こんにちは、咲村珠樹です。今回の「宙にあこがれて」は、このコラムのタイトルの元ネタ(ユーミンの「ひこうき雲」)でもある、飛行機雲についてのお話です。
飛行機雲は、人間が唯一人工的に作ることができる雲です。英語ではcontrail(航跡)とかvapor trail(水蒸気の跡)と、結構即物的な言い方をしていて「雲(cloud)」とは呼んでいないようです。もちろん、日本でも使用されている「国際雲図帳」に記載されている気象学的な「雲」に飛行機雲は入っていません。情緒的な呼び方、ということですね。
しかし、正式な「雲」でなくとも、青空を一直線に横切って行く白い線は、なかなかに風情のあるものです。歌や絵、映像表現などでしばしば飛行機雲が出てくるのも、そうした感慨によるものなのかもしれません。
さてその飛行機雲、よく目にするように感じていても、実はできるのに様々な条件が存在するのです。基本的な条件は以下の通り。
1. その飛行機が対流圏を飛行していること。
2. 上空に十分な湿気(水蒸気)が既に存在していること。
3. その場の気温はおおむねマイナス40度以下であること。
最低でも、この3条件が揃わないと飛行機雲はできません。
対流圏というのは、空のうちでも雲など気象現象が起こる下層部分のこと。地表からおよそ1万メートルちょっとくらいの範囲に広がっています。これから上は成層圏、中間圏、熱圏、外気圏と重なり、宇宙空間へと繋がっています。ごく一部の例外を除き、成層圏以上の場所では雲ができません。
で、対流圏と成層圏の境目は「対流圏界面」といいます。なかなか大気の境目を見るなんてことは難しいのですが、夏になると急激に発達した入道雲(積乱雲)のてっぺんが、平らになってそこから横に広がっている姿(この状態になったのを「カナトコ雲」といいます)を見ることがあります。この平らになったてっぺんが対流圏界面で、それ以上の高度では雲になることができなくて、圏界面にそって横に広がっていくのですね。
この圏界面は、季節や気温によって上下します。夏など暑いと大気が膨張するせいか高度が上がり、冬など寒くなると反対に下がります。……つまり、同じ高度を飛行していても、季節や気温によって、対流圏を飛行していたり成層圏に達していたりするのです。特に真冬だと、ジェット機が通常飛行する高度1万メートル前後は、既に成層圏になっているので飛行機雲が発生しません。
上空に水蒸気が……というのは、基本的に飛行機の燃料である石油(ガソリンとかジェット燃料)の主成分は炭化水素(HC)なので、燃焼すると二酸化炭素(CO2)と水(H2O)が発生します。もちろんこれだけでは量もたかが知れているので、周りにある水蒸気と合わせて初めて飽和量を超え、液体(水滴)となり、結果として雲になるという形になります。
この際に、水滴を作る核(チリ)も必要になりますが、これは排気ガスに含まれるススなどが役割を果たしてくれます。冬の空は乾燥していることが多いので、上空に十分な水蒸気がないことも多く、飛行機雲ができません。
そして、飛行機雲になる為には、熱い排気ガスが急激に冷やされる必要があります。真冬の寒い朝、車の排気ガスが白くなってるのを見ることがありますが、これは排気ガスに含まれる水蒸気が外気温によって急激に冷やされたものです。車の排気ガスの温度だとマイナス数度程度でも十分冷えますが、ジェット機の場合ははるかに高温なので、高くてもマイナス40度を下回らないと「急激に」冷えるようにはなりません。真夏ではここまで飛行高度の気温が下がらないので、対流圏であっても飛行機雲が発生しないのです。
……という訳で、歌やイラスト、映像表現などで「入道雲と飛行機雲」というモチーフが見受けられますが、実際には起こりえない現象なんですね。入道雲が発生する時は、結構気温の高い時ですから、飛行機の排気ガスが急激に冷やされず、飛行機雲にならないのです。絵の印象としてはキレイなんですが……。
以上のことをふまえると、飛行機雲が発生しやすいのは春と秋、それも湿度の高い日……ということになります。プロペラ機の場合はそれより低い高度を飛ぶので、もっと寒い日の方が飛行機雲発生の条件になります。
ところでこの飛行機雲、ちょっとした天気予報(いわゆる「観天望気」)にも使えます。飛行機雲ができるのはたいてい一時的なことで、しばらくすると消えてしまいます。ところがたまに、消えてしまわずに本当の「雲」(巻雲など)に変化してしまうことがあるのです。こうなると上空には、かなり湿気を含んだ空気が流入していることになるので、近いうちに天気が崩れる(雨が降る)ということが予測できるのです。
