で殴り倒す鬼刑事だったりと、むちゃな展開でストーリーを盛り上げている。
構成的には前半と後半の2部構成になっていて、前半はふたつのスリグループの埋蔵金をめぐる地図の奪い合いであり、後半は前述した通り縄張り争いである。ページ数的にも半々という分量になっていて、2巻の中程で後半となる。前半と後半のあいだでは数カ月の時間の経過があるのだが、その間にヤスベエは急激に成長していて、前半では子供っぽかった雰囲気が後半では青年のように描かれている。
野球物以外の水島作品ということであまり話題になることは少ないが、エンタテインメントとしてよくできた作品でもあるので、読む機会があればぜひ手に取ってほしい。
※ヤスベエを逮捕しようと顔を会わせればヤスベエを追いかける定年間近の老刑事が登場するが、その名前は銭形。もちろん銭形平次の子孫という設定である。
書 名/いただきヤスベエ(全3巻)
著者名/水島新司(原作・牛 次郎)
出版元/朝日ソノラマ
判 型/新書判
定 価/各350円
シリーズ名/サンコミックス
初版発行日/第一巻・昭和49年10月7日、第二巻・昭和49年10月7日、第三巻・昭和49年10月7日
収録作品/いただきヤスベエ
(文:猫目ユウ / http://suzukaze-ya.jimdo.com/)