また、研究者の間では、飛行機雲の材料である排気ガスには、水蒸気の他にも「温室効果ガス」のひとつである二酸化炭素も大量に含まれているので、地球温暖化を促進している(地上からだと植物に吸収される分があるが、飛行機はダイレクトに大気中に散布している)という意見があります。他にも飛行機雲が空を覆うことにより、断熱効果が発揮されるという説も。ただ現在のところ、飛行機雲と地球温暖化の相関関係については、まだ結論を見ていません。
さて続いて、狭義の「飛行機雲」には含まれないのですが、やはり飛行機によって発生する白い雲状のものについてもご紹介しましょう。
航空祭の展示飛行などで、戦闘機などが高機動飛行(高い速度で急旋回や急上昇を伴う飛行)をすると、翼の先端部や上面などから白いものが出ることがあります。これは周囲の気圧が一時的に大きく下がったことにより、周りの水蒸気が飽和して水滴となり、雲のようになる現象です。日本語訳がないので、英語そのままで「ベイパー(vapor)」とか「ベイパートレイル(vapor trail)」と言います。原理としては飛行機雲と似ていますが、排気の水蒸気が入っていないので、本当に瞬間的な現象で、持続時間は飛行機雲より短いものです。これも周囲の空気に水蒸気が多く含まれた状態でなければ発生しません。
翼端に出るものは、翼が空気を切り裂く時、先端に渦(翼端渦)ができ、その中心部の気圧が低下する(断熱膨張で温度が低下する)為に水蒸気が飽和し、細かい水滴となるものです。渦の影響は比較的長く残るので、割と長く姿をとどめることがあります。
翼の上に出るものは、急旋回や急激な引き起こしを行った際に出るもので、気流が翼の上面からはがれ、気圧が急激に低下することによって発生します。つまり、大きな揚力が発生している、と言い換えても差し支えありません。
また、同じく湿気の多い時、プロペラ機をよく見ると、プロペラの先端かららせん状の白いものが流れていることがあります。これも翼端に発生するベイパーと同じく、高速で回転するプロペラの先端に発生する渦の中心部に起きている気圧低下によるものです。
これとは別に、水蒸気によるものではない、完全に「雲」ではないものがあります。ブルーインパルスなど、アクロバットチームが展示飛行に使用している「スモーク」です。
これは排気口にノズルを増設し、スモークオイルと呼ばれる特殊なオイルを噴射して高温のジェット排気で燃焼(不完全燃焼)させ、白い煙を発生させているものです。種々の発生条件が厳しい飛行機雲と違って、恒常的に発生させられるので、飛行の航跡をキレイに見せたいアクロバットチームにとっては重要な演出要素となります。
ブルーインパルスの場合、1964(昭和39)年のオリンピック東京大会の開会式で、空に5色のオリンピックマークを描いたことで世界にその名が知られるようになりました。これはスモークオイルに顔料を配合して色付けしたものです。アクロバットチームを持つ国の場合、オリンピックの開会式には必ずと言っていいほどアクロバットチームがその国を代表して、スモークをたなびかせて上空を航過飛行(フライバイ)しています。
今回のロンドン大会の開会式でも、開会式の最初の部分でイギリス空軍のアクロバットチーム、レッドアローズが航過飛行を実施していたのですが、残念ながら日本のテレビ中継では放送されませんでした。最近は夜に開会式が行われるので、日没前の最初(スタジアムのイベント開始前)に行われることが多くなっているので、テレビ中継で見るのが難しくなっています。
ところでこのスモークオイル、実は「スモーク用オイル」というのもがある訳ではなく、各チームがそれぞれ独自の配合をしていて、自分達の飛行機や演技内容に適したスモークができるようにしています。そのレシピ(?)はあまり公開されていませんが、ブルーインパルスはスピンドル油(旋盤加工の際、工具と切削材料を冷却する為に使う油)を基本にしたブレンド、そしてアメリカ海軍のブルーエンジェルズはパラフィン(いわゆるロウ)系が主成分だと、公式サイトのQ&Aで回答しています。
飛行機に従って空をかけて行く飛行機雲。見送ったり、追いかけて丘を越えたりした子供時代の思い出を持つ方もいるかもしれません。中にはB29の編隊を思い出す(高高度を飛行して地上からは見えないと思っていたのが、発生する飛行機雲のせいで丸見えで、アメリカ軍が慌てたという話もあります)方もいるでしょう。……ふと空を見上げた時、横切る飛行機雲を見てホッとできるようでありたいですね。
(文・写真:咲村珠樹)